二重らせんが導く運命

風白狼

二重らせんが導く運命

 ここは“この世界”の全ての情報が集まる図書館。膨大な蔵書と、それを保管する本棚が所狭しと立ち並んでいる。今日も職員達がせっせと仕事に励んでいた。


 そこへひとつの指令が飛び込んできた。受け取った職員は操作盤のスイッチをポチッと押す。警告音が部屋に鳴り響き、付近の職員は退散した。本棚が自動で動き出す。横にずれ、押し出され、本棚の構造が変わっていく。静かになるころには、隠されていた本棚が表に出てきた。

 現れた本棚から、職員が一冊の本を取り出す。空いた席へ座り、一心不乱に本の内容を紙に書き写した。一字一句、違えず正確に漏れもなく。意味があるのかわからない、冗長なフレーズさえ律儀に転記する。だが彼が意味を理解する必要はない。暗号は暗号のまま、次へ流すのが仕事なのだ。

 本の情報を転写し終わると、職員は別のスタッフに紙束を渡した。次のスタッフは紙にチョキチョキとハサミを入れる。必要な文字列だけ抜き出して、不要な情報は取り除いて。大事な情報をつなぎ合わせ、一つにまとめる。分厚い紙束は、すっかりコンパクトな枚数になっていた。


 コンパクトになった情報はメッセージとして、図書館の外へ送られる。送り先は下請けの工場だ。作業員はメッセージを受け取り、作業台へ腰を下ろした。クレーンが運ぶ素材を一つ一つ繋げていく。メッセージに書かれた設計図を元に、正確に部品を組んでいく。パチリ、ぱちりとパズルのように組み上げる。そうして一つのロボットが組み上がった。

 同じ工場では何種類ものロボットが組み立てられている。腕の形、アームの数、ボディの長さ、様々なバリエーションで組み立てられて出荷される。中にはベルトコンベアとして、壁越しに物資を輸送する機械まで作られていた。これらは全て、図書館の設計図から作られたロボット達だ。

 ベルトコンベアが外から物資を取り込む。水に金属、糖分など、図書館に指示された通りのものを運ぶ。運ばれた物資は工場で作られたロボット達が加工する。一つ素材を組んだら次のロボットへ。一つ変形させたら次のロボットへ。幾つものロボットがリレーのように物質を繋いで、全くの別物に変化させていく。糖が繋がって貯蔵される。酸味も旨味も作られて倉庫に運ばれていく。

 中には専門工場へ運ばれる物資もあった。そこはソーラーパワーを用いて水と空気から栄養を作り出す、夢のハイテク工場だ。その専門性故に、図書館とは別に資料も保管されている。ここでしか動かせない機械達は、しかし図書館からの指令で動いていた。運ばれた物資が専門の機械によって加工されていく。材料を繋ぎ、構造を組み替え、飾り付けが施され真っ赤なリコピンが作られる。特徴的な赤い色素は出荷されて世界を色づけた。色素は過剰な廃棄物などから世界を、ひいては次世代を守るためにせっせと生み出されるのだ。




 パチン、と私は赤い実を収穫した。手の中には重くみずみずしい夏野菜。真っ赤に色づいたそれを収穫できるまでに、果たしてどれだけの遺伝子、どれだけのタンパク質が関わってきたのだろう。図書館ほどに膨大な情報が、細胞一つ一つに全て刻みづけられている――その途方もない生命の神秘に感謝して、私はそっとトマトを籠に入れた。

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二重らせんが導く運命 風白狼 @soshuan

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