07 ー 作戦2:ドキドキハプニング




 その日の昼食時、ツェツィーリアは適当な理由――担任の教師から力仕事を押し付けられたなどといった嘘の用事――を作り出して手伝いにキアランを指名し、エリオットとソニアを二人きりにすることに成功した。

 喜ぶべきところだが、ツェツィーリアは今も背中に“名残”を感じるエリオットの鋭い視線に身を震わせる。力仕事なら任せろと言わんばかりに名乗りを上げたエリオットを適当に躱し、半ば強引にキアランを連れ出した結果、当人に怪しまれ始めているようだ。

 しかし立ち止まっている暇はない。ツェツィーリアは意識を切り替え、昨晩思いついた“作戦”を口にした。




「ドキドキ! ハプニングを乗り越えて急接近大作戦! ……を決行したいと思います!」




 隣を歩くキアランはここ数日のツェツィーリアの奇行にすっかり慣れてしまったのか、驚く様子も見せずため息交じりに問いかける。




「……エリオットとソニア嬢をくっつけるための作戦か?」




 察しが良いキアランにツェツィーリアは胸躍らせた。さすがは多くの恋を成就させてきた恋のキューピットだ、と。




「はい。ハプニングを共に乗り越えればグッと距離が近づくはずです!」




 これはツェツィーリアお気に入りのロマンス小説に着想を得た作戦だった。

 恋に障害はつきもの。しかしいきなり婚約者という大きな障害を与えてエリオットとソニアが諦めてしまっては本末転倒だ。だから最初は小さな障害――ハプニングを共に乗り越えてもらい、心の距離を縮めるべきだとツェツィーリアは判断した。

 エリオットとソニアの恋物語は出会ったあの日、既に始まっている。出会いの日を序章プロローグと言うのなら、これから始まるのは第一章。

 大きく物語は動かない。しかし幸せな結末に向けて、着々と種をまかなければならない時期だ。




「んで? ハプニングとやらはどうするんだ?」




 キアランの投げやりな相槌も気にせずツェツィーリアは「よくぞ聞いてくださいました」と大きく頷く。

 どのようなハプニングを仕掛けるべきか、昨晩ロマンス小説を片手に熟考した。

 まず何より二人の身に危険が及ばないことを第一とし、運や環境に左右されずある程度こちら側で仕組めるハプニングが好ましい。それでいてすぐには解決できず、二人で協力しなければならないもの――

 一晩中広いベッドの上で考え、時折睡魔によって意識を失い、やがて小鳥の囀りが聞こえてきた早朝、ついにツェツィーリアは閃いた。




「エリオットとソニアさんには、密室に二人きりで閉じ込められてもらいます!」




 密室に二人きり。

 これこそ一分の隙も無い完璧な作戦だとツェツィーリアは胸を張る。




「例えば物置、例えば空き教室……何らかの事故で鍵がかかってしまったと偽装して外から様子を観察し、程よいタイミングで助けに入れば完璧です!」




 目を輝かせるツェツィーリアに、ため息を隠さないキアラン。それでも何も口を挟んでこないのを見るに、ツェツィーリアの計画に協力してくれるつもりなのか、はたまた指摘するだけ無駄だと諦めてしまったのか。

 未だキアランは立場があやふやなままだ。彼からしてみれば巻き込まれるような形で何度か協力してもらったものの、本人はどう見ても乗り気ではない。しかしツェツィーリアは明確に拒絶されるまでは協力を持ちかけるつもりだった。

 甘えていると指摘されれば静かに頷こう。皇太子に対して不敬だと糾弾されればその通りだと受け入れる。しかし運命の恋の成就のために、なりふり構っていられないのだ。




「というわけで本日は委員会の活動日ですが、私は単独行動で二人を閉じ込められそうな場所を探します。ソニアさんは今日が初めての委員会ですから、エリオットと一緒にご説明して差し上げてください」




 ツェツィーリアの指示にキアランは呆れ顔のまま頷いた。それを確認したツェツィーリアは上機嫌で教室へ戻るべく、廊下を足早に進む。

 普段なら大股でその隣に並ぶはずのキアランは数秒その場に留まって、




「案外人使い荒いよな、ツェツィ。俺は一応皇太子だぞ……」




 ツェツィーリアの背中を見つめながら苦笑交じりにぼやいた。

 その際、前を行くツェツィーリアに聞こえないように小声で呟いたのは、キアランの溢れんばかりの優しさ故だった。




 ***




 放課後、事前の打ち合わせ通りツェツィーリアは一人で“エリオットとソニアを閉じ込められそうな場所”の偵察を行っていた。

 箒を片手に床を掃きながら移動すれば、あちこちをうろちょろしていても教師に見咎められることもない。清掃委員でよかったと心から思い、感謝したのはこのときが初めてだった。

 空き教室を中心に回っていたツェツィーリアだが、教室には基本的に鍵が付いていない。閉じ込めるには不向きであると判断し、彼女の足はだんだんと学院の奥の方へ向いた。

 やがて辿りついたのは、多くの生徒に存在を忘れられているであろう、とある資料室だった。

 部屋全体が埃っぽく、通常では廃棄されるような壊れた椅子なども放置されており、資料室とは名ばかりの物置部屋だ。何より特筆すべき点として、外から閂で鍵をかけられるようだった。




(もしかしたら生徒指導室だったのかしら……)




 問題児を閉じ込めて反省を促す――そう考えると外扉に閂がついていることにも納得がいく。

 ツェツィーリアは資料室の中をくまなく散策することにした。

 ひじ掛けが壊れているものの座ることに影響はなさそうな椅子が数脚、若干黴臭いがくるまることができそうなブランケットを一枚発見する。一時間程度であれば閉じ込められてもそこまで不自由しなそうだ。




(人通りも少なそうだし、程よい狭さかもしれない!)




 この資料室であれば他の生徒に勘付かれることなく、ドキドキ! 密室に二人きり大作戦を決行できそうだとツェツィーリアは結論付けた。

 二つ並ぶ椅子を見つめ、そこに座るエリオットとソニアの姿を想像する。

 助けが来るまでぽつぽつと会話をする彼らは、やがて寒さを凌ぐためにブランケットにくるまるのだ。最初、エリオットはソニアにブランケットを手渡すだろう。しかし心優しいソニアは一緒に使おうと提案して――

 妄想に耽るツェツィーリアの耳を、ガチャン、という無機質な音が劈いた。次いで、部屋の電気がバツンと切れる。




「え」




 たっぷりと固まること、十秒。

 ツェツィーリアはゆっくりとした動きで音のした方を見やる。――外から閂がかけられる、横開きの扉を。

 嫌な予感がしてツェツィーリアは慌てて扉に駆け寄った。そして取っ手に手をかけ、一気に開く――が、しかし、“何か”に邪魔をされてびくともしない。

 扉の開閉を邪魔する“何か”。その正体は考えるまでもない。閂だ。




「と、閉じ込められた――?」




 唖然とツェツィーリアは呟いた。



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