第30話

紐付け針の能力は確認できたものの、亜由美のような記憶喪失の場合にもこの能力が発揮されるかは分からない。

亜由美に変に期待を抱かせることは避けたいと思った裕作は、どういう口実で亜由美に連絡するべきか悩んでいた。

やっぱりこれしか無いよな、と腹を括った時には、悩み始めてから半日程が経過していた。



スマホで亜由美の連絡先を探して電話を掛ける。

2コール目でスマホ越しに聞こえた

「はい、只野です」

の声に、裕作は慌てて

「あの、もしよろしければ近いうちにまたお食事にでも行きませんか」

と吐き出すように言った。

しばらく気まずい沈黙が流れた。

裕作は、初めてデートに誘う中高生みたいな下手くそな誘い方しか出来ない自分に舌打ちをしながら

「あの、神田ですけど。

最近の只野さんの状況などをお伺いできればと思いまして。

事務所までご足労いただいても良いのですが、リラックスできる場でお話した方が何か新たな発見もあるかな、と。

いかがでしょう。

もちろん、只野さんのご迷惑でなければ、ですが」

また少し間が空いた後で返ってきた

「ぜひよろしくお願いします」

の一言に、裕作は無意識にガッツポーズを作りながら、明日の18時にこの前と同じガーリックシュリンプのお店で待ち合わせることを約束して電話を切った。

心臓はたった今階段を駆け上がってきたかのように早鐘を打ち、スマホを握る手にはびっしょりと汗をかいていた。



「あー、緊張したー」

何とも不器用な誘いをしてしまった恥ずかしさを誤魔化そうと、裕作は無駄に大きな声でそう口に出した。

この緊張が、果たして紐付け針で亜由美の役に立てるのだろうかという不安だけから来るものではないことに気がついていた。

裕作は、ぽりぽりと後ろ頭をかきながら、不安と期待の入り混じった明日に思いを馳せた。



翌日、裕作が約束した18時の10分前にお店に着くと、そこにはすでに亜由美の姿があった。

小走りに駆け寄って

「お待たせしてすみません」

と声を掛ける裕作に、亜由美は

「いえ、私も今来たところです。それに、まだ約束の10分も前ですし」

と答えた。

昨日のうちに予約をしておいた裕作が店員に

「予約の神田です」

と告げると、店の奥まったところにある二人掛けのテーブル席に通された。

今日は隣り合わせのカウンターよりも向かい合わせのテーブル席の方が都合が良いはずだ——少なくとも縁の切れ端を見る、という目的のためには。

亜由美と向かい合わせでは緊張して気の利いた会話なんて出来ないかもしれないなという不安にはとりあえず蓋をして、裕作は亜由美を席に促すと、自分も空いた方の席に腰掛けた。

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