第2話 彼女の仲間
レイラ達は現在とある地方の警察本部内で勤務している。しかし、それは表向き。裏の顔は国から極秘に指名されたTNTの一員だった。彼らは要請があれば、様々な組織の垣根を越えて、いかなる事案にも介入していた。
この国では常日頃から複雑な利権が絡みあっていた。そしてなかなか組織の垣根を取り払えなかった。どうしても「こちらの仕事」と「あちらの仕事」の意思の疎通が図れないのだ。国益のため、国民の命を守るためには各組織の団結が必要なのだが、遅々として改善される気配はなかった。
そこで、TNTが極秘に組織された。TNTとは化学物質のトリニトロトルエンのことではない。Top-notch team(一流のチーム)の略ではないかという説もあるが、実際の所特別任務チーム(とくべつ にんむ チーム)の頭文字を取っただけとも言われていた。
チームの存在は公にされていない。班員がTNTの存在や任務内容をを他言すれば、痕跡を残すことなく抹殺され、万が一任務中に命を落としても国は関与せず、事故死と片付けられるという噂だが、真偽は不明だった。
レイラと共に活動するTNTのメンバーは彼女を含めて5人。国内に一体いくつのチームがあり、どれだけの人数が活動しているのかは彼女達も知らない。
10年前、リュウジに保護された白兎レイラは平素、警察本部内にある警務部で警察官の健康管理や勤怠管理等を行う事務をしている。階級は巡査部長。どんな手を使ったのか分からないが、ある日エイジ班長から「レイラ、明日からお前も警察官だ」と告げられ現在に至る。
保護した時は肩まであった黒髪は、最近薄茶色になってきた。色が白く、はっきりとした顔立ち。人目を引く容姿だが、普段は黒縁の眼鏡をかけ、髪は地味なゴムで1つに括り目立たないように仕事をこなしている。そして、お呼びがかかればTNTの任務に出向く。県外に行く事が多いので、警務内部では出張の多い雑用係だと思われていた。
レイラは保護された時から人並み外れた身体能力を持っおり、頭脳も優秀だった。数か国語をあっと言う間に理解して、銃器の扱いもすぐに覚えた。
それでも自分が何者だったか、記憶だけはなくしたままだったので、自分がどうしてそんな能力があるのか分からない。
白兎はエイジ班長がつけた苗字。動物好きの班長が、レイラはウサギみたいだという理由だけでつけた。レイラはなんでも動物に結び付けるのをやめて欲しいと思っている。
警察本部内の地下には、全く使われていない倉庫が存在した。乱雑に段ボールが積まれた倉庫のつきあたりには、誰も知らない部屋がある。入口は何も変哲もない壁だ。
壁には照明のスイッチがある。このスイッチは取り外しが可能で、外すとキーボードが埋め込まれている小さなパネルになる。
この先にある部屋へ入るには、キーボードに暗証番号を入力すると現れる認証システムに、網膜と指紋をスキャンさせる。
そうすると、壁が扉のように開く。
扉が開いた先にはこぢんまりとした会議室がある。室内にはよく見かける長机とパイプ椅子、ホワイトボードが置かれている。ホワイトボードの隣にはもう一枚の扉があり、扉の奥には様々な武器が並んでいた。
ここは警察本部内といえども、特殊な空間だった。警察本部で勤務する警察官でもこの場所の存在を知る者は、5人以外いなかった。
パイプ椅子に座ったトウリが、マフィンにかぶりついた。ナッツやフルーツが入ったマフィンからは甘い匂いがする。
「それ、美味しそう。あたしにも頂戴」
「レイラも食べる? 新製品だよ。はい、どうぞ」
新聞を読んでいたリュウジが、2人に冷ややかな視線を投げつけた。
「トウリ、お前はまた食いもんか」
「リュウジにはあげないよ」
「いらねぇよ」
「リュウさん、これ美味しいよ。1つもらえばいいのに」
「レイラ、残念だけどリュウジの分はないんだ」
「だから俺はそんなもん食わねぇよ」
3人で騒いでいたら乱暴にドアが開き、不機嫌な顔をしたアンが入って来た。彼女はドカリとパイプ椅子に座り、トウリのマフィンを横から奪い取って口に放り込んだ。
「それ俺の! 最後の1個なのに!!」
トウリが声をあげる。が、すでに時遅し。アンはトウリを一睨みして、盛大な溜息をついた。
「全く嫌になるわよ。刑事一課長、ご飯行こうってしつこいんだから」
「でもさ、あんなキャラで愛嬌を振りまいていたら仕方ないよね。本当のアンは、泣く子も黙る冷酷な殺し屋なのに」
レイラがケラケラと笑った。
明るいブラウンの髪をカールさせているアンは、警察本部内にある売店の売り子をしている。黒目がちな大きな目と筋の通った鼻、肉厚な唇が特徴的な美人だ。細身なのに胸が大きく、スタイルが良い。彼女に近づきたくて、たいした用もないのに売店へ立ち寄る男性警察官も多い。アンは『暇人どもめ』と内心毒づきながらも、いつも営業スマイルで並ぶ列を捌いていた。
「ちょっと、誰が冷酷な殺し屋なのよ。だいたいレイラ、そのガキっぽい喋りかた何とかならないの? 聞いててイライラするんだけど」
不機嫌な声が返って来ると、レイラも負けじと言い返した。
「子供っぽくないです。第一、あたしの年齢って分かんないし。アンよりずっと若いとは思うけどね」
「いや、私より年上だったりして。レイラお姉さん」
アンがにやりと笑う。
「その喋り方はきっと、リュウジの好みでしょ。リュウジってロリコンだったりして」
トウリがにやにやしながらリュウジを指さした。
「お前……殺す」
リュウジが、鋭い目を一層細めてトウリを睨み付けた。
「おお。怖い、怖い」
トウリが肩を竦めた時、ドアが開いてエイジ班長が入って来た。
「楽しそうにやっとるな」
「班長、遅いわよ」
アンが咎めると、エイジ班長は「すまん」と両手を合わせた。
「いやぁ、落とし物のイグアナが逃げ出してな。捕まえるのに苦労したんだよ」
『イグアナって……』リュウジを除く3人の声が重なった。
動物好きの班長は、遺失物、俗に言う落とし物を扱う会計課に籍を置き、誰に頼まれているわけでもないのに、各警察署に届けられたペットをまとめて世話をしている。首輪のついた犬猫が来ればあらゆる手段を使って飼い主を見つけ、検挙率ならぬ、飼い主へ引き渡し率が100%らしい。
彼も表向きは普通の警察官であり、階級は警部。本来、動物の拾得は県の専門機関に任せることが多い。そのため、必死に飼い主を探す彼は、動物好きの変わった人だと陰で言われ、会計課内では浮いた存在だ。
動物には優しいけれど、動物の命を粗末にする人間には厳しい班長は以前、保護するべき対象者を殺害しかけたことがあった。保護する対象者は子犬のブリーダー。事件が片付いた時、現場に溢れていた子犬たちを見たブリーダーは『こいつらは金になるただの商品。もう用はないから、保健所にでも連れて行って殺処分しておいてよ』と言った。その瞬間、班長は激高しブリーダーに飛び掛かり、何度も殴り絞め殺そうとした。保護するべき対象者を殺しそうになったので、レイラたちは慌てて彼を止めた。抹殺しろと命じられた人間は容赦なく殺すくせに、子犬の命となるとそうはいかないらしい。
そんな班長がメンバーの顔を一通り見て、口を開いた。
「お前達、この前はご苦労だったな。他の場所にいた工作員も一斉に始末できたみたいだ」
班長の話によると、どうやら潜伏場所は1か所ではなかったようで、レイラたちのように秘密裏に動く人たちが、同時に動いていたようだ。
「それにしても、あんな怪しい潜伏先が全国に何か所もあるなんて驚きだよ。土地の持ち主とか気がつかないのかな」
レイラがほうと溜息をつくとアンが呆れた顔でこちらを見た。
「あのねぇ、あんた知らないの? この国の土地、知らない間に外国人に買い占められているんだよ。相変わらずレイラは世間知らずだね。ここに来るまでは、どんな暮らしをしていたんだか」
「それにしてもあんな大仕事、少人数の俺達じゃ無理だから。命がいくつあっても足りない。あと、もう少しマシな武器を下さいよ」
トウリがドーナツを頬張りながら口を開いた。彼の前には色とりどりのドーナツが並んでいる。いつの間に並べたのだろうとレイラは首を傾ける。
「まぁ、俺たちがあんな任務を任せてもらえるようになったのは、それだけこの班が成長したってことだ。来週も訓練が入っているから、そのつもりでな」
確かに班長の言うとおり、レイラが班に入った頃は銃撃戦の任務なんてなかった。 せいぜい表に出れば大騒ぎされるであろう事案を、あの手この手を使って揉み消すことぐらいだ。しかし、最近は銃を使う任務が増えている。
「ところで、俺達を呼び出した意図はなんです?」
リュウジの問いに班長が咳ばらいを一つして、真顔で切り出した。
「今日、お前たちに集まってもらったのは、新しい任務が入ったからだ。今度のターゲットは高垣翔。26歳。最近、アメリカ出向から戻った人間だ。現在はここの警備部にいる。階級は警視」
エイジ班長がホワイトボードに『高垣翔 26歳』と書く。TNTの任務は、班長が上から直々に受けている。指示を出す人物が何者かは、班長もよく分かっていないらしい。
「ということは、身内?」レイラの問いに班長が頷く。
警察職員が捜査対象者になる事は珍しくはない。薬物、銃器などの売買に警察職員が関わっていることもあるのだ。そんな情報が入った時、TNTは警察の公安や監察とは別ルートで、内密に行動していた。
彼、高垣翔も何かしらの問題がある人物のようだった。
「この男、かなりの切れ者だと言う噂だ。だが、その素性がはっきりとしない。書かれている経歴に虚偽はないが、怪しい点がいくつかあるんだ。例えば出身大学のデータベースに卒業生として名前はあるが、卒業アルバムのどこにも載っていない。そう言ったところだ。そして気が付けば、警察組織のトップに上り詰めようとしているらしい。ここにいるのも数年、そのうち警察庁にいくだろうと」
「その前にしっかりと身元を洗えというわけか」
リュウジの言葉に頷いたエイジ班長が、数枚の写真をホワイトボードに貼り付ける。
写っていたのは、爽やかな笑顔の男。ふわふわとした明るい茶髪、色白で透き通った肌、優しそうな目。人当たりが良さそうな笑顔。警察官ではあまり見かけないタイプで、庁舎内にいる女子職員が見たら、ちょっとした歓声を上げそうだ。
「ふーん、可愛い顔しているね。けっこうイイ男じゃん。もっと厳つい奴かと思ってた」
アンがにやにやしながら写真を眺める。
「表向きはな。でも時々、不穏な動きをしているようだ。俺達の任務は奴の素性を暴くこと」
班長の言葉を聞いたリュウジは立ち上がり、無言で写真を指で弾いた。
「じゃあ、この男は何らかの意図をもって警察に潜入しているの? どこかの機関員という可能性もあるってこと?」
レイラの問いに班長が頷く。
「レイラ、まずはお前の任務だ。この男が何者なのか、可能な範囲調べてこい。ただ、既に警察組織の一員で上層部にいる。手荒な真似ができない。だから」
「あたしが慎重に近づいて調べる、と」
「そうだ。切れ者らしいからな。リュウジやトウリはすぐに警戒される。それにアンは」
「はいはい。イケメンだからって取って食わないわよ。まぁ、つまみ食いくらいはするかも」
「そういうことだ」
「了解」
班長から渡された、高垣翔に関するデータを頭にインプットする。身長、生年月日、血液型、住所、本籍、家族構成、利き腕、趣味、嗜好、今後の予定、面会する人物の一覧等々……。
「よし、覚えたよ。早速、今日の退庁後から行動確認するね。何かあったら連絡します」
「相変わらず早いわねぇ。あんたの頭の中どうなっているの?」
アンが目を丸くして、レイラの頭を撫でた。
「じゃあ、レイラ頼んだぞ。解散だ」班長の一声でみんなは立ち上がる。
部屋を出ようとしたところで、リュウジがレイラの制服の袖口を掴んだ。
「リュウさん、なに?」
「あとで電話しろ」耳元でぼそりと囁かれる。
「うん」
レイラは笑顔で頷いた。
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