第3話:誰かの姿

「ごちそうさまでした、おいしかったです!」

「ほんと?ありがとう。そういえばキミ、一人でここに来てたけど、もしかして身寄りがないの?」

「身寄り......ない。」

「やっぱりそうだったのね......。あ、ちょっと待っててね?」


お姉さんはまた店の奥へと向かっていった。


近くにあったちいさな椅子に座る。

少し気持ちが落ち着いた。


あたたかい家。おいしいパン。やさしい人。

この三つが、私の不安を和らげてくれた。


「ずっとここにいたいな......」


そう、つぶやいたとき。

ふと店の外に目をやると、誰かの姿があった。

少し目を離すだけで闇色に染まってしまうほどの速さで、空が暗くなっていく。

シルエットからしてお兄ちゃんぐらいの年の男の子のようだが、逆光のせいで顔はよく見えない。


その影は、なんだか私のことをじっと見つめているような気がした。

私も、じっとその影を見つめた。


そして、完全に日が沈んだとき。


月は雲に隠れているから、光が差し込むはずない。だけど、不思議なことに、くっきりと姿が見えた。


その姿は――


「お兄ちゃん......!」


その姿は、いつも私をかわいがってくれたお兄ちゃんだった。

私は勢いよく椅子から立ち上がり、店をとびだした。


扉を勢いよく開けたため、ベルの音が大きく鳴り響いた。

その音に、お兄ちゃんは振り返った。


お兄ちゃんの顔を見た私は、はっとした。


いつもは優しい笑顔のお兄ちゃんなのに、今のお兄ちゃんは、どことなく寂しそうな顔をしている。

眉をひそめているし、目もうるんでいた。


こんな顔を見たのは、お父さんとお母さんが死んだとき以来だ。


「お兄ちゃん、どうしたの?」


私がそういうと、お兄ちゃんはゆっくり目を逸らした。


そして、フッと姿を消した。


「あれ、いなくなった!?」


びっくりしてキョロキョロと辺りを見回していると、少し離れた場所にお兄ちゃんがいた。


しばらく私のことを見ていたが、やがてお兄ちゃんは向きを変えて歩きだした。


私は、お兄ちゃんを追いかけた。


 *  *  *


「すみません、お待たせしました!いらっしゃいませーって、あら?誰もいない......」

「あっ、さっきの女の子がいないっ!?おーい!どこ行ったのー!?」


パン屋の女性は、焼きたてのパンが入ったバスケットを手にさげて、急いで店を出ていった。

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