第97話 (ステータス表示あり)

 黒井が鞘から抜き去った月影刀は、暗い洞窟内でも静かな光を反射していた。


 腰を落として刀を構え、目の前の敵を想定し一閃。


 その軌道もやはり、月明かりに照らされたような残影を空間へと残す。


 それは相手を殺すためだけの動作だったものの、どこか静謐せいひつな美しさを纏っている。


 のだが――、


「「「グギャギャギャ!!」」」


 周囲にいるゴブリンたちの汚い大歓声によって、それは一気に薄っぺらな見せ物になっている気がした……。


「……やってみろ」

「「「グギャギャ!」」」


 きっと悪気はないのだろう。むしろ、善意とやる気しかないはずだ。


 何故なら、ゴブリンたちはその細腕に刀を持つと、黒井の命令どおり見様見真似で一心不乱にそれを振りはじめたからだ。


「グギャ! グギャ!」

「グッッギャー!」

「グギャギャ!」


 しかし、それらは黒井の見本とは似ても似つかないチャンバラごっこ。


「いつになったらマシな振り方になるんだ……」


 実は――、黒井がゴブリンたちに剣術を教え始めてから既に数日が経っている。


 しかし、ゴブリンたちの太刀筋はなかなか上達しなかった。


 そんな状況に、気が遠くなるような目眩を感じ、思わずため息が漏れる。


「まぁ、仕方ないか」


 それでも、自身にそう言い聞かせて根気よくゴブリンたちへの剣術指導を続ける黒井。


 角がある魔物はスキル【雷の支配】によって従属させることができるが、それだけでは戦力にならないことが分かったからだった。


「やっぱ武器によるスキルの修得は、格闘術よりも難しそうだな……」


 ゴブリンに持たせている大量の武器はジュウホに作らせていた。そして、今後は刀だけでなく弓矢や槍なども試すつもりではあったものの、現状をみる限り他の武器も大差ない気はする。


 それでも、ゴブリンたちが武器を扱うスキルを修得できたなら、それは戦力増強になるだろう。


 実際、魔法を扱うゴブリンメイジなんていう希少種だっている。


 可能性がないわけじゃなかった。


 そんな時。



――月の力が消失しました。



 突然聞こえてきた天の声。


 何事かと思ったが、すぐにセレナ・フォン・アリシアから勝手に受けた【月の加護】が効力を無くしたのだと理解する。


「あれから、一ヶ月が経ったのか」


 【月の加護】は一ヶ月しか保たない。つまり、セレナ・フォン・アリシアと出会ってからそれだけの時間が経ったということ。


 そしてそれは、ランクSを目指してから一ヶ月が経ったということでもあった。


「ランクSには成れてないが、角に悩まされることはなくなったな」

 

 黒井が現在所持する月影刀。その効果により、【月の加護】がなくとも額から角が突き出てくることはない。


 角を隠すことにおいては散々苦労してきたため、目標は達成できていなかったものの、これまでの日々は無駄ではなかったのだと実感する黒井。



――月の力が消失し、暗夜になりました。



 そんな感慨に耽っていると、不可解な天の声が聞こえた。



――現在【名も無き洞窟】で支配している鬼の数が百を超えています。

――占領条件『百鬼夜行』をクリアしました。

――【名も無き洞窟】を占領しました。

――《雷の陣営》が解放されました。

――称号【雷帝】を修得しました。



「は?」


 怒涛の声に黒井は固まるしかない。そして、そんな彼を置いてけぼりにして天の声はなおも喋り続ける。



――《雷の陣営》に塔を設定します。

――【名も無き洞窟の主】に称号【雷の塔】を与えました。

――【雷の塔】により、周囲にある別ダンジョンへ侵攻が可能となりました。



「……は?」


 その置いてけぼりはもはや、いつもの事・・・・・ではあったものの、やはり慣れることはない。


 ただ、これまでの経験則から、何かしらの〝変異〟が起こったのだろうという理解には至れた。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


【黒井賽】/『≠aaaa』

種族 :鬼人

職業 :治癒魔術師/裏回廊の支配者

レベル:130

筋力 :1350

器用 :1130

持久 :1200

敏捷 :1400

魔力 :1600

知力 :1550

精神 :1650

運  :150

《スキル》

 回復魔法・覚醒魔法・治癒術・抗体術・剣術・弓術・鎚術・槍術・反射・制限解除・鬼門・雷の支配・鬼の芽・格闘術・殺気・雷付与・無限軌道・隠蔽・霊験投影:雷紋・飛雷神・鬼の外套・我道・冷酷・裏鬼門

《称号》

 魔眼08・ゴブリンスレイヤー・避雷針・雷の眷族・鬼の王・殺戮者・深淵への挑戦者・戦車・雷サージ・雷帝

《雷の陣営》

 拠点数:1

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー




 そうやって黒井がステータスを確認していると、


『王よ。旗揚げおめでとうございます』


 目の前に【名も無き洞窟の主】であるオーガがやってきて跪いた。


「旗揚げ……?」


 思わず首を傾げると、オーガはサッと醜悪な顔をあげる。


『王が、この世界を征服するための第一歩を見ることができ感慨無量です。そして、私がその足がかりを担うことができ嬉しく思っています』

「……待て。俺を置いて順応するな。まずは――」


――説明をしろ、と言いかけたのだが、


『わかっています! 〝まずは〟景気づけに一つダンジョンを制圧し拠点にして参ります! 全員、戦闘態勢を取れええ!!』


 オーガは勢いよく立ち上がると、ゴブリンたちに向かって吠えるように号令をかけたのだ。


「「「グギャギャギャーー!!」」」


 洞窟内が揺れるほどの雄叫びが響いた。


『この度、王が旗揚げをなさった! 我が陣営はこれより他のダンジョンへと攻め込み、王が真の王である証明をする! 角を掲げて殺意を抱け! 我らの王こそが真の支配者であることを奴らに教えてやれ!!』


「「「グギャギャギャーー!!」」」


『歯向かう者はすべからく殺せ! 立ち向かう意思など完膚なきまでに破壊しろ! 蹂躙こそが我らの勝利だと知れ!!』


「「「グギャギャギャーー!!」」」


『我らが進むべき回廊を敵陣へと繋げよ! 鬼門!!』


 オーガが唱えると、見覚えのあるゲートが出現した。


『目指すはダンジョン最奥! そこに居るであろうボスを倒し、ダンジョンコアを制圧する!! 進めぇえええ!!!』


「「「グギャギャギャーー!!」」」


 オーガを先頭にして、ゲートへと突っ込んでいくホブゴブリンやゴブリンたち。


 黒井はその様子を、呆気にとられて見ていることしかできなかった。



――《雷の陣営》が他のダンジョンへ侵攻しています。



 数秒遅れて聞こえてきた天の声に、思わずこめかみを手で抑える黒井。


「他のダンジョンってなんだ……? まさか……治安維持されてる他のダンジョンのことじゃないよな……?」


 その不安に、彼の心は「違ってくれ」とただひたすら願っていた。

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