第106話

 鷹城は翼の力を惜しげもなく使った。

 その度に体へと繋がるプラグの数は増えていったものの、それよりも自身が神に近づいたかのような全能感と目の前の敵を殺す欲でそれどころではなかった。


 実際、鷹城の縦横無尽な動きは速くなり、光線の弾数は多くなっていく。


 空は――無数の光の閃光によって埋め尽くされつつあった。


 その一つが、上空を飛んでいた報道局のヘリに当たり墜落。


「――チャージ」


 それだけでなく、幾度も呼び寄せる無数の落雷のせいで周囲にある機器という機器は影響をうけ、カメラが内蔵されていたドローンなどの無人機までもが損傷し墜落していく。


 その戦いには人おろか、映像を記録できる手段さえもが近づけない領域と化していた。


 ただ、一人を除いて――。


「魔物なのか……?」


 真田はレンズ越しの戦いに疑問をこぼした。


 それは、とても人が踏み入れるような戦いのレベルを逸脱していたからだ。


 それに、彼ら・・は人とは言い難い見た目をしている。


 翼と角。喩えるのならば天使と悪魔。纏う魔力はどちらも人間離れしていて、わりと距離のある真田が立つビル屋上からでも重苦しい威圧感が感じられた。


「まるでこの世の終わりだな」


 その戦いに巻き込まれて墜落するヘリを、悲痛な表情で見る真田。目下の街なかには依然として魔物が溢れており、その数は増え続けている。


 ただ、それはただのスタンピードではないことに彼は気づき始めていた。


 おそらくは――戦争。それは人類と魔物とではなく、魔物と魔物との戦い。人類はその戦いに巻き込まれたような形だろうと推測している。


 なぜなら、上空での戦いに限らず、地上においても魔物と魔物との戦いが起きていたからだ。


 その戦いは激化の一途を辿っていき、街の被害はもはや、修復不可能な状況にまで陥っていた。


 それでも――。


「なんの戦いかは知らねぇが、人間を舐めるなよ……」


 遠くからプロペラ音を響かせて近づいてくる軍事ヘリや戦闘機。まだ距離はあるものの、街なかにもようやく探索者たちが到着し始めている。


 既にスタンピード発生から三時間が経過。錯綜や混乱は収まりつつあり、人々は自分たちがやるべき事を把握し始めていた。


 突然の事態に多くの命が失われた事実は悲しむべきことではあったものの、このまま指を咥えているだけが人間ではない。


「グガ! グガガ!!」

「お前もそう思うか」

「グガガガ!」


 彼の隣で戦いを見守っている鬼もまた、そうなのだろう。


 真田は再びカメラを構え撮り始めた。それが、今の自分がやるべき唯一のことだと信じて。



 ◆



「羽があるってのは、確かに厄介だな」


 空から立て続けに降り注ぐ光の線を掻い潜りながら、黒井は思案する。


 その視線の先に浮いている鷹城は、黒井が手をくださずとも後戻りできないほど翼に侵蝕されているようだったが、破滅するにはまだ時間がかかるだろう。


 それに、黒井は未だ街なかで生存している人たちの気配を感じていた。建物の奥で身を潜めているのか、その数は決して少なくない。


 戦いが長引けば、救えたはずの命は失われていくだけ。


「――飛雷神」



――【霊験投影:雷紋】が発動しました。

――【鬼王の外套】が発動しました。



 だから、短期決戦に持ち込むため黒井は全力を出すことを決めた。


 黒井の身体は魔力でできた外套を纏い、角にはより強固な魔力回路が走る。彼が踏みつけた地は、まるで水面に水滴を落としたような波紋が広がり、それは空と地上の空気を変化させていく。


 空間ごとの侵蝕。喩えるのなら、そういう魔法なのだろう。


 そして、侵蝕した空間は彼の支配下に置かれ、理屈や原理、法則までもが彼の奴隷と化す。


 空を飛ぶ必要はなかった。なぜなら、彼が踏む場所こそが地面なのだから。


 光線が降り注ぐ隙間を縫うように、黒井は天を駆け上がる。


 それに勘づいた鷹城がさらに高度を上げようとするも、翼が羽ばたくよりも追いつかれるのが先だった。


「まずは一枚」


 鷲掴わしづかまれたのは翼。次の瞬間、それが純粋な筋力だけで引き抜かれ、はみ出た触手までもが引きちぎられ、液体と固体にまみれた中身が飛び散る。魔力の塊が、羽毛のように舞った。


「ぐぁああああ!!」


 鷹城の絶叫。しかし、それを無視して黒井は次の翼を掴む。


「もう一枚」


 それに鷹城は顔を歪めると、掴まれた翼を大剣で斬り分離させ、黒井から必死で距離を取る。


――急になんだ。


 翼もないのに宙へ留まる黒井に、鷹城の頭は軽い混乱を起こす。


 いや、それよりも。


「どうなってるんだ……」


 自分は強くなっているはずなのに、まるでそんな気がしないことのほうに混乱していた。


「くそっ……くそっ……これじゃあ足りないッッ!! もっと……もっとだッッ!!」


 それに怒り、鷹城はさらなる力を欲する。


 それに応えるが如く、翼はさらに触手を鷹城の体内へと侵入させた。



――強化できる上限を突破しました。



 それが、鷹城の意識が聞き取れた最後の天の声。


「ああ……ああああ……」


 異変はすぐに起きた。


 まずは肩や肘や手首といった関節。その部分がちぎれ、中から触手が露出し部位同士を繋ぎ止める。そのせいで腕の長さが倍ほどにまで伸び、膝や足首や指の関節までにもそれが至ったせいで、鷹城の体躯までもが倍にまで伸びた。


 それは首や顎の顔面部にまで影響し、それまでは鷹城の身体に比べて翼だけが異様に大きい比率をしていたのだが、ようやくその割合が完成される。


「あああ……あああ……」


 ただ音を発する口や目、耳などからドロドロとした白い魔力の液体が吐き出された。それは意思があるかのように体全体を覆い、指先とつま先にまで達すると、高濃度の外殻へと変化する。


 現れたのは、もはや人間ではなく翼を持つ人型のなにか。



――自我を破壊しました。残留思念を解析します。



 ふと、頭上に光の輪が出現。それはレコードのように回転しはじめ、一定の周期で鷹城の口から意味ある言葉が発せられた。


「殺す……ヒーロー……殺す……ヒーロー……」


 壊れたラジオのようなうわ言。



――残留思念を解析しました。

――指令プログラムを生成しました。

――命令を実行します。



 白目を剥いていた焦点が目標を視認する。


 その目標は、機械的な殺意を向けられたことに反応を示すことはない。


「これが最後の変異っぽいな」


 なんて。そんな感想だけを呟いた。


 無数の魔法陣が出現し、再び光線が空を貫く。しかし、その軌道は直線ではなく、追尾機能を得たかのように変化し黒井に迫った。その動きはまるで触手。


 かわした反動のまま黒井は加速した。目標を捉えそこねた光線は、別の光線とかち合い爆散。


 ムチのようにしなる光線の軌道は読みづらく、縦横無尽に黒井を追い込みはじめる。


 しかし、そんなことなど気にもしていないかのように黒井は鷹城へと近づき、落雷刀を振りかぶった。


 モーションは大振り。一撃で仕留めようとする力の込め方は、身体から肩、腕にかけてしなやかに漆黒の刀身へと伝わっていく。


 しかし、鷹城にしてみればあまりに遅い。


 その刃が到達する前に、無数の光は黒井を喰らい尽くしてしまうだろう。


 事実、それまで躱されつづけた光の線は、ようやく黒井へと直撃し身体に穴をあける。連続して、他の光線も追い撃ちをかけた。


 それでも、モーションは止まらなかった。


 なぜなら、空けた穴は瞬時に再生していたから。


 もはやそれは、直撃自体が錯覚だったのではないかと疑うほど。


「なに強者みたいなつらしてんだ」


 その疑問を解消せんとばかりに、黒井は淡々と言葉を吐いた。


「お前じゃ俺には及ばない」


 まるでそれが当たり前だと言わんばかりに。


 振り抜いた落雷刀は、鷹城の頭をいとも容易く胴体から引きちぎった。


――種族【使徒】を倒しました。

――レベルが上がりました。

――レベルが上がりました。

――レベルが上がりました。

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