第122話 なんか双子の娘ができた
時刻は夜の21時。日本時間では昼くらいだろうか。
予約していたホテルの一室。そのベッドと壁の狭い隙間で、ヨルとステラは体を丸め寄り添いながら寝息を立てていた。
無理もない。空港を出てからというもの、黒井はステラとヨルが服を手に入れた店を探すために街中を歩き回ったのだから。
――まぁ、服ぐらいいいじゃないか。別に問題になってるわけでもないし。
なんて悪魔が脳裏に囁く瞬間もあったのだが、黒井は店を探すのをやめなかった。
やがて、とある服屋のショーウィンドウに、ヨルとステラが着ているパーカーと全く同じものがマネキンに着せられている光景を見つける。彼女たちも、その店には見覚えがあると言い、当該の店であることを確信。
黒井は店主に話をしてから服を購入したあと、ヨルとステラに替えの服も追加で購入することを伝え、店の店主にも彼女たちが着れる下着なども見繕ってもらった。
覚悟はしていたものの、それだけでかなりの出費。まぁ、一人暮らししかしたことがない黒井にとっては、想定しにくい金額だったというだけなのだが。
それでも黒井に後悔はない。
彼は、ヨルとステラに正当な手段で手に入れた物を身に着けてほしかった。大げさではあるが、それこそを自分の財産としてほしかった。
そうでなければ、他人にも財産があることを理解しにくい。
人はどんなに客観的な視点を持っても主観からは絶対に抜け出すことができない。大切なものを持つ者でなければ、他人にも大切なものがあることを想像することはできない。
「これから自分のものを増やしたいのなら、能力を使わずに手に入れないといけない」
その意図を理解したかはわかなかったものの、ヨルとステラは素直に頷いてくれた。そして、今は頷いてくれた事実だけで黒井は満足する。なぜなら、小難しい様々な事を考え理解する時間なんてのは、大人になってからでも十分作れると知っていたからだ。
そんな日中を過ごしたヨルとステラは、なぜか狭いベッドと壁の隙間に収まって先程までお喋りをしていたのだが、黒井がふと気づいたときには二人とも眠っていた。
そんな光景をみながら、黒井はとある連絡先に電話をかける。
「――ジェームズさんですか。黒井賽です。今日はランクSの認定ありがとうございました」
その相手は空港で会ったジェームズ・ブラウン。
「実は、こちらにいる間にできるだけ多くのゲート攻略に参加したいんです……はい、そうです。できれば高ランクのゲートをお願いします」
彼は、ゲート攻略に参加したいなら連絡をしてくれと言っていた。それを黒井は覚えていた。
「……理由ですか? 端的に言うとお金を稼がないといけなくなったんです」
電話越しにその理由を問われ、黒井は正直に答えた。
そして、直近でゲート攻略が予定されている場所を聞きメモに取る。それらはランクAのダンジョンばかりであり、なかにはランクSもあった。
やがて、黒井はお礼を言ってから電話を切り、そのメモ用紙に書いた『S』の文字を眺める。
「下見も兼ねて入ってみるか……」
これまでは自分一人だけが生活できるほどのお金さえあれば良かったが、今後はそうもいかないかもしれない。なにより、金は何かしら問題が起きた時に解決する手段にもなると黒井は改めて思っていた。
それは、昼間に店主と話をした際、「他の服も購入したい」と言った時に店主の態度が変わってから思ったこと。
「今までは自分のためだったんだがな……」
ランクSを目指したのは黒井自身のためだった。だから、ランクSになれば落ち着くだろうと勝手に思い込んでいた。
しかし、そうは問屋が卸さないらしい。
「あとは、ダンジョンに潜ってる間にヨルとステラの面倒をどうするかだが……」
そんな事を考え、ふと思いついた場所を黒井は「ないな」とすぐに頭から掻き消す。しかし、その後どう考えても彼女たちを託せそうな所など他にない結論に至り、ため息を吐く。
「……奴らに人の子の面倒なんて見れるのか?」
それは疑問よりも不安しかなかった。
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