記憶と秘密、仲間、そして罪悪感

第7話 彼の秘密、彼女の記憶

 レイラは翌日、高垣翔の部屋に忍び込んだ。彼は今晩、会議で留守のはずだ。


 あの写真はかなり古そうなものだった。紛失や破損は避けたいはずだから、持ち歩いてはいないだろう。

 手袋をはめて部屋に入り、懐中電灯の明かりを頼りに、慎重に室内を進んだ。触れたものは何一つ、元あった場所から数ミリも移動させないように調べては元に戻した。

 引き出し、冷蔵庫の中、並べられた本の間……。掛け時計の裏を見た時、薄汚れた茶色い封筒が目に入った。きっとこれだろうと確信する。封筒にはあちこちシミがあった。

 劣化した封筒を破らないよう、そっと写真を撮りだす。封筒に入っていた写真は2枚。懐中電灯の明かりを照らして見れば、カラーではあるがかなり色褪せている。  


 1枚目に写っていたのは大人と子供が並んでいる集合写真。そしてもう1枚は10代前半と思しき黒髪の女の子が写っていた。女の子は、高垣翔の隠し子か。それとも未成年とただならぬ交際をしているのだろうかと様々な憶測が脳裏をかすめる。

 肩までの黒い髪、意志の強そうな目。あれ、この顔……どこかで……。

急に胸騒ぎがして、いつもの頭痛がやってくる。

 レイラはこめかみを押えながら呟いた。


「この子……え、まさか……うそ」

「おや、見つかっちゃたかな」

 レイラの呟きと同時に、背後から声が降ってきた。部屋の明かりがついて、視界が開ける。高垣翔が立っていた。逃げなくてはと思うが動くことが出来ない。頭痛がどんどんひどくなった。今までとは比べ物にならないくらいの痛みだ。


 レイラは振り向いて、必死に声を絞り出した。


「どうして……これはあたしだよね? どうして、あたしの写真がここにあるの?」

 写っていたのは、10年前のレイラにそっくりな人物だった。リュウジが保護した時に撮った写真によく似ていたのだ。


「きみが僕の秘書になってずっと一緒にいれば、何か思い出してくれるかなと、淡い期待を持っていたんだけどね。本当の事を告げるべきか、これでもさんざん悩んだんだよ。レイラ」

 穏やかな表情のまま、高垣翔が優しく名前を呼んだ。

「な、何を言っているの?」

「きみも知っているように、僕たちには人並み外れた身体能力や頭脳がある。この能力は僕たちだけに代々受け継がれたものらしいよ」

 確かに、レイラの身体能力は人並み外れている。記憶力もしかりだ。


「僕たちって?」

 彼が何を言いたいのか分からないまま、疑問形で投げかける。

「僕たちには仲間がいたんだ」

 彼はもう1枚の写真を手渡した。40人ほどの大人と子供が笑顔で写っている集合写真の方だ。夫婦と思われる男女の間に子供が数人ずつ。それぞれが家族だろうか。全部で10組ほどいた。写真の中央にいる優しそうなおじいちゃんの姿を見た時、レイラの中で言いようのない不安が押し寄せてきた。こころの深く沈みこんだところに手のようなものが押し入って来て、鷲掴みされているようだった。身体の奥で、不気味な何かがむくむくと肥大化していた。


「これは?」

 レイラは震える手で持ったまま、写真を見つめる。

「僕たちの仲間、みんなの写真だよ」

 彼の細い指が、写っている人物たちを1人1人指さす。

「これがきみの家族。こっちが僕の家族。僕はこれだよ。そして、このおじいさんはみんなを取りまとめていた長老。昔、長老から聞いた話だと、僕達の祖先は全国を放浪する特殊な民だったらしいよ。ヨーロッパにいる、ロマみたいな集団だったんじゃないかな。時代が移り変わっても、どこにも定住しない祖先を国が心配して、集落を与えたんだって。行く先々でひどい目に遭っていたようだから。そして僕らにはもう1つ、子供の間だけ秀でた能力を持っていた。一般人の目に触れるのは危険だからと、外の世界とは一線を画されたあの場所で、みんなで暮らすように命じられていた。掟は1つだけ。13歳になるまでは集落の外に出ちゃいけないってこと。13歳を過ぎると、この能力が落ち着いてくると言われたんだ。集落の仲間はみんなで40人くらいだったかな。子供はみんな同じ学校のようなところで勉強していた。外の世界とは隔離されていたけれど、特に不自由はなかった。生まれた時からアレが普通だと思っていたしね」


 彼の説明がBGMのように流れて行った。レイラの耳に入って来るが、理解できない。彼女の中の何かが、情報を遮断しているようだった。

 

 一通り説明を終えた彼の笑みが不意に曇る。険しい顔で彼は続けた。


「けれど、ある日全てを奪われたんだ。家族も仲間も殺された。ある日突然、見知らぬ奴らが集落を襲い、無抵抗のみんなを次々に殺した」


 レイラを激しい頭痛が襲う。彼女はこめかみ辺りを押さえた。胸の動悸がみるみる高まった。呼吸が早くなる。混乱するレイラをよそに、彼は付け加えた。


「そして、生き残ったのは僕ときみだけだ」


 頭の中で彼の言葉が糸のように絡みつく。次第に頭の中で処理できなくなり、レイラの身体がふら、と傾いた。

 高垣翔がそっとレイラの身体を抱き止めた。レイラはそのまま彼の腕の中で、気を失った。


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