第11話
白いポロシャツの背中が心無しか寂しがっているように見えて、裕作は苦笑いを浮かべる。
そんな筈はない。遠藤さんからすればたった今おっさんとの縁が切れたことなんて知る由もないのだから。
さて、と裕作はズボンのポケットにハサミを仕舞って縁の切れ端の処理に取り掛かった。
ハサミが体に触れてさえいれば、それが布越しであろうと縁を見ることができる。
遠藤さん側とおっさん側、両方の縁の切れ端を手早く固結びして解けないことを確認すると、切れ端から手を離した。遠藤さんの背中からぷらりと縁の切れ端がぶら下がっている。
縁は一度結ばれると二度と無くならない——という訳ではない。
お互いに疎遠になって、連絡も取らなくなって、思い出すこともなくなって、名前を聞いても誰のことだか分からなくなって、その頃には縁はほつれて消えてしまっている。
そうやって自然に消えてしまった縁は、縁自体が消滅してしまっているので縁切りハサミの力を借りても見ることはできない。
しかし、縁切りハサミで物理的に切断した縁は、切れ端のままいつまでも残る。
忘れることさえも出来なくなってしまった縁は、切れ端になっていつまでもプラプラとぶら下がっているのだ。
きちんと切れ端の処理さえしていれば生きていく上で何の支障も無いのだけど、行き場を無くしてぶら下がるだけの切れ端はどこか心細げで、それを作り出してしまったことに裕作は少しだけ罪悪感を覚えた。
おっさんに縁切り完了の報告に行く。
おっさんのテーブル席に置かれた空の徳利は4本に増えていた。
「無事に縁切りが完了いたしました。また後日、改めて確定した費用をご連絡しますので、しばらくお待ちください。何かご質問はありますか?」
おっさんは座ったままゆらゆらと揺れながら、うーんだか、あーんだか分からない呻き声を漏らしている。
こんなに酔っ払って、ちゃんと分かっているのだろうか?
裕作は不安を抱きながらも、とは言え精算周りは滞りなく進むだろうと今日のところはとりあえず良しとすることにした。
おそらくクレームも無いだろう。
「では私はこれで失礼します」
夢の中に8割方足を踏み入れたおっさんを残して、裕作は会計を済ませると店を後にした。
帰宅して冷蔵庫を開けたけれど珍しくビールを飲む気にもならなくて、そのままの格好で布団に向かうと沈むように眠りについた。
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