公爵令嬢を押しのけて王子を手に入れた男爵令嬢です。嵌められました。

琥珀川 あまな

第1話

あれ??

わたし、どうして王宮にいるの?



ある日気づいたら、田舎男爵の娘であるわたしは、王子の婚約者候補になっていた。

そしてわたしからこの1年間の記憶がすっぽりと抜け落ちていた。


王子の長年の婚約者だった公爵令嬢は穏便に婚約解消に応じていて、領地で静かに暮らしているという。そしてわたしは王宮に住まい、王子妃教育を受けていた。



……一体。これは……。



わたしは、自分がとんでもないことをしたのを知って愕然とした。


わたしみたいな田舎の男爵家の令嬢が、なぜ、どうやって、筆頭公爵家の令嬢を追い落として王子を手に入れたんだろう。


侍女や王宮に出入りする貴族からの冷たく蔑むような目線が刺さる。

世話をしてくれる侍女の殆どはわたしよりも上の家から来ている子女たち。男爵令嬢の世話なんてしたくないのがありありとわかる。


それでも王子は優しいし、王妃様も優しい。


妃になるための勉強も全然ついていけていなかったらしい。記憶が無いのだから当然だけれど、教本を見てもちんぷんかんぷんだ。どうやらわたしは勉強したくなくて逃げ回っていたらしく、先生たちからは冷たい目で見られ、公爵令嬢と何かにつけ比較される。


当たり前だ。公爵令嬢は子どもの頃から妃となるべく教育されてきたのだから。


王子に、婚約者候補を下りたいと告げた。

今さらできないと突っぱねられた。


当然だ。


公爵令嬢は婚約解消後、ずっと領地にこもっているという。

わたしが王子の婚約者になったためにいろんなことが起きた。


心変わりしたのかと言われ、わたしでは妃はとても務まりません、申し訳ありません、と言った。

王子は涙ぐむわたしを優しく抱いて、大丈夫だ、心配するなと言った。


お前はそのままでいい、と。


ある意味、わたしは心変わりしたともいえる。

だって、王子を手に入れるほどの熱愛をした記憶がないのだ。



どうしたらいいの?



今さら候補を降りることもできず、仕方なく勉強に励み、大人しく回りの言うことに従う毎日。



◇◇◇



1年が経ち、わたしの妃教育はそれなりに形になってきた。先生がたも、わたしの勉強の進み方は早いと言ってくれるようになり、マナーの方も叱られることが少なくなった。


それと同時に、王子のわたしを見る目が冷たくなっていった。


気づくと王子のそばには無邪気に笑う子爵令嬢がいた。


今日は王宮舞踏会だ。気持ちはふさぐけれど出ない訳にはいかない。


王子は形ばかりわたしをエスコートし、ダンスを1曲踊ったら子爵令嬢のもとへ行った。わたしは用意された椅子に座り、一人飲み物を手に笑顔で踊る王子と子爵令嬢を眺める。

以前はずっとわたしをそばに置いて、離さなかったのに。その場所にはいま子爵令嬢がいる。

わたしの今日のドレスは自分で用意したものだ。本来ならわたしに贈らなければいけないのに、王子は子爵令嬢にドレスを贈ったのだ。


このことはもう社交界で知らないものはいない。周囲から蔑むような目線がちらりちらりとわたしに向けられる。


グラスを手にぼんやりとホールを見ていると、美しい女性が目にはいった。

わたしが追い落とした公爵令嬢だ。


彼女がいた場所に、今わたしがいる。


彼女は婚約が解消されて領地にこもっていたけれど、最近になって、侯爵令息との婚約が調って王都へ戻って来たと聞いている。公爵令嬢の隣には、新たに婚約者となった侯爵令息がいる。華やかなドレス姿の令嬢と、背が高くすっきりと正装を着こなす令息。


令息のエスコートは完璧だが、ふたりは顔を見合わせようとしない。噂では渋々傷物になった令嬢との婚約を受け入れたと言われている。


令息が令嬢をダンスに誘う。淡々と踊っているが、美男美女。ダンスも美しい。

わたしはため息を隠して、彼らが踊る姿をぼんやりと眺めた。


ふたりが一瞬目を合わせた。


わたしは悟った。


「嵌められた……」


◇◇◇


わたしは秘密裡に公爵令嬢に繋ぎを取った。


「率直に言います。わたしを利用されましたね?」


彼女は嫣然と笑った。


「まあ。一体なにを言っているのかしら?」

「あなたが殿下との婚約中から侯爵令息と想い合っていたという証拠があります」


彼女は笑みを絶やさない。


「今さらなに?」

「はい、今さらです。ただ、王家の心証は大変悪くなるでしょう」


彼女は冷えた目でわたしを見た。


「何がほしいの」

「わたしは王宮を出て国外へ行きたいのです。安全に」


彼女は目をみはり、ゆっくりと笑みを浮かべた。


「いいわ。あなたには借りがあるものね」



◇◇◇



わたしはいま、国を二つ挟んだ南の島国にいる。風光明媚なこの国は美しい海が目当ての観光客が年中訪れる。


私は貴族ではなくなり、ホテルを経営する商家の嫁になった。公爵令嬢の手配でわたしを王宮から逃がしてくれた商人の縁戚の家だ。


ここは共和国だから王はいない。


夫との仲もよく、子どもにも恵まれ、経営しているホテルも順調だ。


ある日、ホテルに泊まっている商人に話しかけられた。


「奥方は〇〇国の出身なのかい?」

「なぜでしょう?」

「その金髪と碧い目の色は北の方の出身では?」

「両親が北の出身なのです」

「ああ、そうか」

「それがどうかされましたか?」

「〇〇国は王制が危ないらしいね」

「え?」

「王子様が婚約者をとっかえひっかえしてるせいで、王族への信頼が無くなってきな臭いようだよ」

「まあ。とっかえひっかえって。そんなこと、できますの?」

「はは。王子様はできると思っているようだね。それに乗ってしまうご令嬢もご令嬢だが」



その夜、夫に王子の事を聞いた。


「あの王子はいまも独身なのだそうね?」


夫は、時折わたしの実家のことを話してくれる。両親は健在で、男爵家は元の田舎貴族に戻っていると聞いている。けれど王子のことは話したことがない。わたしも今まで聞かなかった。夫の言うには、王子は5人目の婚約者をないがしろにして別の令嬢と浮名を流しているそうだ。


「気になるのかい?」

「あの人は、手に入れられないものが欲しい人なのですね」



今でもわからない。なぜ1年間の記憶がないのか。

その間に、わたしが何をしたのか。


でももう、そんなことはどうでもいい。

わたしは愛する夫に手を伸ばした。

夫はいつものようにわたしをしっかりと抱きしめてくれた。



◇◇◇



あの男爵令嬢が会いにきた。

意外だった。


わたしたちが愛し合っていたことに気づいていたなんて。

王子の性癖も理解していた。


丁度いい馬鹿な令嬢が現れて、利用した。

わたしと侯爵令息との愛はかたく秘めて、誰にも知られてはいなかったはずだ。


それを見破った彼女は、実は賢かったということだろう。


王宮を秘密裡に出て国外へ逃げたいと言われたときは驚いた。

妃になりたいと思っていたわけではなかったのか。


真っすぐわたしを見る目に嘘はなかった。


わたしは侯爵令息と相談して、彼女を逃がすことにした。


令息が懇意にしている商人に繋ぎをとり、彼女が視察へ行くときを狙って馬車を襲わせ、誘拐されたように偽装した。護衛もお飾りだけ、初めのうちは同行していた王子も今は子爵令嬢との逢瀬に忙しく、公務に同行することはなくなっていた。


簡単に偽装誘拐は成功し、彼女を商人のメイドとして商隊に紛れ込ませ、それらしい死体を川へ流して納まりをつけた。


令嬢の実家である男爵家にその死体が届けられ、ひっそりと葬儀が行われた。


彼女の希望で男爵家には彼女が生きていることを知らせていない。王家からどんな言いがかりがつけられるか分からないからだ。男爵家も理解していて、その死体が本人かどうかなど訴えることはしなかった。


王子は早々に犯人の捜索を打ち切り、子爵令嬢を婚約者候補として王宮へ入れた。



王子はいまだ立太子されていない。


王子の性癖は国内外に知れ渡り、王家の求心力は落ちるところまで落ち、公爵家を中心とする貴族議会が力を伸ばしている。



◇◇◇



時折、南の島国から何も書かれていない絵葉書が来る。

絵葉書は毎回同じもの。



美しく輝く碧い海。


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