第4話:兄の最期

「お兄ちゃん、待って!」


さっきから何度も声をかけているが、お兄ちゃんは待ってくれない。

足を止めることなく、ずっと歩き続けている。


どこまで歩いたかなんてわからない。

何も考えず必死でお兄ちゃんを追ってきたから、帰り道はわからない。


こんなことになるぐらいなら追わなければいい。そんなことはわかってた。


けど、もし追いかけなかったら、二度とお兄ちゃんには会えない。

そんな気がしたから、追いかけたのだ。


歩き疲れて足がもつれ、私は転んでしまった。

それに気づいたのか、やっとお兄ちゃんが足を止めた。


そして私のほうへとふり返り、私の前にしゃがみこんだ。


お兄ちゃんが私に手をさしのべる。

私はその手をとろうと、手をさしだした。


刹那、私の手はお兄ちゃんの手をすり抜けた。


かたくも、やわらかくもない。

触れた時の感触は、空気そのものだった。


怖かった。

もうお兄ちゃんは存在していないということを、神様か何かに見せつけられているようだったから。


どうか、嘘であってほしい。夢であってほしい。

そう願いながら、うつむいているお兄ちゃんの顔をのぞきこむ。


私の願いは叶わなかった。

今のお兄ちゃんの顔を見ればすぐにわかった。


お兄ちゃんは泣いていた。大粒の涙をボロボロこぼしている。


「お兄ちゃん......」

私がそう呼びかけた時。


「ごめん......ごめんな、モニカ......」

お兄ちゃんが私に謝ってきた。

実体はないけれど、声だけは、はっきりと聞こえた。


「モニカ、1人ぼっちにしちゃってごめんな。こんな兄だけど、どうか許してくれ......」

「謝らなくていいよ。だって、わざとじゃないんでしょ?大丈夫、わかってるから。」

「ありがとう......」


お兄ちゃんは更に泣いてしまった。


こんなに泣いてるお兄ちゃんは初めて見た。

泣いているせいで次の言葉がよくわからなかったから、私はお兄ちゃんが泣き止むのを待った。


木の葉や草が風でこすれ合う音だけが、かすかに聞こえる。


悲しい時に限って、なんでこんなに静かなんだろう。


そう考えていると、お兄ちゃんが再び話し始めた。


「モニカ、向こうに明かりが見えるだろ?そこには今のモニカみたいな子供が何人かいる。要するに、孤児の集まりだ。きっとみんな、モニカのことも受け入れてくれるはずだ。」


「そこに行けばいいの?」

「うん。」


お兄ちゃんの背後には、ほんの少しだけ、月が顔を出していた。

辺りが月光に照らされている。


「おっと、そろそろ時間みたいだ。」


そうつぶやいたお兄ちゃんの足は、少し透けていた。


「モニカ、これをあげる。モニカに渡さなければならなかった物なんだ。」


お兄ちゃんがそう言ったとき、どこから現れたのか、1冊の本を手に持っていた。


「なぁに、それ?本?」


「そ。本当はまだ渡すべきじゃないんだけど、こうなってしまったからには渡さないといけない。」


私はその本を受け取り、カバンに入れた。

本を持つことができたってことは、この本には実体があるってことなのかな。


「よし、これで伝えたいことはすべて伝えた。そろそろお別れしないとな......」


お兄ちゃんの体は、ほとんどが透き通っていた。


「じゃあね、モニカ。」


そして、私の頬に優しくキスをして――


「大好きだよ。」


お兄ちゃんは、夜の闇にとけていった。

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