第12話
翌日、裕作はおっさんと遠藤さんの縁切り費用を算出しようと事務所の机に向かい、どうするかなあ、とひとりごちた。
太い縁は縁切りに手間が掛かるのでその分費用も高くなる。——と契約時に説明しているが、実はそれは依頼人にしっかりと考えさせるための詭弁に過ぎない。
実際のところ、太かろうが細かろうが、ハサミでチョキン、それでおしまいだ。
しかし、縁が太いということはすなわち関わりの深さを意味する。そんな縁を切るのならせめて、真剣に考えて決めて欲しい。
そんな縁切り屋としての願いも込めて、父の時代から「太い縁ほど縁切りの手間も費用もかかる」という説明を徹底してきた。
しかし例外もあって、こんな縁はとっとと切ってしまった方が良い、というのが誰の目から見ても明らかな場合には太い縁でも安く請け負っている。
つまり、端的に言えばこちらの裁量次第、なのだ。
作業時間に応じて請求額を決定すると契約時に伝えているが、実際は契約時の料金のまま変動しない場合がほとんどで、後から請求額が変わるのは、費用を安くしようとして意図的に関係性を軽く見せたり、逆に「縁を切りたい」と強く望み過ぎて依頼者が無意識のうちに関係性を重く捉え過ぎてしまっていたりした場合だけだった。
今回のおっさんと遠藤さんの縁切りに関しては、契約時点で裕作が感じた縁の太さと実際の縁の太さに違和感はなく、特に事後精算は必要なさそうだった。
決定した最終費用を記載した請求書を作成する。
事前支払い分で完了しているので請求金額欄に0を記入して、FAXでおっさん宛に送信すると、ほっと息をついて立ち上がった。
あっつあつのコーヒーが飲みたい。小ぢんまりとした給湯スペースでお湯を沸かしながら、電気ケトルの口から湧き上がる湯気をぼんやりと目で追う。
事務所の扉をコツコツと叩く音に気がついたのは、マグカップにお湯を注いでいる時だった。
聞き間違いかと思うほど小さなコツコツが再び聞こえ、裕作は慌てて扉に向かいながら「はい」と大きな声で応じる。
ドアノブを捻った向こうには、研ぎ澄まされたガラスのような冷たい無表情を抱えた女性が立っていた。
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