第112話

「結局、生き方は変えられないってことか」


 日が落ちた暗がりの自室で、黒井はそんな諦めを呟いた。


 スタンピード発生からは既に一週間が経過していた。しかし、未だその熱が冷めることはない。

 連日連夜テレビやニュースではその事を報道しており、そのなかには黒井賽という名前まで挙げられている。


 探索者協会はスタンピードに対して、「現在調査中」として情報に制限をかけていたものの、世間の声は次第に大きくなり始め、やがて協会の態度に「なにか後ろめたい事があるんじゃないのか?」という不満まで出始めている始末。



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――適合させる称号を選んでください。


――【救済者】/【殺戮者】


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 それは、麒麟から勝手に与えられた神器【光背こうはい】の項目。


 その選択肢が何を意味するのか不明ではあったものの、いずれ選ばなければならない瞬間がきたとして、そのときに黒井どちらを選ぶかなどわかりきっていた。


「というより、俺は絶対にこっちを選ばない・・・・んだろうな」


 そんな消去法によって黒井は選択をする。



――【救済者】を選択しました。

――神器【光背】が最適な形状へと構築されます。



 暗がりを照らす光の設計図が黒井の背後に描き出された。

 その線は黒井の魔力回路と繋がり、やがて複雑で禍々しい形へと変更されていく。


 黒井は、翼が生えるのではないかと期待していた。

 空を飛べるとは、鷹城が言っていた通りアドバンテージではあったからだ。


 しかし、肩甲骨の辺りから生えてきたのは異形の四本腕。

 それは生物的な見た目ではなく、メタリックな外殻に覆われた機械の姿をしていた。



――神器【傀儡かいらい副腕マニュピレーター】が生成されました。

――【魔力】【器用】【知力】【精神】のステータスが大幅に上昇します。

――【救済の加護】が付与可能となりました。



 その多腕は、敵を殴り倒すような頑強さを持っているわけではない。そして、武器を握るようにも見えない。上昇したステータスからみても、おそらくは魔法や魔術系統のたぐいだろう。


 そして、救済の加護という文字。


「月の加護と似たようなものか……?」


 黒井は以前、セレナ・フォン・アリシアから月の加護を受けたことがある。

 それは角を覆い隠す月影刀と同じ効力を持っていた。

 もしも救済の加護が【救済者】という称号に準じているのだとすれば、加護の効果もまた同じと予想できる。


 つまり、その加護を得た者は〝回復による経験値の獲得が可能〟ということ。


「まるでヒーラー専用の加護だな。もしも殺戮者を選んでた場合の効果は【殺気】だったか?」


 黒井が横浜ダンジョンで【殺戮者】の称号を得たとき、スキル【殺気】をも得た。

 それを加護として付与できるのだとすれば、それはアタッカー専用の加護と言えたかもしれない。

 

 まぁ、今となってはただの想像に過ぎない。そして、それを黒井が選ぶことなどなかっただろう。


 なぜなら、彼の根本はヒーラーだったから。


「それじゃあ、ヒーラーとしての役目を果たしにいくか」


 そんな独り言のあと、黒井はスマホ画面でとある病院の場所を検索。

 そこは時藤茜が搬送された病院。

 そして彼女はスタンピード発生から一度も目覚めておらず、そのせいで事件の調査も滞ってしまっている。


「鬼にするのはアレだが、俺みたく鬼人なら人の姿を留められるだろう」


 黒井はここ数日、時藤茜を目覚めさせるための準備をしていた。

 彼女の意識が戻らないことは既に麒麟が言っていた通りであり、意識を取り戻す方法もまた、麒麟から教わっている。


――鬼にすれば良いではないか。


 その方法が鬼化。時藤茜を鬼にすることによって、強制的に目覚めさせることができるらしい。


「簡単に言ってくれるよな」


 だが、鬼にすれば彼女の姿は醜悪な見た目となってしまう。それだけでなく、彼の嫌な予感によれば、頭の中まで短絡的になり馬鹿になってしまうだろう。


 それを避けるべく、黒井は鬼でありながらも鬼ではない自分の魔力回路を丹念に記録し頭の中に叩き込んだのだ。


 もしも魔力回路の改造が可能であれば、時藤茜の鬼化もまた、人の姿を留めると信じて。



 やがて、病院に着いた黒井は時藤茜の面会を希望。


「どちらの方ですか? 時藤茜さんの面会は現在受け付けておりません……が――」


 受付にいた看護師は、そこまで言ったあとで何かに気づいたようにハッと目を見開いた。


「あなたは……」


 どうやら、既に顔まで周知されているらしい。


「知ってるなら話が早いですね。面会じゃなく、俺は時藤茜さんを目覚めさせるためにきました」

「す、少しお待ちください。今、医院長に連絡します」


 慌てたように内線電話をかける看護師。まぁ、身許を晒さなければ会うことはできなかっただろうと諦めるしかない。


 やがて、白衣を着た医者たちが数人やってきたものの、黒井は彼らに付き添う必要ないと言うしかなかった。


「魔力を使うので、近くにいたらたぶん死にますよ」


 そんな彼らには疑惑の表情が浮かんでいる。


 そのなかで、医院長と思わしき男が前にでてきた。


「……時藤茜さんが今回のスタンピードについて何か知っていることは我々も承知しています。もしもリスクある行為に及ぶのなら見過ごせません」

「俺が彼女を口封じをするつもりなら、わざわざ面会を希望したりなんかしませんよ」


 ストレートにそう告げると、彼らは黙ってしまった。


「それに、俺を信用してないのは彼女が目覚めないからでしょう? 大丈夫です。俺は俺の信用を得るためにここに来ましたから」


 やがて彼らは顔を見合わせてから、その表情は困惑へと変わる。


「それでもお待ちいただきたい。さきほど探索者協会に連絡を入れましたので、誰か来るまでは……」

「俺が使う力を誰かに見せることはできません。誰が来たとしてもそれは同じです」

「それは……何故ですか?」

「彼女の名誉に関わるからです」

「名誉?」


 黒井は頷いた。


「俺の力は通常のヒーラーが使う力とは異なります。ですが、それでも彼女を目覚めさせることはできます。それを知られて困るのはおそらく彼女のほう」

「それは……危険なやり方なのでしょうか?」

「もしも危険だと判断すればすぐにやめます。今のところ死ぬようなことにはなりません」


 それでも、彼らは食い下がった。


「名誉に関わると仰いましたが……時藤さんが目覚めたとして、それをご本人が望むかは分かりませんよね?」


 その言葉に黒井は思わず微笑んでしまった。考えていたことは同じだったからだ。

 やはり、麒麟が言っていたことは正しかったのかもしれない。


「今、彼女の目覚めを多くの人が望んでいます。それじゃダメですか? 逆に目覚めさせたとしても、望まれない者はその後に生きていけますか?」

「それは……」

「人間が必要とされるのは、その人間が頑張ってきたからでしょう。問題が解決できるか否かなんてのは、その問題が起きるよりも前に決まっています。だから、時藤茜は目覚めなければいけません」


 彼らは何かを考えていたようだったが、やがて弛緩するように息を吐いた。


「……わかりました。もとより、探索者の治療は我々の専門外ではあるのです。ここに何人もの探索者が来ては彼女の目覚めを試みましたが、どれも目覚めさせることはできませんでした。そのときも、我々は病室にすら入っていなかったのです」

「助かります」


 黒井は端的に言って病室に向かおうとする。


「黒井さん」


 そんな彼を、男は最後に呼び止めた。


「……世間では様々な憶測が飛び交っていますが、我々は運ばれてきた患者を助けることのみに従事しています。それ以外のことに関して、我々が知らなければならない情報など最初からないのです」


 何を言いたいのか何となく分かるような気がした。


 ただ、それを分かりやすく表現してしまうことは彼の立場上はばかられるのかもしれない。


 だから、黒井は何も言わずに病室へと向かう。



 時藤茜は病室のなかで、今にも目覚めそうなまま眠っていた。

 一見すれば、彼女が一週間も眠り続けていることが信じられない。


 そんな彼女の魔力回路を魔眼で視覚化したあと、黒井はそれを組み換えはじめる。

 人の魔力回路ではなく、黒井が記憶した鬼人の魔力回路へと。



――神器【傀儡かいらい副腕マニュピレーター】が起動しました。



 その作業に呼応するように神器が発動した。

 何事かと思ったものの、背後から伸びる腕たちが黒井の計画する組み換え作業をサポートしはじめたのだ。

 その作業は黒井のなかで長時間を想定していたのだが、複数の腕が加わったことにより作業速度が速くなる。


「そういうことか……」


 意識を集中させて作業へと戻る黒井。


 やがて、魔力回路の再構築は終わりを告げる。


「――鬼の芽」


 そして、黒井は鬼化のスキルを発動。

 茜の脊椎に微かな電流がはしり、それは次第に身体へと異変をもたらす。

 額から、一本の角が身を突き破って生えてきた。その角にパチパチと電気が宿り、茜の身体が軽い衝撃に反応をみせる。


 まぶたがピクピクと動き、ゆっくりと開かれた。


 その目は焦点が合っていなかったものの、やがて黒井を視認する。


 言葉を発することはない。だから、何を考えているのかわからない。


「すいません。俺も付いていけばよかったですね」


 それでも、瞳から涙が流れたことから、感情を推し量ることはできた。




 


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