第114話
東京でおきたスタンピードにおける真相解明は、時藤茜の目覚めによって大きく動いた。
その真実は、日本にいる探索者たちを驚かせ、動揺させる結果でもあった。
まず一つ目は、日本最大級ギルド『アストラ』の不祥事。
アストラはランクCゲート内で発見された危険性を孕む未知数の魔物を探索者協会に報告せず、独自に観察や研究を行っていたことが判明。それらに関する資料は押収され、関与していた者たちは行政処分を受けることになる。ギルドにおける攻略権利も今件により剥奪され、企業が経営するギルドとしては実質的な解散。横浜ダンジョンというランクAダンジョン攻略を達成したアストラは呆気ない幕切れとなった。
二つ目は、ランクA探索者によるテロ行為。
今回のスタンピードは、アストラに所属していたランクA探索者である鷹城塁が起こしたものであり、それを黙認し誘致したとされる管理部の者たちも裁判にかけられることになった。実行犯の鷹城塁は死亡したものの、探索者の管理体制について大きく議論される事件となったのは言うまでもない。
そして三つ目は、日本初となるランクS探索者の可能性。
今回のスタンピードは、たった一人の探索者によって被害拡大が阻止された。その探索者はヒーラーであるにも関わらず認定されたランクはA。しかも、多くの魔物を従えるという特殊な能力を持つ探索者でもあり、横浜ダンジョン攻略のクリア者でもあるという事実も新たに判明する。さらには、アビス内のランキングにおいて一位を獲得した実績も明るみになり、日本だけでなく世界からも注目される探索者が日本に誕生することとなった。
その探索者の名は――黒井賽。
関係者によれば、彼の功労は既に表彰されることが決定しており、今後日本初となるランクSへの昇格も検討されているらしい。
多くの者たちが、彼の偉業と功績に称賛を送った。
しかし、一部の者たちは黒井賽が能力や実績を隠していた事に疑問を呈しており、戦闘時の異形さに絡めて警笛を鳴らす声も少なくない。
これは、SNSにおける一部抜粋。
――なんであの見た目をおかしいて思わんのかな。こんな奴が日本初のランクSになったら世界にバカさらしてるようなものじゃん。
――ヒーラーがこんなに強いわけないんだよね。絶対ダンジョン内で裏切りやってる。
――裏切りと強さって関係ありますか?
――魔物が経験値になるのと同じで探索者も経験値になるんですよ。知らないんですか。
――なにそれヤバ……じゃあ黒井賽ってやつ絶対やってるじゃん。
――誰か黒井賽を経験値にしてくれないかな。
――みんなで署名を集めませんか? 今後の日本のためにも、黒井賽は徹底的に調査する必要があると思います。
――魔物を従えてる時点で危険因子なのは間違いないでしょ。ランクSになるのは勝手だけど日本には留まらないでほしいな。
――そのうち絶対に何か起こすだろうね。
――今回の活躍は凄いと思うけど、こんなに不安の書き込みが多いならランクSにするのはやめたほうがいい気がするな……。
――というか、スタンピードの最中に裸の変質者が暴れてたとかいう偽情報があるくらいだし、黒井賽も偽情報の可能性ある。
それらはネットだけに留まらず報道機関によっても取り上げられ、彼を称賛する声と存在自体を不安視する声の両方が混在することとなる。
そして、そんな渦中にいる黒井賽は――、
「……つまり、ヒーラーの派遣チームをつくるということですか?」
探索者協会関東本部にて、会長である大貫と話をしていた。
「派遣チームといえるかは分かりませんが、俺はヒーラーという職業においてそれなりに経験やスキルを持っています。その内容を公開して優秀なヒーラーを育てたいと思っています」
黒井の提案に大貫は一旦思案を巡らせてはみるものの、断る要素はどこにもない。
むしろ、それは歓迎すべきものですらあった。
「その機関の設立許可と支援をしてほしいということですよね?」
「まぁ、ニュアンス的にはそうなります。ただ、俺はヒーラーですが、ダンジョン攻略ができる探索者であるとも思っています。今後は攻略にも積極的に参加するつもりなので、そちらにばかり専念はできないことは最初にお伝えしておきます」
「なるほど……。ちなみに、それらを行う理由についてお聞きしても?」
大貫は鋭い視線を向けたものの、黒井は表情を崩すことはない。
「今後に備えるためです。俺は、ランクが高いダンジョンが発生しても生き残るために強くならなければなりません。それに、これまでの経験からサポーターやヒーラーの地位がいかに低いのかもこの身を以て思い知らされてきました」
黒井が思い出すのは首藤零士。彼は【
しかし、それはサポーターに限らずヒーラーという職業においても同じであり、置かれた環境から道を違えてしまう探索者は少なくない。
いくらアタッカーやタンクといった前線職の探索者に訴えかけようとも、彼らは所詮後方にいる存在としか認識されることはない。そして、後方組もまた自身が活躍しづらい環境に身を置くことは苦しくもある。
「個として活動するのではなく、役割によって連携を図るダンジョン攻略は探索者の生存を上げるために大切なことだと思います。そのやり方を推し進めてきたこれまでを否定するつもりはありません。ただ、それは集団内での職業格差を加速させることにもなりました」
話の間、大貫は相槌や反応など一切せずに黙って聞いていた。
「俺は、探索者の在り方を変えようだとか大それたことを考えてるわけじゃありません。ただ……探索者同士で争うような悲しい結末をこれ以上見たくないだけです。そのために、ヒーラーへの周囲の見方は変える必要があると考えています。それは、サポーターに関しても同じだと思いますが、俺はヒーラーの枠なので出過ぎた真似はしないつもりです」
話を終えてからもしばらく無言だった大貫は、真っ直ぐな瞳を向ける黒井を見据えたまま、やがて目を細めた。
「凄いですね……。どれほどの修羅場をくぐってきたらそう強くなれるでしょうか」
口にしたのは、まるで自分自身に問いかけるかのような言葉。
「今回の件だけでも私はあなたに感謝しなければなりません。しかし、どうやらそれだけでは収まらないようです。私の最後の仕事としても、出来ることは協力させていただきたい」
大貫は決意を決めるように頷いたのだった。
「ところで、ランクSにはなるつもりはあるんですよね?」
そして、そんなことも訊いてきた。
「はい。表彰が終われば、すぐにでもアメリカに発とうと思っています」
「なるほど。アメリカであれば、ランクに文句を言う者もいないでしょう。……実は、黒井さんに関しての情報開示を求める国が多くてですね。我々も手をこまねいているので、いっそのことランクSになってもらえるのはありがたく思っています」
「まだランクSになれると決まったわけではないですが」
「もはや、ここまできたらランクSになってもらわなければ困ります。なにせ、その内容は黒井さんを危険視する内容も含まれていましたから」
「最善は尽くします」
「わかりました。では、黒井さんが戻ってくるまでに先程の件はこちらで話を通しておきます」
「助かります。対象となるヒーラーについては、俺が直接選抜するつもりなので最初は募集から始めるつもりです」
「運営する人間については、こちらで決めてもいいですか?」
その質問に、黒井は「あぁ」と思い出したような声を上げた。
「実は、一人だけ声をかけたい人がいます――」
◆
「これからどうしようかな……」
子どもの姿がない公園のベンチで、
彼の職場はアストラルコーポレーション探索者管理部署だったのだが、今やそれは前職となっており、現在はリストラされたサラリーマンみたく職を失い路頭に迷っている。
いや、実際にはそれほど深刻というわけでもなかったのだが――。
「電話? ……誰だ?」
不意になった着信音。長谷川は何気なく見たスマホ画面に『黒井賽』と登録された名前を目にして、危うくスマホを落としそうになった。
「はい……長谷川です」
おっかなびっくり取った通話。
『お久しぶりです。長谷川さん』
聞こえてきた声に、なぜか鼻の奥が痛くなって涙がでそうになった。
「あの、今回の件は本当に申し訳ありま――」
『なんで長谷川さんが謝るんですか?』
それでも、すぐに切り替えて謝罪をしようとした長谷川を、電話の主は穏やかな声でとめる。
『悪いのはあなたじゃないし、現に捕まってもいないじゃないですか』
「そ、それはそうですが……それでも僕はアストラの管理部署にいた人間です。立場的に――」
『長谷川さんは謝ってばかりですね』
再び、話は遮られた。
『最初にお会いしたときも茜の態度で頭を下げてましたし、横浜ダンジョン攻略での記者会見に参加できないことをわざわざ謝りにもきましたよね?』
それは、まるで遠い昔話でもするかのようだった。まだ数ヶ月しか経っていないはずなのに。
『俺は長谷川さんに感謝してますよ。横浜ダンジョンに参加できたのはあなたのおかげでしたから』
「いや、まさか黒井さんが攻略していただなんて夢にも思いませんでした」
『隠していてすいません。俺にも事情がありました』
「いいんです。今となってもう終わったことです。それに……茜さんの事もありがとうございました」
スマホを耳につけながら長谷川は頭を下げる。もはやそれは癖になっているのか、本人ですら無意識だった。
『実は、長谷川さんにお話があって電話したんです』
「話……ですか?」
困惑する長谷川の問いに、電話越しからは『はい』と力強い言葉が返ってきた。
『俺は今後、ランクSになったあとでヒーラーのチームをつくろうと考えているんですが、その運営側の人間に長谷川さんはどうかなと思ってるんです』
その言葉を理解するのに、長谷川の思考は数秒という時間をかけた。
「それはつまり……スカウトってことですか?」
『そうですね。長谷川さんは探索者と関わる仕事をしていたので、そこまで悪い話じゃないと勝手に思っています』
長谷川は驚きのあまりその場で固まってしまった。まさか、黒井賽からそんな電話がくるなど思ってもみなかったからだ。
『……長谷川さん?』
「あっ、はい! ありがとうございます!」
その硬直は黒井から名前を呼ばれるまで続き、ハッと我に返った長谷川は嬉しさのあまりお礼を口にしてしまう。
『ありがとうございます? ってことは受けてくださるんですか?』
しかし、反射的にお礼を言ってしまったことをすぐに後悔し、長谷川は空いてる手で自身の顔を覆う。
やがて、意を決したように口を開き、
「すごく……すごく嬉しいです。ですが、黒井さん。僕はもう、探索者関連の仕事は辞めようと思っています」
静かにそう返したのだ。
『……』
「僕はこれまで探索者たちと共に仕事をしてきました。それは僕の勝手な思い込みだったのかもしれませんが、彼らとの違いなんてダンジョンの外か内かというものでしか捉えていませんでした。力はなくても同じ人間として、人類の敵である魔物と戦ってきたつもりだったんです。……ですが――そうではありませんでした」
最後の言葉は吐きだすように呟かれ、そのぶんの重みが込められている。
「僕は……嫌なものを見すぎました。こちらがどれだけ誠意を持って向き合っても、すべてが無駄だと思わせられることのほうが多くありすぎました。……もう、探索者という人間を〝同じ人間〟として見れなくなってしまうほどには」
長谷川は語りながら、それが自分の本音であることを改めて自覚していく。なぜなら悲しいという気持ちはなく、むしろ清々しさのほうが増さっていたからだ。
「こんな気持ちで同じ仕事をしたくないんです。だから、離れようと決めました」
電話越しの黒井はしばらく黙っていたが、やがて、
『……わかりました』
長谷川の返答を飲み込んでくれた。
『突然お電話して申し訳ないです』
「そんな。本当に嬉しかったです」
『アストラは辞めてるんですよね? これからどうされるつもりですか?』
「実は……情けないことにまだ決めていません。ただ、アストラは大きな会社だっただけにコネクションはあるのでゆっくり探そうかと」
『……そうですか。応援してます』
「黒井さんもランクS頑張ってください。色々と言われてはいますが、僕はあなたが凄い人間だということを彼らよりはずっとよく知っています」
『ありがとうございます』
そうして、軽い挨拶を交わし長谷川は電話をきる。
正直、勿体無いと感じはしたものの、やはり後悔はなかった。むしろ、ここで踏ん切りがついて良かったとすら思えた。
「僕がそんなにも優秀な人材だったなら、あんな事件なんて起こさせはしませんでしたよ……」
もはや黒井に届くことはない言葉を空に吐く。
それを受け止める空の天気は、眺めているだけで眠くなりそうなほど平和で穏やかだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます