第19話 残酷な真実➀

 一方の警察本部内、TNTのメンバーが集まる部屋。二人の男が向き合っていた。


「どうしたの、リュウジが呼び出すなんて珍しいね」

 トウリはチョコバーをかじりながら呑気な口調で言った。

「レイラはどこだ、お前の仕業だって分かっているんだ、トウリ」

 一方のリュウジは、鋭い目でトウリを睨み付ける。

「おいおい。友人に向かってそんな顔をするなんて穏やかじゃないね。レイラにはまた逃げられたよ。どうやら、他にも仲間がいたようだ」

「お前をダチなんて思ったことは一度もない。教えろ。レイラは一体、何者なんだ。あいつの家族が殺されたことも、何か知っているんだろう。お前は一体誰と繋がっているんだ」

 トウリは『心外だなぁ』と呟いて、リュウジを眺めた。

「俺は誰とも繋がってはいないよ。まぁでも、色々と情報をくれる知り合いが数人いるけどね。仕方ないな。リュウジはレイラの元カレだし、特別に教えてあげるよ。レイラは国の極秘プロジェクトが作り出した体細胞クローンだよ」

 トウリは不気味に笑った。


「国の極秘プロジェクトが作り出した体細胞クローン? 一体、どういうことだ」

 鋭い目を一層細めて、リュウジはトウリに詰め寄った。リュウジの気迫に怯えることなく、トウリは遠い目をして独り言のように喋りだした。

「あいつらは感情を持ちすぎたんだよね。だから、実際の任務に使えないと判断した。もっと早いうちから訓練させるべきだったんだ。13歳までは普通の人間として暮らしたほうが、後々の任務の時に、周囲に溶け込めると判断したのが誤りだった」


「後々の任務? レイラたちに自爆テロでもさせるつもりだったのか」

 険しい顔のままリュウジが尋ねる。トウリは不気味な笑顔のまま頷いた。

「ああそうだよ。テロ行為はもとより、暗殺・スパイ活動などの任務をこなすよう訓練するはずだった。優秀だから最前線で使えるし、死んだって諦めがつくでしょ。医学の知識やあらゆる機器の扱い、複数の外国語の習得はある程度、教育しておいたけどね。武器に関しても、銃から化学兵器に至るまでの扱いを教育されるはずだった。あいつらはそれに追いつける身体能力、頭脳は持ち合わせていたから。ただ、幼少期から武器の扱いを訓練すれば、外の世界に出た時、周囲に溶け込みにくいと判断したんだ。だから隔離した場所で、多少の制約をしながら普通の子供と同じように育てた。本格的な訓練は13歳まで待つことにした」

 一気に話して、フッと息をつく。リュウジは無言でトウリを見据えたままだ。何も言わないリュウジに肩を竦め、トウリは続けた。

「でもさ、レイラ達よりも先に訓練をはじめた奴らが、徐々に使えなくなった。人並みに感情を持ったせいか、死を恐れ、殺しあう事の愚かさを解き、頑なに訓練を拒んだ。従わさせるために、薬物を投与したり、人工臓器などの人工物を身体に埋め込んだりしてサイボーグ化を試みたけれど、どれも失敗に終わったんだ。もとより身体能力が高い奴らだ。監禁していた施設を脱走するたび、必死に探して殺してきた。このプロジェクトは失敗する。いずれあいつらが結託すれば、この国が乗っ取られるかもしれない。そうなる前に」

「皆殺しにしたのか。だからレイラは行方不明リストにも、国のデータベースにも登録されていなかった。あの日、保護した俺がどれだけ調べても、どこの誰か全く引っ掛からなかったはずだ」

 リュウジが唸るように言った。トウリは頷く。

「ああ。もともと存在しない人間だからね」


 無言でこぶしを握り締めるリュウジを見て、トウリは苦笑いした。

「10年前、リュウジが連れてきた記憶のない子が、皆殺しにしたクローンの生き残りだと気が付いたんだ。だから仲間に入れて監視下に置くことにしたのに。まだ一人、見つかっていない男がいたし、奴が現れるんじゃないかなって思って。その予感は的中した。時期を見てあの二人を始末しようと思った。それなのに逃げられるなんて。リュウジ、レイラのことをしっかりと繋ぎ止めておかなきゃ。他の男に取られるようじゃ、きみも甘いね」


 ゴオンと鈍い音が響く。リュウジはずっと握りしめていた拳で、トウリの頬を殴った音だった。殴られたトウリは口元を拭い、にやりと笑う。

「すぐそうやって暴力に訴える。まぁ、いいよ、ちゃんとレイラを捜してよ。あの子は国家機密なんだから。きみに情が出来て始末できないようなら、俺が始末するから、ご心配なく」

 トウリは背を向けて部屋を出て行った。


  一人部屋に残されたリュウジは、拳を握りしめたまま立ち尽くした。


『存在しない人間』


 それがレイラの正体だった。レイラの様子がおかしくなった時、ずっと一緒にはいられないだろうとどこかで思っていた。彼女の正体を知った今、それは確信に変わった。彼女にはやるべき信念があり、生きるべき道がある。

 リュウジは視界に入った壁を殴ろうとして、やめた。彼は黙って部屋を出て行った。


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