第101話

 鷹城は、急に揺れがおおきくなった茜の魔力に得体のしれない恐れを感じた。


「……なんだ」


 何かが歪んでいるような禍々しい空気に、探索者としての経験が彼を警戒させる。


 それはまるで、魔物と対峙しているかのような感覚。


 そんなはず、ないのに。


――ピシッ。


 ちょうどその時、壁に埋まる卵からも変化が起こった。


 殻にヒビが入ったのである。


 どうやら養分は斧乃木有理で足りたらしい。


 そのヒビ割れの隙間から漏れ出る魔力は――茜が発する魔力とは違い、どこか神聖な・・・魔力だった。


『久々に起きてみれば……邪悪な存在がいるようだ』


 地を揺るがすような突然の声に鷹城は驚いた。


『なんだ、人間もおるではないか』


 パラパラと崩れた内側には、眩いほどの魔力が蠢いている。


 そして、その内側に潜む者は産まれたばかりの魔物ではないのだと鷹城は気づく。こんなにも明瞭な人語を話す存在が赤子なわけがない。


 それはもしかしたら〝卵〟ではなかったのかもしれない。


 卵に見えるだけの、ナニカだったのかもしれない。


『血を浴び、我が封印が解けたということは、この世は泰平たいへいではないのだな』


 声は落胆のような感情を震わせる。そして、鷹城を『キサマ』と呼んだ。


 しかし、あまりの威圧感に鷹城は声も出せない。


『……ふん、不本意だがここに人間は貴様しかおらぬようだ。力を与える故、代わりに魔を討ち祓うがいい』


 瞬間、卵のヒビから発せられた眩い電撃が空間を裂くように鷹城へと繋がる。



――神器【光背こうはい】が寄生しました。

――霊格があがります。

――称号【勇者】が反応しています。

――神器【光背】が最適な形状へと構築されます。



 直後、鷹城の背後に光の文字が現れ、立体的な設計図をえがきはじめた。その設計図が完成すると、光は役目をおえたかのように収束する。


 現れたのは、機械的な三ついの6枚羽



――神器【来光らいこうの翼】が生成されました。

――称号【避雷針】が生成されました。

――充電を始めます。


 その翼から突き出る突起に周囲で発生した雷が何度も直撃し、やがて翼はバチバチと電気を周囲に走らせながら、ウィンウィンと音を鳴らし始めた。

 


――【来光の翼】が起動しました。

――【来光の翼】を操作するためのステータスが不足しています。

――【来光の翼】を制御できません。

――神器による支配を行い、ステータスの補充を行います。



 すると、翼の根本から無数の触手が鷹城に群がり、針のような先端を体内へと潜り込ませると根を張り巡らせはじめた。

 

「ああ……ああああ……」


 その痛みに鷹城はしゃがんで発狂する。



――ステータスの大幅な強化を行いました。

――種族【人】から【使徒】へと変異しました。

――【来光の翼】が正常に起動します。



『やはり器が足りていなかったか……まぁ、よい。壊れるまでに魔を祓うことくらいはできるだろう』


 そんな鷹城の付近に、驚異的な速度で何者かが現れる。


 そいつは片腕で矢を握っており、その切っ先を鷹城の首に刺そうとした。


 しかし、その者と鷹城の間に突如魔法陣が出現し、矢の切っ先が彼へと届く前に閃光が空間を一線。


 その光は、襲撃者の腹に命中すると、上半身と下半身とを分断するほどの威力を発揮した。


 その上半身はそのまま洞窟の奥へと吹き飛ぶ。体の断面は焼き切れており、そこからあがる煙は人が焼ける悪臭を放つ。


「急に襲ってくるなんてダメじゃないか。茜」


 鷹城はゆっくりと立ち上がると、その反動だけで首をコキリと傾ける。


 瞬時に体を焼いたせいか血は流れず、茜の上半身は残った手だけを必死にバタつかせている。


「苦しそうだね。それはキミへの罰だよ……死ぬまでじっくりそうしてるといい」


 鷹城は、そんな茜から興味なさげに視線を外すと恍惚こうこつな表情で天を見上げる。


「あああ……力を感じる。これで僕は英雄ヒーローになれる」


 そして、その視線はゆっくりとゲートの外へ向けられて。無論、そこはまだ洞窟内の壁だったのだが。


「だけど、ヒーローになるには〝敵〟が足りないな。人類を危機に陥れる絶望を救ってこそ、僕は真のヒーローになれるんだ」


 やがてその足は、もと来た道をたどりはじめる。


「ああ、良いことを思いついた。近くにあるゲートをすべて破壊して、街をたくさんの魔物に襲わせよう」


 彼は自分の名案に喜びの笑みを浮かべると、ダンジョンの出口へと踏みしめるように向かう。しかし、背後の翼が大きすぎて洞窟内につっかえてしまった。


「……邪魔だな」


 鷹城は洞窟の壁へと手を掲げる。すると、翼から魔法陣が次々に現れ、壁へと一斉に光を放出した。


「これでよし……」


 壁には簡単に穴があき、その先には外のダンジョンのゲートが視認できる。


「僕がこの世界を救うヒーローだ」


 呟いた彼の目は虚ろだったものの、しっかりと光は宿っている。


 その目に映るのは、彼だけが視る最高の未来――。


『急ぎとはいえ、選別が不十分だ』


 そんな鷹城の後ろ姿を、卵の中の存在は容赦なく見つめていたが、その鋭い視線は、奥の方で足掻いている茜へと向けられる。


『生命力が強いな。祖先は鬼のたぐいのようだ。何代にもわたり人の血で薄めたか。だが……その内に秘める悪性までは封じきれなかったらしい。もはや人か鬼かすらも怪しい半端者。生き残れるかは悪運によるだろう』


 そして、次にその視線は洞窟内を見回した。


『この次元空間……我が寝ている間に、他の者たちが何か策を講じたのだな』


 やがて、とどろく独り言は止み、濃い魔力だけが卵から漂いはじめる。


『変異に相応しき者だけがいつか辿り着くだろう。明日か100年後か、はたまた、数時間後か』


 そして、その存在は眠るように目を閉じた。




 




 

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