第104話

 黒井賽はランクSにはなれなかった。

 それは彼の実力不足だったというわけじゃなく、ただ、日本がランクSを抱えられる国ではなかったというだけの話。

 実際、黒井は大貫会長の話がすべて間違っているとは思わなかった。

 日本は高ランクのゲートが出現する場所でもなければ、ランクSを抱えて他国と張り合う姿勢をみせる必要のない独自性を持つ国。そして、個々が他を圧倒する強さを持たずとも、チームを組んで連携を高めれば強い魔物を倒すことは不可能ではないことを証明し続けてきた国でもある。

 職業による格差というものはどうしたってあるものの、日本においてはサポーターやヒーラーの起用頻度は比較的高く、ダンジョンにおける死亡率や失踪率も極めて低い。

 それはランクSを保有していない日本が出してきた確かな結果であり、否定すべきでないことではあった。


 しかし、それを間違いではないと言えてしまうのは、日本だけに話を収めた場合のみ。


 ダンジョンが出現し魔物の脅威に晒されているのは日本だけではなかった。それは国の規模に収まる問題ではなく、世界規模で抱えている問題だった。

 日本が比較的安全だからといって世界はそうではないし、世界が危機にひんしているのならば、日本もまた同じと捉えなければならない。


 世界が滅亡してしまえば、国など意味はないのだから。


 故に、日本はランクSを保有しなければならないと黒井は思う。


 それは、対外的な関係のために誇示する力ではなく、共に世界を守ろうとする姿勢なのだと結論付けるからだった。


「――鬼門」


 出現したゲートから出てくるのは、これまで黒井が配下に加えた鬼だけでなく、配下が勝手に増やした者までいる。


 それに関しては何かしらの罰を与えなければと思うのだが、今回に関しては怪我の功名。


 街中に溢れてる魔物は既に数百を超えており、今なお増え続けていたからだ。


 それを全てほふる自信は黒井にあったのだが、原因と思わしき者だけは自身が相手取らなければと感じていた。


 それは中心地に近い屋上ビル。そこで何故か悠然と構えている者。まるで、今の状況を楽しむようにスタンピードを眺めているソイツは、ランクAなど凌駕できるほどの魔力を持ちながら、ただ傍観していた。


 だから、ソイツと視線が合った時に問うたのだ。


――お前か? と。


 返答はなかった。代わりに、ソイツは狂気を孕んだ笑みを浮かべてみせた。


 推測は状況証拠だけによるものだったが、黒井は確信する。


 彼が、今回の元凶だろうと。


『主君! これは……一体……?』


 鬼門からは、ゴブリンたちから遅れてノウミ、ヒイラギ、ジュウホの三人が出てきた。その後には、勝手に配下を増やしたオーガもいる。


「この辺にいる魔物どもを一掃しろ。なんならゲートに入ってダンジョンコアまで制圧したっていい。そのかわり、人間は殺すな」


 視線を変えずに淡々と指示。


『主君、もしも人間が我々に攻撃をしてきたら――』


 ノウミはそんな質問を黒井に投げかけようとしたものの、途中で口をつぐんでしまう。


 見上げた黒井は、ノウミの質問にお優しく答えてくれるような雰囲気ではなかったからだ。


『――仰せのままに致しまする……』


 鬼たちは何も言わずに黒井へかしずいた。

 

「俺はアイツをやる」


 黒井はそれだけを言い駆けだす。アスファルトを蹴り、跳躍によってコンクリートの壁を伝いながら最短でソイツのもとへ向かう。


 やがて、相対するビルの屋上に到着した黒井は、着地時に屈んだ姿勢を伸ばす。


 相手は逃げも隠れもせず、余裕ある態度で待っていた。


「俺は人を殺そうとは思ってないんだが……お前は人か? ――鷹城塁」


 名前を読ん途端、彼は嬉しそうに目を細める。


「それはこっちのセリフだよ。まさか、こんな探索者がいたなんてね。名前は?」

「黒井賽」


 そう告げると、少し驚いたような表情。


「もしかしてさ、首藤を殺したのって本当にキミなのかい?」


 それに黒井は答えなかったものの、鷹城は確信を得たように「へぇ」と低い声を漏らす。


「首藤が死んだことに違和感はあったけど、今なら納得かな。キミがその身に宿してる魔力は尋常じゃない」

「それに関しては俺も同じだ。その翼……随分と人間離れしてるが、どうした?」

「ああ、これかい? 僕が選ばれたんだよ。神にね」


 神。その単語にはウンザリするしかない。


「この状況。神に選ばれた奴がするような所業には思えないがな」

「これはただの演出だよ。ヒーローが活躍するための、ね?」

「演出だと……?」

「ヒーローって奴は、大抵人類の窮地に遅れてやってきて彼らを救うだろ? そのための演出ってことさ」


 それを聞いた黒井はもはや理解することを諦めてしまう。その理解には、なんの価値も無い。


「一つだけ訊くが、時藤茜はどうした?」


 だから、彼が鷹城塁であると知った時に気になったことだけを訊いた。


「……茜? ああ、殺したよ。最初からそうするつもりだったしね。それよりも、なんで僕が彼女といたことを知ってるんだい?」


 その質問に答える気力はなかった。黒井は、最悪の結末を受け止めることだけに注視していた。


 付いていけば良かった、などと後悔しても後の祭り。


 鷹城が信用の置けない人物だと分かっていながらダンジョンへ向かったのは茜自身の判断だった。それを尊重するのなら、黒井は後悔すべきではない。


「お前はもう――人じゃないな」


 代わりに、黒井は自分がやるべきことを明確化し「裏鬼門」を唱えた。出現した空間には、現在装備している【月影刀】を収め、代わりに【落雷刀】を取りだす。


 その手には分厚い漆黒の平鋼が出現し、額には角が現れた。


「普通の探索者じゃないと思ったけど……人でもなかったのか。いや――」


 その身体的変化に、鷹城は眼下のゴブリンたちを眺めたあとで視線を黒井へと戻し、


「――魔物を従えてるところを見ると、魔王ってところかな? いいね……この大災害の黒幕としておあつらえ向きじゃないか!」


 そんな愉悦を叫んだのだ。その言葉には、もはや否定する気も笑う気すら起きない。


「お前がヒーローになりたいってんなら、死ぬことで世界を救ってくれよ」


 冷徹な懇願は、漆黒の刀身に青白い光のヒビを纏わせる。


 その切れっ端は、我慢できず手を伸ばすかのように、鷹城の方へと向いていた。

 

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