第4話
「それでは、今一度縁切りについてご説明いたします。
説明の内容につきましては、重要事項をまとめた確認書を後程お渡ししますので、その確認書へのご署名をもって、契約完了とさせて頂きます。
人は誰しも誰かとの縁をもって生きています。
『縁』というと少し曖昧な感じがしますが、縁切りで言うところの縁の定義を具体的に申し上げますと『縁』は『知り合いかどうか』です。
知らない人には縁はありませんし、どちらかだけが一方的に知っているという場合——例えば芸能人の村木慎一なんかは私たちが一方的に彼を知っているだけで、彼自身は私たちのことを知りません。
このような場合には『縁』はありません。
一般的にはこれから出会う人なんかも『縁』に含まれるのかもしれませんが、縁切りではそれも含みません。
あくまで、『現在知り合いかどうか』が判断基準になります。
ですから、逆にかなり昔に出会った人でお互いが忘れてしまっているような場合には『縁』は無い、ということになります。
つまり、縁の条件は『今現在、互いに互いを認識できていること』なのです。
ここまでよろしいでしょうか?」
一気に話して、祐作はやっと息をついた。
目の前にはさっきまでの太った禿げヅラのやたら偉そげなおっさんではなく、太った禿げヅラのキョトンとしたおっさんが座っていた。
縁切りの話になると、ついつい前のめりに説明してしまう。祐作の悪い癖だった。
自由に縁が切れるなんてファンタジーだ、と馬鹿にされるのではないか。
縁切り屋を継いで何年も経った今でも、そんな不安が未だに祐作の潜在意識に存在していたし、祐作自身もそれを自覚していた。
実際、この事務所を訪れる人の中には、縁切りしたいわけでも無いのに興味本位で縁切りについて尋ねに来る人もいて、そういう人達は決まって説明の間中馬鹿にしたような笑いを浮かべているか、哀れな目を祐作に向けてくる。
ああ、この人は一体何を言ってるんだ、縁切りなんてあるわけないのに、と。
そうした反応と比べれば、おっさんのキョトンは悪くない。
よし、説明を続けよう。
「縁切りの具体的な方法については、詳しい説明は控えさせていただきますが、特殊なハサミを使用して切りたい縁を物理的に切断します。」
詳しい説明は控えさせていただきますが、の部分が不満だったのだろう、おっさんの眉毛がピクリと動いたが祐作は無視して続けた。
「縁をハサミで切断した瞬間から、その人と関わった記憶は全て無くなります。
萩野さんの遠藤さんに関する記憶が無くなるだけでなく、遠藤さんの萩野さんに関する記憶も消滅します。
そして、これが最も重要な事ですが、一度切った縁は二度と元には戻せません。
私は縁切りの契約をする前には必ずこのことをお伝えしていますが、縁切りをした後でやっぱり無かったことにしてくれ、と仰る方がこれまでも何人かいらっしゃいました。
ですが、残念ながら私にはどうすることもできません。
切ることは簡単ですが、結ぶことは難しいのが縁なのです。
ですから、何度も申し上げているように、切ってしまう前にじっくりと考えて頂きたいのです。
本当に縁切りをしてしまって良いのかを。」
祐作はおっさんを真っすぐに見つめてそう告げた。
本当にいいの?遠藤さんとの思い出がなくなっちゃっても。
だけどいつの間にかキョトンから偉そげに戻ったおっさんは、祐作の眼差しを軽くあしらって
「構わん。」
と一言発して、説明の続きを促した。
説明は熱心に聞いてくれるのになあ、なぜだろう、やっぱりちょっと不快だ。
祐作はそんな気持ちに蓋をして、
「承知しました。」と言った。
「それでは説明を続けさせて頂きます。
ここからは、少し事務的な話になるのですが。」
そう前置きをして、実際の縁切りの流れを説明した。
切るべき対象の縁は祐作には見分けがつくので、おっさん側に特別な準備は必要ないこと。
切った後の縁はほつれたような状態になり、そのままにしておくと「悪い縁」と結びつきやすいこと。
だから、縁切りの後は速やかに縁の切り口の処理が必要なこと。
縁の切り口の処理まで祐作が行うため、縁切り当日にもおっさんは特にやるべきことはないこと。
ただし、遠藤さん側の縁の切り口も処理が必要なので、当日は遠藤さんが近くにいる状態、少なくとも半径100メートル以内に存在する状態にして欲しいということ。
縁切りの話が興味深いのだろう、おっさんは相変わらず真面目に説明を聞いていた。ソファにふんぞり返る様子もまた相変わらず偉そげだった。
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