第20話 残酷な真実②

 カイルの話はレイラとショウにとって、衝撃的な内容だった。


「あたしたちは人間じゃないって事? 先祖が放浪の民って話も全部嘘だったの? お父さんやお母さんは偽物ってこと? どうしてみんな殺されたの?」

 矢継ぎ早に質問するレイラに、カイルは「まぁまぁ落ち着いて」と宥めた。

「まさか僕たちが、生まれながらにして殺人兵器だなんてね」

 ショウは穏やかな口調で言って肩を竦めた。


「クローンとして作ったあたし達が邪魔になって、ジェノサイドしたってことだよね」

 レイラの言葉に二人は頷いた。


「あの中で生活していた子供たちはみんな、クローンだったのか。確かにみんな運動神経も頭も良かった。でも外見は似ていない。様々なところから集められた体細胞を使ったのかな」

 顎に親指と人差し指を当ててショウが言う。カイルは「そうだと思うよ」と頷いて続けた。

「世界中から集めた、様々な分野で優れた人の体細胞を使ったんだと思う。ただ、知能、体力、あらゆる分野で秀でているものを作るとなれば……」

「体細胞を融合、合体した時点でゲノム編集を行ったか、もう少し早い段階でコントロールされた核を使った」

「たぶんね。俺もショウくんの意見に同意だ。この場合、ゲノム編集を行ったのは、受精卵から初期胚の段階だろうね」

「でも、そう上手くいくものなの?」

 レイラは尋ねる。

「覚えているかい、俺らのいた集落には大きな病院があった。あの人口であの規模の病院はどう見ても不自然だ」

「上手くいかなかった事例の方がはるかに多かった」重苦しい声でショウが呟く。

「成長過程で殺されたってことなの?」

「だろうね。あの日殺された仲間達よりもはるかに多い『仲間』が。実際、予想外に遺伝子が改変されていたり、異質の断片がDNAに組み込まれていたりした事例もあったみたいだ。まぁ、俺もそれに近いものがあるかも。実際、きみたちよりもはるかに年上で、35歳なんだよね。もっと敬意を払って欲しいよな。俺さ、成長が異常に遅いんだ。突然変異なのか、ずっと10代のまま老化しない。体力も衰えないし、便利だよ。羨ましいでしょ」

 そこまで言うと、ふと辛そうな表情になった。カイルは遠い目をして続けた。

「でも研究者たちは俺のことを実験対象としか思っていなかったな。あの島を出てから人間扱いされた事はなかったよ」


「カイルも色々と大変だったんだ。あたし、助けてくれたのにあなたを疑っていたの。ごめんね」

「いいよ、気にしないで。俺なんか、ずっと疑い続けてここまで来たんだから。ショウとレイラのことは、逃げ出した仲間がいるって知っていたからさ。こっちから接触したんだけど。あの時は、突然あとをつけて悪かったな」

「いいって、気にするな」ショウが微笑む。


「でもね、13歳になったあたしたちは、外の世界に行くでしょ。先に行ったお兄ちゃん、お姉ちゃんはどうなったの? 戻って来ないのは、みんな外の世界の暮らしが充実しているからだって、パパたちは言っていたけれど」

 レイラの言葉を聞いて、カイルは溜息をついた。

「予想がつくだろ。国が斡旋する仕事なんて、初めからなかったんだよ。13歳になって外に出ても、行きつく先は、研究所に押し込められて身体中を検査される毎日か、殺人兵器として訓練される毎日だ。連れてこられたメンバーの中には、致死率が高い病気に対して抗体を持つ奴もいた。細菌と共にBSL3(P3)やBSL4(P4)の実験室に閉じ込められても、生き残っていたから、バイオテロリストとして使えるだろうって」

「そんな……」


 レイラは思い出した。だから、捕まってから色々な検査をされていたのかと。この10年で自分の細胞がどう変化したか、念入りに調べられていたのだろう。


「でもよく、ここまで生き延びたね。カイル、ずっと一人だったんだろう?」

 ショウが優しい眼差しでカイルを見た。カイルは少し照れくさそうに頷く。

「ああ。俺は閉じ込められた研究所でこの陰謀を知った時、自殺したように細工して逃げ出した。ただ、その先はどうすることも出来なかった。集落が襲われたあの日、外の世界にいた仲間たちも一斉に殺されたんだ。何とか食い止めたかったけれど、一人で生きていくのが精いっぱいでさ」

 カイルはまた遠い目をした。一呼吸おいて彼は続けた。

「俺さ、彼女がいたんだ。お前達みたいに幼い頃からずっと一緒にいた奴でさ。でも、助けられなかった。彼女は身体能力が高かったから、俺とは別の場所で厳しい訓練を受けていたんだ。あの日、研究所を脱走して俺が助けに行った時にはすでにもう……」

「カイル……」

「辛かったね」


 それだけ言って、レイラとショウは黙り込んだ。これ以上何と言えばいいか分からなかった。重苦しい沈黙が流れる。沈黙を和らげようと、カイルは笑顔を作って言った。

「でもさ、怪我をしたショウを見て驚いたよ。誰にも見つからず助けることが出来て、本当に良かった。二人に会えるなんて俺にもやっとツキが巡ってきたかな。さて、自分たちの正体も知った事だし、これからどうするの? お二人さん」

 レイラとショウは顔を見合わせた。

「あたしたちは誰から産まれたんだろう。あの人たちは両親じゃなかったんだよね。あたしたちに親は存在しない」

 カイルの話では、レイラたちはクローンは、受精卵ではなく、体細胞で作られたクローンなのだという。誰かの卵子にある核を抜き出して、そこに、別の誰かの体細胞から取り出した核を移植し出来たクローン。

 幼い頃からずっと一緒だった両親は赤の他人だった。外の世界について色々と教えてくれた人だった。二人はあの集落で生まれ育ち、一度は外に出たけれど、大人になって戻って来た。集落で結婚式をあげて、レイラが産まれたと教えてくれたのに。あの話は全て嘘だったのだ。


「俺たちを作った本人に聞いてみないか。俺もその機会をずっと伺っていたんだ」

 険しいでカイルは言った。

「作った人を知っているの?」

「ああ、みんながよく知っている人物さ」


 クローンを作った張本人はあの集落にいた人物だった。いつも優しく、みんなを見守っていたおじいちゃんだとカイルは言った。


「長老があたしたちを作り出した張本人? 集落の人々を殺した首謀者なの? でも、あの人は事件の日、あたしたちと一緒にいたから死んだはずだよ」

「あいつの本名は土宮つちみや達樹たつき。クローン研究の第一人者。俺たちの仲間じゃない。ずっと集落で俺たちのことを監視していただけだ。そしてあいつは、絶対に生きている」


「直接会って、確かめるしかなさそうだね」

 ショウの言葉に、レイラが頷く。

「じゃあ、明日にでもここを出よう。奴がいる場所は、この間までレイラが監禁されていた場所だよ」

「でもさ、もうあたしたちの仲間はいないのに、彼は施設で何を研究しているの?」

「人間ほど感情を持たない、動物の遺伝子操作。あいつらは、俺たちのような動物を作りだそうとしているんだ」

 そう言ってカイルは顔を顰めた。


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