現実と幻想

第23話 知らされた現実➀

 声の方を振り向くと、身体中をチューブに繋がれたまま車いすに乗った老人と、それを押す白衣姿の男がいた。車椅子に乗った老人は10年ぶりの再会だったが、間違いなく集落にいた長老だった。レイラはあの日確かに、血まみれで倒れている彼を見ていた。


「長老……。本当に生きていたんだ」

 彼はレイラの問いかけに何も答えない。生きてはいるのだろうが、まるで感情のない人形みたいになっていた。


「とりあえず、関係のないスタッフは解放しよう」ショウが言い、レイラとカイルは頷く。


「みんな、ここから出て行って。警察に通報したら、ただじゃおかないから」

「俺達のことを話したら、どこまでも追いかけて殺すよ」カイルが付け加える。

 レイラたちは銃を振りかざしながら、スタッフを建物から追い出した。彼らは無言でぞろぞろと建物から出て行く。

 建物に残ったのは、レイラ達3人と長老、そして彼が乗る車いすを押す男だけになった。部屋中に緊迫した空気が漂う。張り詰めた空気を切り裂くように、ショウが一歩踏み出して長老に詰め寄った。


「どうしてみんなを殺したんだ。あなたは、あんなに優しかったのに……」

 彼は何も答えない。代わりに車いすを押していた白衣姿の男が口を開いた。

「無駄だよ。この人はもう話すことは出来ない。10年前のあの日、この人はあの島にいないはずだった。それなのに何故か島に残ったんだ。慌てて探しに行った研究所の仲間に発見されて、この通り一命は取り留めたけれどね。もしかしたら、きみたちと運命を共にしようと思ったのかもしれない。だから今はこんな姿なのだよ。レイラ、ショウ。きみはええと、確か死んだはずの……名前はカイル。みんな久しぶりだね」

 白衣の男は穏やかな笑顔で3人を見ていた。年齢は50半ば、白髪交じりの髪、眼鏡の奥の優しそうな瞳。レイラはこの男に見覚えがあった。


「あなたは……先生?」


 長老の車いすを押す男。彼は、集落にあった病院の先生だった。とは言っても、病院に常駐しているわけではない。何でも、島の外に住んでいる偉い先生とかで、月に一度だけ、彼の診察を受けていた。診察の時はいつも優しくて、終わると必ずお菓子をくれた。

 レイラは月に一度、彼に会うのが楽しみだったのだ。


「私はここの所長だよ。きみたちの開発に関わった人間。また会えて嬉しいよ」

 先生は笑顔でレイラに握手を求めた。

「何、呑気な事を言っているの? あたしたちの仲間を殺したくせに」

 レイラは差し出された手を振り払い、彼を睨み付けた。


「私は殺してはいないよ。直接手を下したのは、国から命令を受けた機関の人間。まぁ、同意はしたがね。あ、そうそう。私はこの土宮達起の息子だよ」

 先生は車椅子に座る老人を指さした。長老は相変わらず何も言わない。彼の呼吸なのか、機械音なのか、規則的にシューシューと聞こえる。それ以外、なにも聞こえなかった。レイラたちが見えているかどうかも、分からなかった。何も言わない長老を横目に、先生は続けた。


「ここにいる私の父が遺伝子研究を始めたのは、もう60年以上前のことだ。父にヒトのクローン作製を依頼した人間は、すでにこの世にはいないよ。それでも、この研究は着々と受け継がれてきた。体力、知力に優れたクローンの兵士を大量に作り出すことで、有事の場合、国民の命を守る存在ができるだろう。どうやればコストを下げることが出来るか、極秘裏に進めるにはどうすれば良いのか、多くのサンプルはどうやって集めるか、研究メンバーは試行錯誤を繰り返した。受精卵によるゲノム編集の進歩は目覚ましかった。ただ体細胞クローンはそう簡単にはいかない。クローン胚の発生を阻害する因子がもともとの体細胞核に存在するからだ。阻害する因子を発見し、体細胞核にゲノム編集を行って、きみたちは誕生した。それから20年ほどは、毎年2体ほどのクローンを作成することに成功したんだ。まぁ、それもこの研究が中止になった10年前までの話だけどね。それにしても、きみたちは最高傑作だったんだな。あの襲撃から逃げ出せたんだから。このまま処分されるのは惜しいよ」


 先生の口から出た『処分』という単語に、レイラは唇をかみしめた。分かってはいたが彼らにとって自分たちは所詮、その程度なんだろうと思った。


「優秀な体細胞を集めるのも苦労したんだよ。それにしてもレイラ、随分見ないうちに綺麗になったね。私達が外見にもこだわった甲斐があったよ。きみならまだ使い道があると国の人間が言っていたな。訓練次第でどんな男でも虜に出来るだろうから、生かしておいた方が良いんじゃないかって」

「ふざけないで!」


「僕はお前たちが憎い。憎くて、憎くてたまらない。僕たちの家族や仲間を殺したお前が。でも、お前が……僕たちを作り出した張本人でもあるなんて」

 ショウの声は震えていた。彼は敵意に満ちた目で先生を睨み付けている。レイラはこんなにも怒りに打ち震えているショウを見るのは初めてだった。


「そんなことよりも教えて。パパやママは何者なの? あの人たちも、ここの研究所の人たちだったの?」

 レイラの問いに、先生は『違うよ』と首を振った。

「あのねレイラ。世の中には色々な人がいる。借金取りに追われて、自分の存在を消したい人。犯罪に手を染め、警察に追われながらも生き延びようとする人。そういう人たちに、協力してもらったんだ。隙のない相手には頼めないよ。きみたちの親のふりをしくれていたのは、どちらかと言うとゆすりや脅しの利く人たちだ」

 幼い子に説明するような口調で先生は続けた。

「彼らには、行くところもない。一生私達の監視下にいると誓約させて、生活の保証をした。そしてキミたちの親役を引き受けさせた。きみたちが学校に行っている間は、監視付きで外の世界にも出て、息抜きもできたしね。ああ、そう言えばきみの父親役は借金がもとで家族の元を離れたと言ってたな。自分は死んだことにして欲しいと頼まれたから、その願いを叶えたんだ。確か一人息子がいて、いつか成長した姿を一目見たいって言ってたっけ。まぁ、会わすつもりなんてなかったけどね」


「そんな……パパには他に家族がいたの?」

 尊敬していた両親の正体を聞き、レイラは愕然とした。


「ああそうだよ。本当の家族がいた。キミたちの前では家族のふりをしていただけさ」

「俺は絶対に許さない。仲間を弄んだお前たちだけは、俺の命に代えても許さない」

 カイルが吐き捨てるように言った。彼の手にはナイフが握られている。


「僕にやらせてくれ」

 ショウが静かに自分の拳銃を取り出し、カイルの前に立った。ショウは先生に銃口を向けた。


「おやおや、生みの親である私達を殺すかい? そう言えば、きみたちは銃を持っているんだったね。仕方ないな」

 銃口を向けられているのに、先生は笑みを浮かべていた。嫌な予感がしたレイラは気を逸らそうと、話題を変えた。

「ねぇ、今は動物たちに同じことをしているって本当?」

「ほう、よく知っているね。その答えは実際に見ればいい」

 先生はにやりと笑い、頑丈な扉に向かって歩いて行った。ショウは彼に拳銃を向けたままだ。レイラも銃を構える。

 

 先生が扉の横にある赤いボタンを押すと、液晶画面が現れた。慣れた手つきでパスコードらしきものを入力すると、隣接された部屋の扉が開いた。扉の奥にあったのは鉄格子の部屋だった。

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