第9話 喧嘩するほど仲がいい
「どぉーして、喧嘩をしたぁ?」
などと加齢臭を漂わせたゴリラ顔の生活指導の先生に迫られたところで、加奈自身、説明できるものではなかった。
佐藤が河童に見えたから、とのたまえば再び雷が落ちることは明白であったため、ハーゲンダッツをどっちが奢るかで喧嘩になったと、頭の足りなさを自ら証明するがごとく、くだらない理由をでっち上げた。
この喧嘩騒動に唯一の救いを見いだすのであれば、佐藤が加奈のでっちあげたハーゲンダッツのくだりに阿吽の呼吸で合わせたことであろうか。
ともかく、加奈は佐藤とセットで生活指導室に詰め込まれて、原稿用紙三枚分の反省文を書かされていた。
親にも連絡をすると生活指導のゴリラが出て行ったため、家に帰ったら帰ったらで父親の雷が落ちることだろう。
ちらり、と横で反省文を書く佐藤を盗み見る。
「……加奈が悪いんだからね」
喧嘩が『ちゃん』付けの壁を取っ払ったのか、佐藤は初めて呼び捨てで加奈を呼んだ。
いや、単純に、まだ怒っている可能性の方が高いだろう。
「悪かったよ。だって、あんたが河童に見えたんだもん」
「何それ。なんで私が河童なるの」
「見えたもんは見えたの」
「眼科行ったら?」
「はあ? そういう意味じゃ……」
生活指導室の扉が勢いよく開き、加奈と佐藤はぴったりと口を閉じた。
「……はあ。あなたたちねえ……、まだ喧嘩してるの?」
入ってきたのは保険医だった。
五十台前半の背の低い愛嬌のある女性で、女子生徒に特に人気があるため、カウンセラー代わりに様々な相談も受けているという。
ただし、彼女に恋愛相談をすると必ず失敗するという謎のジンクスがある。
恐らく今回は、喧嘩をした加奈と佐藤の話を聞く役割を負わされたのだろう。
「喧嘩してないです。佐藤とはめっちゃ仲良しなんで」
「えぇ? 私、さっきビンタ食らったせいで、加奈の好感度駄々下がりなんだけど……」
「はぁ? 河童調べるの手伝ってあげてんじゃん」
「ちゃんと報酬は約束してるでしょ」
「ハーゲンダッツ一個じゃ足りませんー」
「じゃあ、業務用一個でいいですかー」
「同じ味じゃ飽きますー」
「……二人とも、喧嘩したから反省文書いてるんじゃないの?」
保険医に窘められて、加奈と佐藤は渋々、黙って原稿用紙に向かった。
「ところで、河童について調べてるの?」
保険医に聞かれてしまい、隣の佐藤から肘で小突かれた。
「ええ、まあ」
「それなら、図書室の郷土史を調べて見るといいわよ。この辺にも、昔からそういう話多いみたいだから」
「へえ。そうなんですか?」
少なくとも、加奈は神主や祖父からそのような話を聞いたことはなかった。
「あまり有名な話じゃないから、知ってる人も少ないでしょうね。特に、河之辺神社ができてからはねえ」
河之辺神社。大雨の土砂崩れで潰れてしまった神社だ。加奈の知り合いの神主の管轄だった神社でもある。
「河之辺神社と河童って何か関係あるんですか? 祀られていたのが
「元々、この辺で河童が出るようになったから、それを鎮めるために河之辺神社が出来たのよ。随分前の話だから知ってる人なんてごく少数ねえ。それこそ、神社の神主さんだって知らなかったんじゃないかしら。私も、大学で民俗学を教えてる友達が研究してて、それで知ってるくらいだもの」
「神主が知らないなんてこと、あるんですか?」
「あの神社、実は大昔に火事で焼けたのよ。それで、昔の書物とかも焼けちゃって、その上、代々続けてた神主まで焼死しちゃったの。お陰で、神社の歴史を知っている人なんて、もう介護施設に入ってるような老人くらいしかいないみたいで、フィールドワークも大変だって友達がこぼしてたわ」
なんと、河之辺神社は火事まで経験していたらしい。
火事で焼けて建て直して、今度は土砂で潰れたとは、なんとも、呪われているような不幸続きの神社である。
「ふうん。でも、どうして河童が出るようになったんでしょう?」
「それは、あなたたちが調べてくれるんでしょ?」
なんとも、教師らしい問いかけだと、加奈は思った。
ちなみに、その夜、加奈は父親からしこたま怒られた挙げ句、翌日は土曜日であったにも関わらず一日謹慎を言い渡されたのであった。
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