第7話 どうして……?
油断していたといえば、そうなのだろう。
菜々美は、今までの傾向からして、川の近くでないと河童は現れないものと思っていた。
つまり菜々美は、あの河童を母親だと考えつつも、まだどこかで『母親』としてではなく『河童』として見ていたのだ。
そうでなければ、河童は家の中には入ってこないなどという軽率な思い違いはしないはずだ。
母親であるなら、自分の家には自由に出入りできるはずなのだから。
深夜何時だろうか。
自室のベッドで眠っていた菜々美は、ふいに誰かがベッド脇に立っているかのような気配を受けて、ぱっちりと目が覚めた。
寝起きは良い方だという自覚はあったが、深夜にベッド脇に人が立っているというのは流石に寝ぼけているのだろうと、曖昧な思考で横を向いた瞬間、眠気が吹き飛んだ。
いるのだ。
三十路過ぎの母親の顔をした河童が。
にったりとした笑みを浮かべて、爛爛と見開いた瞳を菜々美に向けて、首を微かに傾けて、彼女は立っていたのだ。
「菜々美……」
「……お……母さん……」
「どうして……?」
菜々美は河童の母親の言葉を待った。
その言葉の続きを知りたかった。
何を母親は思っているのか。菜々美に償って欲しいのか。化け物になってまで報復したいのか。
しかし、待てども待てども、母親はその先の言葉を口にしない。
「何か……、何か言ってよ! お母さん!」
母親が菜々美の言葉に反応したように、動いた。
布団の中にぐっしょりと濡れた手を入れて、菜々美の足首を掴んだ。
まるで、採ったイノシシを引きずるように、菜々美をベッドから引きずり下ろして部屋から連れ出そうとした。
「やっ……! 止めて……、止めてぇ――ッ!!」
叫んだ瞬間、菜々美の心を貫いたのは、途方もない罪悪感だった。
そうでありながらも、菜々美は母親に抗おうとした。
小学校の頃から使っている勉強机に付属してついてきた木製の重い椅子の脚を咄嗟に掴んだ。
しかし、母親の力は万力のように強く、椅子は倒れて机にぶつかった。
勉強机の半開きになっていた引き出しが巻き込まれ、中に入っていた様々な小物が床に散らばった。
菜々美は無意識の内に、散らばった中にあった小さなひょうたんのキーホルダーを手に取った。
その瞬間、菜々美を引きずる力が消え、足を掴む感触も消えた。
母親の姿が消えてから、叫び声と物音を聞きつけた父親が血相を変えて部屋に飛び込んできた。
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