第10話 建築使役人形説話

 謹慎明けの日曜日、加奈と佐藤は町の図書館で郷土史を捲っていたが、加奈はその中に気になる内容を見つけ、佐藤を連れだって河之辺神社に向かうことにした。

 神社は山の上に立っており、鳥居が立つ入口には黄色と黒のテープが張られて、


『危険! 立ち入り禁止!』


 と書かれた看板が立ててあった。

 自転車を降りた二人は鳥居を潜り、石階段を登って、土砂で潰れた神社を目指した。


「ねえ、加奈。一体何に気づいたのか、いい加減教えてよ」


 石階段を登りつつ、佐藤が後ろから声をかけてきた。


「あんた、小学生の頃、引っ越す前に形代を流したって話してたでしょ?」

「うん。お父さんと一緒に」

「多分、その形代が、あの河童の正体だと思う」

「え? だって、あの河童は、お母さんでしょ?」

「……順に説明する」


 保険医から聞いた、この地域に河童が出るという話。郷土史を調べると、その痕跡が見て取れた。


「建築使役人形説話。郷土史の中に、工事や建築の時に大工が人形を使役して仕事を手伝わせたって話があった。こういう話は、別にこの地域に限ったものじゃなくて、全国的によく見られる話なんだ」

「人形に手伝わせるって、何その都合の良い話」

「ここでいう人形は、ただの人形じゃなく、非人・河原者……身分としては最下層に位置する人々を指したみたいなの」


 一七二二年に記された『小林新助芝居公事扣』には、非人の人形起源伝承が記されている。



 飛驒の工、武田の名匠が人形を作り使役した。

 そのとき、官女がこの人形と契り子を産んだ。

 造営が終わったのち捨てられた人形が、ウシ・ウマの皮を剥ぎ喰う職業をにない、非人と呼ばれることとなった。



 また、芸能研究者の盛田嘉徳もりたよしのりによれば、中世において河原者をもっともよく収容した職業は、日雇い的土木労働であったという。

 日雇いであるため、臨時作業が終われば解雇される彼らは、先の非人の人形起源伝承にも当てはまる。


「捨てられた人形が、その、非人とか河原者を指すのは分かったけど、それが河童とどう関係があるの?」

「現代でも九州を中心に広く分布する民話に、こういうのがある。建築や工事に使役された人形が役割を終えた後に川や海に流されて河童になったって」


 河童の人形起源譚を語る文献としては、一七二〇年『北肥戦誌』巻一六の『渋江家由来の事』がある。



 橘諸兄の孫・島田丸が、春日神社の造営を指揮していたとき、内匠頭・某が九九個の人形を作り、加持により魂を吹きこんで童形と化し、これを駆使して造営に成功した。

 そののち人形たちは川中に屠り捨てられたので、人・ウマ・六畜を侵して世の災いとなった。

 今の河童とはこれである。



「非人・河原者の苦役も一種の不幸だって考えれば、それはだ。そして、形代は穢れを移して川に流す……」


 石階段を登り切った加奈は振り返って、佐藤を見た。


、建築使役人形説話に当てはめれば、だ。これは、穢れを移された形代と同一視できる。つまり、ってこと」

「でも、形代流しって、全国で行われてるんでしょ……?」


「形代流しは基本的に神社が主催して行うものだし、河童の人形起源譚自体、広く普及しているものじゃない。多分、こうした伝承が普及してる場所で、見よう見まねの間違ったやり方で、穢れを移した形代を流してしまったことが問題なんだと思う。昔はこの町にも、河之辺神社があったから良かったけど、今はない。だから、神社がなくなってから流したあんたの形代だけが、河童になっている……」


 風が吹いて山の木々が鳴った。


「ちょ、ちょっと、待ってよ! それじゃあ、あれは、あの河童は……!」

「……あれは……、あんたの母親じゃない」

「なら! どうして、お母さんの顔をしているの! どうして、私を襲うのよ!」


 佐藤は駆け足で石階段を登り切ると、加奈の前に回り込んだ。


「それは、あんたが形代にどんな穢れを移したかによる」

「……」


 佐藤の目が泳いだ。

 加奈はもう当たりが付いていた。佐藤自身が口にしていたことだ。


「形代を流したところに案内して。多分、河童には、そこで会える」

「……嫌……だよ。怖い……」


 佐藤の体は震えていた。

 その震える姿は、加奈の見鬼の目には、暗い顔をした小さな小学生として映っていた。


「ほら、行こう」

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