第25話
「あれ、お酒を飲まないのなら、なぜこのお店を選ばれたんですか?」
亜由美はパチパチとゆっくり二回瞬きすると、
「ガーリックシュリンプが——」
と言って言葉を切った。
「ああ、メニューのあれ、美味しそうでしたよね。私も丁度ビールに合いそうだなあって思ったんですよ」
亜由美はもう一度瞬きすると、
「神田さんがメニューを食い入るように見られていたので、食べたいのかな、と思ったんです」
と目を細めながら言った。
相変わらず口角は上がらなかったけれど、もしかしたら笑っているのかもしれない。
それか、呆れているのかも。
後ろからメニューを覗き込む俺の顔は見えていなかっただろうに、なんで分かったんだろう。
裕作が恥ずかしさに頭を掻きながら尋ねると、お店のガラスに映っていたと教えてくれた。
さんさんとガラスに反射する陽の光が憎らしい。
料理を何品か——もちろんガーリックシュリンプも——注文して、つまみながらポツポツと会話をする。
亜由美は何か思い出そうと頑張っているのだろう、時折眉を顰めるようにして考えることもあったけれど、裕作が亜由美に投げたボールはきちんと真っ直ぐに裕作の元に返ってきた。
一方で、亜由美からの質問に祐作はほとんどちゃんとした答えを返せなかった。
一番悩んだのは、何といっても
「神田さんはなぜ縁切りのお仕事をされているのですか?」
という問いだった。
質問した亜由美からすれば深い意味なんてなかったのだろうけれど、「なぜ」が縁切り屋を始めた経緯ではなく、縁切り屋に懸ける思いを現在進行形で問われているような気がして、裕作は口籠もってしまった。
「——只野さんは今何かお仕事をされているんですか?」
なぜ、から目を逸らすことを選んだ裕作は、亜由美から受け取ったボールを意図的に明後日の方向に投げ返す。
それでも亜由美は気分を害した様子もなく、少しだけ間をおいて答えた。
「今はまだ仕事はしていないんです。記憶喪失になってからは少なからず混乱していたこともあって。でも最近だいぶ落ち着いてきたので、少しずつ働き始めてみようかと思っています」
「記憶喪失より前にお仕事をされていたかどうかは、やっぱり覚えていないのですよね?」
「はい、残念ながら。ただ、自宅のクローゼットの中にスーツが何着か入っているので、どこかの会社で働いていたのではないかとは思うのですが」
働いていたのだとして何日も無断で欠勤する社員がいれば、電話を掛けるなり、自宅を訪問するなり、何らかのアクションを起こすはずだ。
何も無いということは、少なくとも記憶喪失になった時点では特に定職には就いていなかったのだろう。
仕事に限らず、趣味のサークルや習い事もしていなかった可能性が高そうだ。
その考えを伝えると、亜由美はうんうんと頷きながら烏龍茶を口に運び、ポツリと呟いた。
「確かにそうですね。じゃあ、働いていたとしてももう何年も前のことなのかも」
亜由美が投げたボールは裕作の元まで届かずにコロコロと転がっていく。
ボールを拾う代わりに、裕作はガーリックシュリンプをビールで流し込んだ。
縁の切れ端 末里 @suem_mcz
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。縁の切れ端の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます