第103話
――実は、探索者による戦闘は既に始まっていた。
「今日は非番のつもりだったのに……これも神の思し召しってやつなのかねぇ」
ため息交じりに呟いたのは、ランクA探索者
彼の前には、ダンジョンゲートから出てきた巨大蜘蛛の魔物が三体。
「――
両手に出現した光は、細長い剣のシルエットを成す。
「両手は神のために。剣は悪魔のために」
その双剣を
彼は魔法を扱う職業でありながら前線で戦えるアタッカーでもあった。戦闘経験は豊富であり、戦況を視る力も十分。
負ける戦闘に身を投じるような愚者でもない。
故に、
「恨むなら俺じゃなく、この
数の有利があったにも関わらず、蜘蛛たちは一瞬のうちに腹を掻っ捌かれて裏返るしかなかった。
「一体なにが起きてる……?」
古木はむき出しのゲートを見ながらそんな疑問を呟いたものの、熟考などする暇なく再びゲートから蜘蛛が出現。
「取り敢えず、出てくる魔物がまばらなら数時間は耐えられるな」
そう切り替えて双剣を構えなおした。
が――、
「ダメじゃないか。まだ魔物が足りないのに、ヒーローが現れたりなんかしたら」
その双剣は一瞬のうちに、古木の身体と共に横へ真っ二つにされた。
「……えッ?」
世界がスライドしていくのは、彼の視界がスライドしていくから。
見えたのは六枚の翼と大剣を振るう男の姿。
いつ現れたのかわからず、気配すら感じられなかった。
「嘘……だろっ……?」
その男からは、あまりにも強大な魔力が漏れ出ているというのに。
「君が来るには早すぎたね」
そして、古木の思考は地面にぐしゃりと落ちた直後に途切れる。
そんな死体には見向きもせず、ゲートから出てくる魔物に満足げな笑みを浮かべた鷹城塁。
「これで六人殺したし、付近にはもう邪魔してきそうな探索者はいないかな」
彼の徹底したやり方を後押しするかのように、ゲートからは続々と魔物が溢れだした。
やがて魔物が発する魔力すらもが漂いはじめ、街がダンジョンに汚染されていく。
――スタンピード発生から約二時間。
最初は面白がって楽観視していた者達は、事態がまったく収束しない現状にようやく危機感を持ち始めていた。
――なんか東京やばくない?
――探索者って何してんの?
――配信見てたけどまだ居なかったし、なんか死んでる人もみた。
――現地にいるはずの友達と連絡つきません。
――魔力って普通の人には害らしいから、逃げ遅れてるだけでヤバいかも。
――これいつ終わるの。
焦燥や不安の声が大きくなり、それに伴って不満や文句も増えていく。
これまで普通としていた日常が脅かされはじめたことに、普段ダンジョンとは縁遠い者たちはようやく、魔物という存在がゲームの世界ではないことを理解しはじめた。
テレビやラジオといった報道機関は、既に一時間以上も同じ言葉ばかりを繰り返している。
新しい情報も、新たな対応すら無いのだから当然の結果だった。
にも関わらず、魔物の数は増え、被害だけは拡大していく。
「――いい感じだ。みんなのヘイトが最高潮になってこそ、ヒーローの活躍は輝く」
その中心のビル屋上で、鷹城は傍観に徹していた身体を動かし始めた。
「そろそろか」
やがて、そのタイミングを見極めていた時。
……なんだ?
彼は、施設を破壊し地上に晒したダンジョンゲートではなく、
そのゲートは普通のゲートよりも大きく、漏れ出ている魔力も濃い。
そこから出てきたのは、武器を握るゴブリン。
その後に続き、同じくゴブリン種の魔物たちがぞろぞろとこの世界の地を踏み始めた。
「新たなダンジョンが発生したのか?」
その光景に、鷹城は都合がいいなと口の端を吊り上げたものの、ゴブリンたちが既に街を徘徊する魔者たちを攻撃し始めたことで眉を潜める。
しかも、そのゴブリン種たちはダンジョンで見るような烏合の衆ではなく、明らかに何らかの自我によって魔物たちを攻撃していた。
そこに統率や連携といった、洗練された何かを見出すことはできなかったものの、それでも、ただ徘徊をするだけの魔物が太刀打ちできるものではなかった。
鷹城は注意深くその様子を見ていたものの、やがて、その〝答え〟を見つける。
そして、その答えもまた、鷹城を見上げていた。
その答えの口もとが喋りかけるように動いたが、声まで届くことはない。
それでも、鷹城には何と言ったのかを理解できた。
――お前か? と。
いつの間にか、上空は分厚い雲で覆われ始めていた。
雨の気配はないものの、ゴロゴロと雷の音が鳴り始めている。
街に溢れる魔物の数だけを見るのならば、ランクA程度の探索者では既に手に負えない事態へと発展していた。
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