27 - 作戦8:種明かし
――創立記念パーティー当日。授業終わりに一度屋敷に戻り、ツェツィーリアは身支度を整えていた。
ルイディナが準備してくれたドレスは夜色の生地にグリッターが輝きを放つ、星空を思わせる美しいドレスだった。パニエもふんだんに使われており、広がるスカートはまさに乙女の夢だろう。
寒さ対策でボレロも羽織り、ツェツィーリアはルイディナが髪をセットしてくれるのをぼんやりと待っていた。今日はどうやら編み込んでアップにするらしい。
あっという間に今日という日を迎えてしまったが、はっきり言って準備は不十分だった。そもそも何をどう準備すればいいのか分からなかった、といった方が正しいかもしれない。今日エリオットとソニアがどのように振る舞うかによって、ツェツィーリアも立ち回りを変えなければならないからだ。今日はゴールではなくスタートであり、これから一人孤独にゴールを目指す――
お似合いの二人を後目にさっさと退散する、程度で済めば一番いいのだが、分かりやすいパフォーマンスが必要になる可能性もあるだろう。ソニアとエリオットを別々に呼び出すためのメモ書きと、ぬるま湯が入った水筒は既に手荷物の中に潜ませている。
ツェツィーリアは脳内でシミュレーションを行いながら、ぼうっと鏡に映る自分を見つめていた。見事な手つきで髪形を完成させたルイディナが、三日月を模した美しい髪飾りを手に取ったのが目に入る。
「その髪飾り、とても綺麗ね」
初めて目にする髪飾りに、ツェツィーリアは思わず声をかけていた。
するとルイディナは嫣然と笑う。
「ある方からお嬢様へのプレゼントですわ」
「ある方?」
「えぇ」
それきりルイディナは口を閉ざしてしまって、“ある方”が誰なのかは教えてくれなかった。
三日月の髪飾りをつけて今夜のツェツィーリア・グレーシェル伯爵令嬢は“完成”したようだ。ツェツィーリアは一秒でも早く現地に入り諸々の確認と準備を行うべく、馬車を待たせている玄関口へ足早に向かう。
ボリューミーなドレスを持て余しつつ、馬車に乗り込んだツェツィーリアをルイディナが引き留めた。
「お嬢様、もう少々お待ちください」
彼女は明らかに焦っていた。しきりにあたりを見回して、縋るような瞳でツェツィーリアを見る。
いつも冷静なルイディナの珍しい姿にツェツィーリアは首を傾げた。
「何かあるの?」
「いえ、そういう訳ではございませんが……」
はっきり言わず言葉尻を濁すのも“らしく”ない。
何かあるのは明らかだったが、生憎と今のツェツィーリアには時間がなかった。
「ルイディナ、ごめんなさい。少し準備があるから早めに出ます」
謝罪して扉を閉める。するとゆっくりと馬車は動き始めた。
扉につけられた窓からこちらを見上げているルイディナの姿が見える。彼女は動き出した馬車を追うように数歩前に出て、しかしメイドとして主人を見送るためかすぐに頭を下げた。
普段と違うルイディナの様子が気がかりだったが、ツェツィーリアはそんなことを考えている暇はないと頭を振る。そして鞄の中に潜ませた“悪行セット”を確認し、そっとため息をついた。
ツェツィーリアの心は迷っていた。今日が絶好の
深呼吸を二回。そして気合を入れるように力強く両頬を叩く。
(覚悟を決めなさい、ツェツィーリア・グレーシェル)
当て馬にだって、必要ならば悪役にだってなってやる心積もりだった。
(これはわたしが始めたこと。すべての責任はわたしにある。すべての責任は、わたしが負う)
伯爵令嬢という立場も、エリオットとソニアのハッピーエンドのためだと思えば惜しくはなかった。
***
ツェツィーリアは会場付近の様子を確認するためにうろうろと歩き回っていた。会場に向かうまばらな生徒を観察しつつ、高鳴る心臓を落ち着けようと深呼吸を繰り返す。
――と、突然背後から肩を強く引かれた。驚き反射的に振り払おうとしたツェツィーリアの手は宙を切る。その勢いのまま振り返ったツェツィーリアの視界に飛び込んできたのは、
「……エリオット?」
息を切らした婚約者、エリオット・ベルトランだった。
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