第121話

「おい、待ってくれよ! ジェームズ!! そんな簡単にランクSになんかしちまって良かったのか!? 黒井賽には、少なくとも数日間の実地訓練と試験を行うよう指示されてたんじゃないのか!?」


 空港をでたあと、ジェームズは共にいたルーカスによって疑問の怒りを浴びせられていた。彼らは探索者として付き合いが長く、今回集められた探索者はジェームズが選んだ者たちだったのだが、ルーカスだけは志願して付いてきていた。


「くそっ! 俺が日本語を喋れたならお前を止めるために割り込んでやったのに!」


 怒りを露わにする彼に、ジェームズはため息を吐いてからやれやれと肩を竦める。


「そんなんだからお前はランクBのままなんだ。相手の力量が分からないようじゃいつか死ぬことになる」

「力量? ハッ! 戦ってもいない、戦うところを見てもいない奴なんかの力量なんて誰にも分かるわけがない」

「正確にはわからなくても、戦った時に自分が勝つか負けるかを予想することぐらいはできるだろう?」

「それでお前は負けると思っちまったわけか。それがランクSのやることか? ランクSってのは、たとえ負けるような戦いでも勝ちにできる奴のことを言うんじゃないのか? ジェームズ、昔にお前が教えてくれたことだぜ?」

「ああ、そうだ。そして、黒井賽なら……あそこにいた全員に襲われたとしても勝ってただろうな」


 その言葉にルーカスは唖然としたまま首を横に振った。


「……どうしちまったんだ? お前だってランクSだろ? しかも、数々のゲート攻略経験を持つ歴戦の猛者だ」 

「探索者っていうのは経験を積めば積むほど弱くなっていくものだ。自分と相手の力量が分かるからこそ挑戦できなくなっていくからな。だが、それでも勝利することを信じて挑戦し、勝ち続ける奴だけが最高ランクに到達できる」

「……おいおい本当にイカれちまったのか? お前の言ってることとやってる事はまるで逆だぜ? お前は挑戦すらせず、命令を無視して独断でランクSを与えたんだからな。黒井賽は死ぬまでジェームズ・ブラウンという都合の良い足長おじさんに感謝し続けるだろう!」

「俺たちに与えられた命令は奴に攻撃の意志があるのかどうかを確認することだけだったはずだ。命令無視はしていない」


 ジェームズはそう指摘してから、やがて息を吐く。


「まぁ、言いたいことはわかるさ。だが、それでも黒井賽はランクSだ。……いるんだよ。俺の【魔力感知】を持ってしても測りきれない魔力を持ってるやつがな」


 ジェームズの言葉にルーカスは目を細める。


「測れないからランクSだって? お前の【魔力感知】で測れなかったからこそ、測れる項目で審査するのがやるべきことなんじゃないのか……?」


 しかし、ジェームズは少し考えたあとで口を開く。


「昔の俺ならそうだったかもしれないな。だが、最近はそう思わなくなってきた。俺の【魔力感知】は……探索者の魔力を測るためにあるんじゃなく、むしろ、測りきれない探索者を見つける為・・・・・にあるんじゃないか? ってな」

「どういうことだ」

「つまり、俺に与えられたスキルは〝人類を救えそうな化物〟を見つける為のものってことさ」


 放たれた言葉に、ルーカスの眉にはさらにシワがよる。


「それに黒井賽は該当したってことなのか……?」

「言っただろ。「探索者は経験を積めば積むほど弱くなっていく」って。俺はランクSだが、昔よりも撤退する判断のほうが遥かに増えた。そのお陰で生き残れているし、レベルもあがってはいるが……それは単に死んでいないだけだ」

「……レベルが上がってるなら強くなってるじゃないか」

「俺は次元の話を言ってるんだ。俺たちがいくら生き残り足掻いて強くなろうと、所詮人間という枠組みを越えて強くなることはない。だが……その中で稀に、その線を超える奴がいるのさ。そういう奴らは人間が想像できないほど強くなる可能性を秘めてる。だから、化物なんだ」


 真面目な顔でそう言ったジェームズは、その表情を少し緩めた。


「……だが、そういう奴らほど人間が作った『枠』に縛られてうまく動けずにいることが多い。俺は、その枠を取っ払ってやっただけだ」

「そんなに強いのか……?」


 ジェームズは緩めた表情のまま、しまいにはフッと笑う。


「いいか? よく考えてみろ、ルーカス。そもそも今回の件ははじめから異例なんだ。個人じゃなく日本自体から昇格試験の要請があったことも、その対象がたった一人でスタンピードを防いだことも、その能力が魔物を呼び寄せるなんてぶっ飛んだものであることも、そいつが実はアビス内におけるランキング1位だったことも……何もかもがだ。そして、ランクSの俺が【魔力感知】を使っても測りきれない魔力を奴は持ってた。イカれちまっても仕方がないことだ」


 眉をひそめていたルーカスはやがて、その説明ごとに目を見開いていく。


「もう、枠なんてものはとっくの昔に越えてるんだよ。わざわざ時間をかけて昇格試験なんかしなくても、奴はいずれランクSの結果を手にしたはずだ」

「……じゃあ、時間の問題だったってことか」


 ジェームズはゆっくりと頷いた。


「黒井賽はこんな所まで来なくたって良かった。その実績だけでランクSを手に入れられたはずだ。なのに、アメリカまできた。だからこそ、おかしいと俺は思ったのさ。それはまるで――試験昇格を口実に、何か良からぬことを企んでアメリカに来た……みたいに思えるからな」


 そこまで聞いたルーカスには、ようやく諦めたような表情が浮かぶ。


「そうか……最初からランクSは決まってたのか」

「確定じゃないが、おそらくはな。試験なんかやっても形式上のものになったはずだ。そんなクソみたいなことを俺はやるつもりなんてない」

「ちなみに上にはなんて報告するつもりだ?」


 その質問にジェームズは安心でもさせるように笑みつくる。


「決まってるだろ? この戦争に勝利したあかつきに共に酒を酌み交わせる仲間が生まれた、ってな。黒井賽のいるべき場所は多くの探索者がいるような低いランクのダンジョンじゃない。俺たちが命をかけて戦ってるような高いランクの――最前線だ」

「……ああ、だから歓迎の拍手・・・・・をしたってわけか。俺はてっきり「テキサスへようこそ」とでも言ってるのかと思ったぜ」

「さぁ、帰ってわざわざ組んでいたくだらない昇格試験を解散させなきゃならない。そして、人類の勝利が近づいたことに祝杯をあげるべきだ」

「そうか。なら、今回の事は喜ぶべきことなんだな?」

「そうさ。少なくとも、本気でゲートを失くそうとしてる俺たちはな」


 ルーカスは片方の眉だけあげていたが、やがて晴れやかな表情をみせた。


「そうか。なら、俺がやるべきことは一つだな。もし、報告の時にお前が責められるようなら、俺が割り込んで相手の頭を引っ叩いてやろう」


 それにジェームズはため息を吐きながらやれやれと肩を竦める。


「だから、お前は戦闘要員のままなんだよ。相手と自分の立場が分からないようなら、いつか職を失うことになるぞ? お前がそんなことしなくたって、この俺が引っ叩いてやるさ」


 そう言って拳を握るジェームズに、ルーカスはもはや呆れるしかなかった。


「ジェームズ、お前は自分のことを過小評価してるようだが、俺から見りゃ十分化物だぜ……」



――やがて、黒井賽のランクS認定は日本の探索者協会にも通達された。



「とうとう日本人にランクSが誕生したか……」


 薄暗い会長室の椅子で、大貫総司はその報告を噛み締める。


「しかも、その栄誉をはじめに手にしたのがアタッカーでもタンクでもなく……ヒーラーとはな」


 その、「ヒーラー」という響きに、黒井賽という探索者があまりにも似つかわしくない事実に気付いて彼は一人含み笑う。


 覚醒し探索者となった者は、おそらく誰もが一度は夢にみるであろう――ランクS。


 その称号を日本で手にする者は、生きている間に現れないだろうと大貫は思っていた。……いや、むしろその称号は誰も手にしてはならないと大貫は思っていた。


 人類はその称号に、あまりにも大きな権力を与えすぎたと考えたからだった。


 しかし、いまやその考えは、ほかでもない黒井賽によって覆されてしまっている。


 人に与えるにしては過ぎた称号……ではなく、その称号を手にするものは初めから人間離れしているのだろう、と思い知らされたからだった。


「とはいえ――入国したその日にランクSとは流石に早すぎやしないか……」


 その規格外に、無意識に口の端をひくつかせる大貫。


「……なんにせよ、無事ランクSになれてよかった。これで彼に対する批判の声も減るだろう。今回のスタンピードのことを考えれば、彼は日本が保有するランクS探索者にしなければならないしな」


 大貫は静かに息を吐いた。


 探索者の処遇には、国に所属する場合と企業に所属する場合との二つがあるが、ランクSとなると支払われる金額は莫大なものとなる。


 大貫の所感では、日本でギルドを創設している大企業においてランクSを欲しがる所があるかは微妙だった。なぜなら、日本ではランクS探索者を必要とする高ランクゲートが出現しないためだ。必要もないのに莫大なお金を支払い続ける企業があるとすれば、おそらく探索業とは異なる別の狙いだろう。そして、それとまったく同じ理由で、国自体もランクS探索者を必要とはしていない。


 もちろん――これまでは。


 東京のど真ん中で発生したスタンピード。


 次また同じようなことが起きた時、それを防ぐ術を国は持たなければならないし、それを防いだ事例が黒井賽だったのだ。絶対的な前例をみすみす逃すことはあってはならない。

 たとえ、そのお金が国民の税金からまかなわれるとしても、あのスタンピードを目の当たりにしたなら彼らも納得せざるを得ないはずだと大貫は考えていた。


「ダンジョンがお金を生んでくれるのなら、話は大きく違ったのだがね……」


 ゲート内のアビスには魔力という物質がある。その魔力は、覚醒していない人間にとって毒にしかならない危険なものであるため、ゲート内のものはこの世界において生産性がない。


 もしも、全世界の人間が覚醒しているなら……もしくは魔力に対する耐性があったなら、人類はゲートの前でこんなにも立ち往生などしなかっただろう。


 無論、そういった研究が全く行われてこなかったわけではなかったが、それらの成果がこの世界において実用化困難であるという事実が研究を鈍らせていたのだ。


 やがて、思いに耽っていた大貫は机の上の内線電話を手に取った。


「今すぐ会議室に人を集めてくれ」


 それだけを言い、大貫自身も会議室に向かうため椅子から立ち上がる。


「……ランクSになってくれた以上、彼が話していた計画も進めなければな」


 それは、黒井が話していたヒーラーの派遣チームの件。


 もしそれが実現可能なものであれば、探索者の生存率をあげることだけでなく、大貫が懸念するお金の問題をも解決する糸口になるかもしれなかった。


 とはいえ、彼ほど強いのならヒーラーよりもアタッカーのチームをつくった方が良いのではないか? というのが大貫の本音。


「死んでいるような状態からでも、完全に身体を治せるのなら喜んで話を進めるのだがね……」


 そんな、あまりにも都合の良い妄想に大貫は自虐気味に笑うしかない。


 そんな芸当が出来るヒーラーのチームができたなら、おそらく世界中から要請がくるだろうからだ――。





ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

【あとがき】

ここまでお読みいただきありがとうこざいます。だいぶ話数をかけてしまいましたが、なんとか区切りまでこぎつけることができました。これも皆様の応援があったからです。作品内に作品外の文を並べることはしないのですが、その感謝を伝えたく、こちらの余白を使わせてもらいます。

本当にありがとうございます。

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