10 ー 作戦3:入念な下調べ
「ツェツィーリア・グレーシェル、心から反省いたしました」
復帰当日、ツェツィーリアは皇太子キアランを前に己の行いを省みた。
「運命の出会いに当てられ、気が急いてしまいました。危うく、ソニアさんとエリオットを危険に晒してしまうところでした」
昨日ゆっくりとベッドの上で自分の愚行を思い返しては、ツェツィーリアはぞっとした。己の身に降りかかったトラブルが、万が一エリオットとソニアを襲っていたら――後悔してもしきれなかったことだろう。
そして今回の失敗を気が急いた自分に対する精霊からの窘めと受け取り、心機一転、計画を練り直すことにしたのだ。
先日までのツェツィーリアは、とにかくエリオットとソニアの心の距離を近づけようと躍起になっていた。しかし一度立ち止まって考えてみると、エリオットはともかく、ソニア自身についてろくに知らないことに気が付いたのだ。
何事にも入念な下調べは欠かせない。そう、例えば――
「まずはソニアさんの好み調査から始めます!」
高らかに宣言したツェツィーリアに、キアランはため息こそ飲み込んだものの、大きく空を振り仰いだのだった。
***
その日、ツェツィーリアは体調を尋ねてきたソニアに対し、心配をかけたお詫びをしたいと言って昼食に誘った。ソニアは最初こそ遠慮していたものの、シェフが快気祝いにと張り切って料理を作りすぎたのだと伝えれば――実際はソニアを昼食に誘う口実を作るため、シェフに頼み込んで普段の二倍の量のランチを作ってもらったのだが――最終的には頷いた。
ランチの場に選んだのは清掃委員に与えられた教室。当然の顔でついてくるエリオットを横目に、さてどうやってソニアの好みを聞き出そうかとツェツィーリアが思案していたところ、遅れて登場したキアランが開口一番にこう言ったのだ。
「恋に悩める少年を保護した」
ツェツィーリアは反射的に「まぁ!」と声を上げる。
新年度早々、キアランは恋のキューピットになるようだ。
「少年の名前はフィルマン・アンリ。高等部一年生。絵を描くことが好きな穏やかな青年で、同じ学級のマルシア・パルラ嬢に想いを寄せている」
キアランが差し出してきたのは茶髪の髪を持つ、穏やかな少年の写真だった。どうやら彼が恋に悩めるフィルマン・アンリ少年のようだ。
続いて彼の懐から取り出された写真に写っていたのは黒髪の少女だ。キリッとした顔立ちが印象的で、なんとも優等生らしい風貌だ。おそらくは彼女こそ、フィルマン少年が想いを寄せるマルシア嬢なのだろう。
「マルシア嬢は文武両道の優等生で学級の委員もやっているようだ。副委員のトマス・カランサとはどうやら幼馴染の関係らしい」
「幼馴染……」
ツェツィーリアは幼馴染トマスの存在にピンときた。そしてすぐさま脳内に、マルシア嬢を取り巻く“三角関係”の図を描く。
勘付いた様子のツェツィーリアに、キアランは笑顔でウインク一つ。
「ツェツィの想像通り、多くのクラスメイトはマルシア嬢とトマスを“良い仲”だと思っているようでな、恋に悩めるフィルマンも同様で尻込みしているんだそうだ」
ロマンス小説に出てきそうなほど単純明快な三角関係の図だった。
主人公はフィルマン少年。彼が想いを寄せるマルシア嬢には幼馴染でお似合いのトマスがいて――小説であればマルシアとトマスはその実付き合っておらず、全てフィルマンの勘違いだった、などという流れになりそうだが、現実はそううまくいくものではない。
まずはマルシアとトマスの関係解明を始めるべきだと提案しようとして、ソニアが困惑の表情でこちらを見ていることに気が付いた。その視線を受け、ツェツィーリアは思い出す。彼女には清掃委員の本当の活動内容を説明していなかった、と。
しかしツェツィーリアが口を開くより先に、ソニアがおずおずと切り出す。
「あの、これはいったい……?」
「おっと、ソニア嬢にはまだ話してなかったな。我が清掃委員は恋に悩める少年少女の味方なんだ」
「は、はぁ……」
ソニアの表情から困惑は消えない。それどころか色濃くなり、彼女は視線を泳がせた。
そんなソニアを哀れに思ってか、今まで黙っていたエリオットが言葉を挟む。
「人の恋路に首を突っ込むのが好きな皇太子殿下と、お人好しの伯爵家ご令嬢が勝手にやっていることだ。気にする必要はない」
エリオットがソニアに声をかける度、ツェツィーリアの胸は躍る。しかしそれをおくびにも出さず、ただ微笑んで会話の成り行きを見守った。
「そういうエリオットもなんだかんだで最後まで手伝ってくれるんだぜ」
な、とエリオットと肩を組むキアラン。すかさず組まれた肩を振り払うエリオット。皇太子に対して随分な扱いだが、キアランは気にする様子は一切なく、話はまとまったとばかりに手を叩く。
「よし、放課後さっそくフィルマンに話を聞きに行くぞ」
結局その日の昼食は今までの活動内容――校内の清掃活動ではなく、恋のキューピット活動――をソニアに説明するのでいっぱいいっぱいで、ソニア自身のことを尋ねることはできなかった。
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