第21話 真実を知った夜

 深夜、レイラはふと目覚めた。

 隣の部屋で眠るショウを起こさないように、そっと部屋を出る。廊下を静かに歩き、音を立てないように階段を下りた。キッチンへ行きコップに水道水を入れ、口内へ流し込んだ。


 キッチンの隣にある部屋の隅に置かれたソファには、カイルが静かに眠っていた。二階に寝室はあるのに、彼はずっとこの場所で眠っているらしい。夜の気配に紛れて聞こえてくる正確な寝息。寝返りをうったのか、こちらに向けた背中から毛布が滑り落ちそうになっている。レイラはカイルを起こさないように注意しながら、そっと毛布を掛けなおした。


 階段を上がると、視線の先にあるバルコニーに人影が見えた。月明かりに照らされた人物に緊張感が走る。

 目を凝らすと、ショウだった。


「ショウ、びっくりしたじゃない」


 そう言いながらバルコニーにでると、夜風が身体を包んだ。

 ショウは手摺にもたれていた。彼はぼんやりと、木々の間から覗く山裾に広がる街の明かりを眺めていた。あの明かりの向こうにはきっと、幸せな家族の日常とか、自分のために好きな事に向かう姿とか、仲間たちと楽しく騒ぐ夜とかがある。

 それらは全て、自分達には、もう二度と決して手に入らないモノだとレイラは思った。

 レイラは黙ってショウの隣に並んだ。


「月の軌道も、地球の軌道も、季節も生命も。自然のすべてのサイクルは決まっているんだ。僕たちはそれを逸脱してしまったようだ」

 空を見上げてショウが呟いた。


「あたしたちは逸脱した、赦されない存在。自然界に存在してはいけない生命体なのかな」

「自分たちで望んだわけではないよ。でもまさか、殺人兵器のために作られたなんてね」

 『殺人兵器』

 穏やかなショウから一番遠い単語に思えた。

 

 彼に倣い空を見上げたる。ぽっかりと丸い月が出ていた。明るいと思ったら、今日は満月だ。月に照らされると、存在が咎められているような気がして胸が締め付けられた。


「空って不思議だよね。どこまでも続いて、見るたびに色が変わる。景色が変わる」

「そうだね。今日みたいな満月の空、新月に光る星空、茜色の夕焼け空、澄んだ青空、灰色の雲に覆われた空」

 レイラは脳裏に浮かんだ空の色を思い出した。

「群青の空」


「え?」

 聞きなれない言葉なのか、ショウがレイラの顔を見る。

「初めて出会った時、リュウさんが教えてくれたの。雨上がり、すごく綺麗な青空が広がっていて、あの色は群青だって。深い青色。これはちょっと違うみたいだけど、リュウさんがくれた」

 ポケットに入れている青い石を取り出し、ショウに手渡した。彼は青く光る石を親指と人差し指で挟み、じっと見つめる。

「ラピスラズリか。どこかで聞いた話だけど、この石は確か、物事の本質を見せてくれるんだよね。あと、持ち主に試練を与えるとか。まるで今の僕たちだ。この試練を超えた先には、何があるんだろう」

「試練の先にあるのはきっと、あたしたちの楽園だよ」

 レイラは微笑んだ。そうあって欲しいと心から願った。許されない存在だとしても、争いのない静かな世界で、ショウと共に生きていきたいと思った。


「深い青色って、リュウジくんみたいだよね。真っすぐで、ストイックで、冷静で。僕の勝手なイメージだけど」

 石を手渡しながら、ショウは羨ましそうな声で言った。

「リュウさんが群青だったら、ショウは茜色だね」

「どうして?」

「周囲を包み込むような暖かさがあるけれど、寂し気で切ない」

 レイラはショウを見つめる。彼は困ったような顔をしていた。


「不躾なこと聞いていいかな」

 困った顔のままショウは尋ねる。

「何?」

「まだ、リュウジくんのこと好き?」

 ショウの問いに、レイラは一瞬返答に詰まった。けれどそれは数秒だった。

「好きだったことは確かだよ。でもね、今は違う」


「ごめん」

「何故謝るの? ショウが気にするの当たり前じゃん」

「ん、いやその……いつまでも女々しいかなって。それに」

 一瞬、何かを言おうとして彼は黙った。少しの沈黙の後、口を開く。

「彼は僕を殺さなかった」

「え?」

「彼の腕なら、あの至近距離で僕を殺すことが出来たはずなんだ。邪魔者である僕を殺して、簡単にレイラを手に入れることができた。でも、しなかった」

 レイラは黙ったままショウを見た。

「きっと彼も、レイラが悲しむ姿を見たくなかったんだと思う。レイラの目の前で僕を殺せば、きみが絶望で悲しむかと分かるから、殺さなかった。僕はできれば戦いたくないな。リュウジくんとは戦いたくない」

「それはあたしも同じ。リュウさんとは戦いたくない」

「そうならないうちに、すべてを終わらそう」

 ショウの言葉に、レイラは力強く頷いた。


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