22 ー 作戦7:オープニングセレモニー




 “それ”が発覚したのは、魔法実技の授業の最中だった。

 魔法を使用したエリオットとソニアの瞳が、同じ色に光ったのだ。水のように透き通り、静かに燃える炎のような、美しい“青色”に。




「同じ瞳の色……」




 エリオットの瞳は深紅であり、ソニアの瞳は紫色だ。それなのになぜこのとき、二人の瞳が同じ色をしているのかというと――彼らが同じ精霊から加護を授かった“加護持ち”だからに他ならなかった。

 この世界を創り出した十二の精霊はそれぞれを象徴する属性と色を持つ。どの精霊から加護を授かっているかによって、同じ“加護持ち”でも少しずつ違いが生まれるのだ。特に顕著な違いが魔法を使った際に光る“瞳の色”だった。

 例えば光の精霊から加護を授かった者は元の瞳の色がどうであれ、魔法を使えばその瞬間だけ白金色に瞳が輝く。例えば水の精霊から加護を授かった者の瞳は、透き通った美しい青色に変化する。――今のエリオットとソニアのように。




「ソニアとエリオットは同じ加護を授かっているんですね」




 思わぬ偶然にツェツィーリアは声を弾ませて指摘した。

 同じ精霊から加護を授かっているからといって、それ以上のことは何もない。水の精霊から加護を授かっているから水属性の魔法が得意になるということもなし、現代では意味を失くした分類であった。

 しかしそれでも、エリオットとソニアの共通点にツェツィーリアの胸は高鳴る。




「そのようだ」




 興味がないというように顔を背けるエリオット。しかしその瞳は青色のまま、隣に立つソニアと“お揃い”だ。




「ふふ、瞳の色がお揃いね」


「それを言うなら、ツェツィも」




 ソニアに指摘されて気が付いた。確かにツェツィーリアは元から碧眼――青の瞳を持っている。お揃いと言われれば確かにそうだろう。しかしツェツィーリアは加護を持たぬ身で、エリオットとソニアの横に並べるには違和感しかなかった。

 ほどなくして“お揃い”の瞳の色は元に戻ってしまう。誰よりもそのことを嘆いていたツェツィーリアの許に、更に吉報が届けられたのは放課後のことだ。

 ホームルームが終了した後、担任の女性教師がエリオットとソニアに声をかけ、




「ベルトランさんとマルティンさんに、創立記念パーティーのオープニングセレモニーをお願いしたいのです」




 そう持ちかけてきたのだ。

 ――創立記念パーティー。それは二か月ほど先に開かれる、名前の通りガードナー王立魔法学院の創立記念日を祝うパーティーのことだ。生徒同士の交流を目的の主とし、学院内の講堂ホールが解放され、立食パーティーが行われる。

 パーティーには基本的に二人一組で参加となる。ホールに入ってしまえば基本自由に行動して構わないが、最後に楽団が演奏するワルツでパートナーと組んで踊るのだ。

 教壇の前で交わされるエリオットたちの会話を、ツェツィーリアは自席で耳を澄ませて聞いていた。




「オープニングセレモニー、ですか?」


「早い話が魔法を使った出し物です。毎年二年生の代表生徒が行っています」




 今年度から編入してきたソニアはピンと来ていない様子で、教師から説明を受けながらも小首を傾げている。

 もしかすると彼女は盛大なセレモニーを想像しているのかもしれなかったが、毎年色とりどりの花火を上げるのがせいぜいだ。勉学に支障を来すのは学院側としても望ましいことではなく、ただ優秀な生徒に華を持たせるという意図で行われている。今年はその“優秀な生徒”にエリオットとソニアの二人が選ばれた、という話だった。




「例年であれば一人に決めるのですが、今年はベルトランさんとマルティンさんで教師たちの票も割れていて……それならばお二人にお任せしよう! と」




 担任の教師は頬を赤らめて興奮している様子だった。受け持っている学級から代表生徒が出たことが誇らしいのだろう。

 学院側の判断はツェツィーリアにとっても喜ばしいものであった。オープニングセレモニーを二人で務めるということになれば、当然二人の時間が増えるはずだ。相談し、試行錯誤し、徐々に距離を縮めていく運命の二人――

 下心を抜きにしても、同じ加護を授かったエリオットとソニアがどのような魔法で創立記念パーティーのオープニングを飾ってくれるのか、素直に楽しみだった。

 ツェツィーリアはじっと目を凝らして二人の様子を観察する。先に頷いたのはエリオットだった。




「分かりました」




 学院側からの要請だ、よほどのことがない限りエリオットも断らないだろうと思っていた。しかし実際に頷いた婚約者を前に、ツェツィーリアは思わずガッツポーズをしてしまいそうになった。

 エリオットと女性教師の視線がソニアに向けられる。その様子を後ろから見ていたツェツィーリアは、ソニアがこくりと小さく頷いた瞬間瞳を輝かせて、




「は、はい……」




 鼓膜を揺らした友人の声に首を傾げた。

 ソニアの声は震えていた。そして沈んでいた。オープニングセレモニーを務めることに対して、明らかに乗り気ではなかった。

 こちらに背を向けるソニアの表情をどうにか見られないものかと体を捻るツェツィーリア。いったい彼女はどのような表情で頷いたのだろう。

 返事を得た女性教師はソニアの様子に気づくことなく上機嫌で教室から出ていった。その際教師を見送ろうとしたのだろう、ソニアが体を扉の方へ向ける。――そのときの彼女は、なにかに怯えているように見えた。




 ***




「これでエリオットとソニアが二人きりになる時間が増えます!」




 キアランと二人きりになった隙を見計らって、オープニングセレモニーの件を報告した。もしかすると同じ学級である彼も既に知っていたかもしれなかったが、キアランは興奮するツェツィーリアを前に「もう知ってる」などと無粋なことを言い出す人物ではない。




「オープニングセレモニーで仲を深め、創立記念パーティーでは二人で踊ってもらって……」


「ツェツィは誰と踊るんだ。昨年はエリオットと踊ってただろ?」




 計画を呟くツェツィーリアに鋭い突っ込みが入る。

 昨年――つまりは高等部一年のとき、確かにツェツィーリアはエリオットとワルツを踊った。婚約者同士なのだからそれは当然のことで、むしろ他の相手をパートナーに選んだ方が騒ぎになるだろう。

 しかしツェツィーリアは騒ぎにならない“他の相手”に心あたりがあった。それは、




「殿下、お願いできませんか?」




 幼馴染であるガードナー王国王位継承権第一位、キアラン・ガードナー・オルムステッド殿下だ。

 昨年は特例として、ツェツィーリア、エリオット、キアランの三人組でパーティーに出席した。皇太子殿下のパートナーを務めるに相応しい女子生徒がいなかったためだ。さすがにワルツを三人で踊ることはなかったが、ソニアが現れなければ今年も同じように参加していただろう。

 今年は清掃委員のメンバーにソニアが加わった。しかしいくら特待生といえど、彼女に皇太子のパートナー役は荷が重すぎる。それこそ務められる立場の令嬢はツェツィーリアぐらいだ。

 だからキアラン皇太子のパートナー役として、まずツェツィーリアが指名されたことにする。そして“余った”婚約者エリオットのパートナー役に、同じ清掃委員であるソニアが仕方なく選ばれた――といったストーリーだ。

 ツェツィーリアとしてはこれ以上ない作戦だったのだが、話を持ち掛けられたキアランは苦虫を嚙み潰したような表情を浮かべていた。

 幼馴染の表情に、もしや、と思う。




「……殿下、意中のお相手がいらっしゃるのですか?」




 それならば他の相手を探さなければ、とにわかに焦ったツェツィーリアだったが、キアランはその問いにはすぐさま首を振った。




「まぁ、ツェツィが納得してるならいいんだけどな……」




 そしてなんとも意味深な言葉を呟く。

 どうであれ、キアランはパートナー役を引き受けてくれるらしい。そのことに安堵しつつ、ツェツィーリアの脳裏にはもう一つの懸念事項が浮かんでいた。




(あのときのソニアの表情は、いったい……)




 何かに怯えるようなソニアの表情が脳裏に焼き付いて離れない。

 果たしてあの表情の意味は、理由は、いったいなんなのだろうか。創立記念パーティーに気乗りしないのか、自分の時間を削ってオープニングセレモニーを努めなければならないことが不服なのか、それとも――エリオットと二人になるのが嫌なのか。

 どういった理由があるにせよ、お節介だと重々承知の上で、ツェツィーリアはソニアに表情の真意を確かめることにした。もしかしたら力になれるかもしれないと思ってのことだった。




「ソニア」


「ツェツィ?」


「少しいいですか?」




 翌日、ツェツィーリアは朝のホームルームが始まる前にソニアに声をかけた。そして広い教室の隅に連れていき、あたりに聞き耳を立てている人物がいないことを確認してから小声で切り出す。




「あの、オープニングセレモニーの件ですが、あまり乗り気ではないのでしょうか? 表情が暗かったことが気にかかって……もしエリオットを前に断りにくいのでしたら、わたしから伝えておきますよ?」




 ソニアはほんの一瞬、表情を強張らせた。

 ――間違いない。彼女は今回の件について、心に引っかかるものを抱えている。

 しかしツェツィーリアが問いを重ねるより早く、ソニアは完璧な笑顔で全てを上から塗りつぶしてしまう。そして、




「いえ! 大丈夫です! 精一杯頑張ります!」




 力強く首を振った。

 開きかけたと思った扉はソニア自身の手で完全に閉ざされてしまった。無理にその扉をこじ開けることはできず、ツェツィーリアは歯がゆく思いながらも、ソニアに優しく声をかける。




「何か憂うことがあれば言ってくださいね。力になりますから」


「……ありがとうございます、ツェツィ。どうか、見ていてください」




 ツェツィーリアを見つめるソニアは口元にこそ薄く笑みを浮かべているものの、ラベンダー色の瞳は真剣そのもので、迫力すら感じた。何が友人にこのような表情をさせているのか、結局ツェツィーリアに突き止めることはできなかった。

 ――それからほどなくして、ソニアとエリオットはオープニングセレモニーの準備で忙しくなった。放課後は二人で話し込むことが増え、清掃委員の活動もままならない状況だ。

 ツェツィーリアは邪魔しないように遠くから二人の様子を窺うことが増え、並び立つエリオットとソニアを見ては似合いの一対だとしみじみ思った。

 夜を思わせるエリオットの黒髪と、花を思わせるソニアの薄桃色の髪。切れ長の深紅の瞳と、大きくまあるいラベンダー色の瞳。引き結ばれた薄い唇と、緩いカーブを描く潤った唇。

 見れば見るほど彼らを形作るもの全てが対になっているような感覚に陥って、ツェツィーリアは感動した。――そしてそう感じていたのは、どうやら浮かれるツェツィーリアだけではなかったらしい。




「ねぇ、またエリオット様とソニアさんが一緒にいらっしゃるわ」


「同じ加護を持っているんでしょう? お似合いよね」




 廊下で耳にした女子生徒たちの内緒話。

 おそらく彼女たちはツェツィーリアの姿を見つけていなかったのだろう。本来の婚約者であるツェツィーリアに対する悪意は声音から一切感じられず、ただただ恋の噂に胸を弾ませる少女のようだった。

 ――お似合い。

 彼女たちの会話に、自分の目に狂いはなかったのだとツェツィーリアは確信する。背中を押されたような気すらした。

 ツェツィーリアが待ち望んでいるそのときが、少しずつ、だが確実に、音をたてて近づいてきていた。



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