第5話

「縁切りの流れについて、何か質問はございますか?」

「今の話だと、縁ってやつは何か糸みたいなものなのか?」

「そうですね、そのようなご認識でよろしいかと思います。

その糸のようなものが縁の相手と繋がっています。

糸の色や材質は人それぞれです。

赤色の縁もあれば、青色、黄色、緑色、ベージュ、鉛色、様々な色があります。

また、ウールのような材質もあれば、シルク、ビニール、珍しいものだと針金のようなものもありますね。」

「その色とか材質とかの違いってのは、何か決まりみたいなのがあるのか?例えばほら、運命の赤い糸とかいうだろ。赤い糸は運命の相手と繋がってる、みたいなのがあるのか?」



おっさんの口から「運命の赤い糸」なんて言葉が出てくるとは思わなかった。祐作は少し口元を緩めた。

「あくまで私の経験からの話になりますが、特に決まり事などは無いと思います。

恋人同士で紫色の縁も見たことがありますし、切るように依頼された縁が赤色だったこともあります。

材質についても同じですね。

友達の友達のようなそれほど親しくない間柄でも頑丈そうな素材だったり、親子なのにグミのような柔らかい素材だったり。

本当に色々です。」

おっさんは興味深そうに聞いていた。遠藤さんとの縁切りさえできれば何でもいいから早く終わらせてくれ、という雰囲気だったのに、意外だ。



「ただし、縁の太さに関しては法則性がありまして、太さは縁の深さに比例します。

つまり、相手と深い間柄である程、縁も太くなります。

実は、縁切りには難易度がございます。

縁の材質にも多少影響は受けるのですが、難易度を決定する一番大きな要因は縁の太さです。

イメージ通りかと思いますが、細い縁ほど切り易く、太い縁ほど切りにくい。

そしてその後の切り口の処理も太いほど難易度が上がりますので、全体の作業時間としましては、縁が太くなるにつれて長くなっていきます。



ここからまた事務的な内容になるのですが、縁切りの費用は縁切りにかかった作業時間に応じてお支払い頂きます。

ですから、縁切りの難易度が高い『深い間柄』の縁を切る場合には、その分多く費用が掛かるということになります。

また、大変申し訳ございませんが、縁切りの難易度は縁切り当日に実際に作業をしてみるまで分かりかねます。

ですので、最終的にお支払い頂く金額というのを現時点でご提示することができません。

お支払いですが、まず私のこれまでの経験に基づいて、相手との続柄や関係があった期間から概算のお見積りをお出しします。

萩野さんには、縁切り当日までに一旦その金額をお支払い頂きます。

その後、縁切りから1週間後までに確定した金額をお知らせいたしますので、その差額をご清算頂ければと思います。

なお、事後清算のトラブルを避けるため、概算のお見積もりは少し高めの金額を設定しております。

事前にお支払い頂いた金額が実際の金額よりも多い場合には、もちろん差額はご返金いたします。



金額の話をすると途端に迷いの表情を浮かべる依頼人も多いのだが、おっさんにとっては何と言うこともないのだろう。

一切顔色を変えることもなく、あい分かったと言わんばかりに深く頷いた。

少なくとも支払いに関してはトラブルになることはなさそうだな、と裕作はふっと息をついた。

「契約後のご意見やご要望は承っておりませんが、万が一何か問題が生じた時のために私と萩野さんとの間の縁は切りません。

遠藤さんとの縁切り実施後、萩野さんは『縁切りをした記憶はあるが誰との縁を切ったのかは分からない』という状態になります。

当然のことですが、今回の縁切りによって萩野さんの人生は変わります。

変わりますが——」

裕作は軽く咳払いをして続けた。

「それが荻野さんのご満足頂ける方向に向かうかどうかは分かりません。

私はあくまでご依頼のあった縁を切ることしかできません。

ですからそれによって荻野さんの人生をより良い方向に導くことを約束するものではないのです。

ここにいらっしゃる方のほとんどは縁切りをすれば必ず幸せになれると信じていらっしゃいます。

ですが、実際は、縁切りをしたからといって幸せになれるとは限りませんし、誠に残念なことではありますが、縁切りしたことを後悔される方も少なからずいらっしゃるのが事実です。」

裕作は大きく息を吸い込むと、喉につかえた何かを吐き出すように一息で言った。

「これが私からの最後の確認になりますが、縁切りをしてしまって本当に後悔はなさいませんか?」

この説明で9割方の依頼人——いや、もっと多いかもしれない——は怖気付いて「やっぱりいいです」と言いながら急いで荷物を手にし、押されるように事務所を後にする。

しかし——。

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