第5話:魔物
お兄ちゃんが消えた途端、辺りは静寂に包まれた。
風が途絶え、自分の呼吸する音と草を踏む音だけがきこえる。
振り返ると、さっきまで私がいた町が見える。
お父さん、お母さん、お兄ちゃん、町の人たち。
みんな優しくて、そのおかげで毎日が楽しくて、私はずっと満たされていた。
ずっとあの町で、ずっとみんなと暮らせたらどんなによかったことか。
けれど、それもまた、叶うことのない願いなのだろう。
いつまでも理想にしがみついていたら、何も始まらない。
立ち止まっているよりも、今までとは違う新しい世界を精一杯生きたほうがずっといいはず。
ひゅう、と優しい風が吹いて、頬をかすめる。
私は風に押されるように、希望の光を目指して再び歩き始めた。
歩き始めて数分。
だんだんと光に近づいてきたおかげで、周りの様子がわかるようになってきた。
光のすぐそばに建物があること。
その建物の奥に、森があること。
目指しているものが見えるようになってきて、最初は不安だったが、少しずつ安心してきた。
もうすぐで建物に着く、その時だった。
近くの茂みから、ガサリと音がした。
「だ、誰かいるの!?」
そう問いかけてみたが、返事はない。
「......気のせいだったのかな。」
そう思い込もうとしたが、なぜか気持ちが晴れない。
不安になりながらも少しずつ歩いていると──
「ったく、こいつらまだうろついてんのか。」
突然、背後から声が聞こえ、切り裂くような音が聞こえた。
私の後ろには、煙になりかけている見たことのない生き物と、私より年上であろう男の子がい
た。
その手には、ナイフが握りしめられている。
さっきの音は、このナイフであの生き物を斬った音だろう。
「あの、助けてくれてありがとうございます......」
「あぁ。」
なんだか、そっけない人だなぁ.。お兄ちゃんとは正反対かもしれない。
「あの、さっきの生き物は一体......?」
「魔物だ。」
「魔物......」
いままで、空想の中の話だとばかり思っていた。
だけど、空想じゃなくて、本当に魔物はいたんだ。
「そういえばお前、なんでこんな時間に外にいるんだ?」
「あの、お兄ちゃんがあそこに行けって言ってたから、それで......。」
死んでしまったはずのお兄ちゃんが生き返ったことは言わないでおいた。
何言ってるのか分からなくなりそうだから。
「へぇ、お前の兄ちゃんとやら、あの場所を知ってたのか。」
「うん、そうかもしれない。」
「――ついてこい。」
男の子は建物のほうに歩いていった。
私はそれを追いかけた。
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