第91話

『主君! お待ちしておりました!』


 そこには待ち構えたかのように出迎えるノウミ、ジュウホ、ヒイラギの烏帽子三人衆。ただ、彼らの姿は人間ではなく、元の鬼の姿に戻っていた。


『むっ? 主君、その者たちは一体……』


 しかし、そのことを訊くより前に、烏帽子三人衆は黒井が連れてきたゴブリンたちに反応を示してしまう。それは、人と人が初めて邂逅するときの戸惑いではなく分かりやすい敵意。彼らは崇拝する主君が連れてきた、という事実がなければ、今にでも飛びかかって殺そうとするかのような殺気が瞬時に向けられる。


「グガガ……」


 そのことにオーガも気づき、鬼門を通ってきたホブゴブリンたちと共に烏帽子三人衆と敵対心を顕にした。


「ジュウホ、頼んでた武器はできてるか?」


 しかし、黒井はそんな空気を無視して烏帽子三人衆の一人のジュウホへと問いかける。彼は魔物同士の初対面とやらがどういうものなのかを知らない。もしかしたら、今にも殺し合いが起きそうなこの空気こそが彼らなりの挨拶かもしれなかった。そう考えれば、無粋な口出しは無用だと考えたのだ。……まぁ、黒井にとっては彼らが殺し合いをはじめようがあまり興味がないだけだったのだが。


『はっ!! 主君に頼まれました武器できているでござりまする!』


 ジュウホはそう返事をし、走ってどこかへ行くとしばらくしてから戻ってきた。その腕には布で包まれた長物が抱えられている。片膝をついて頭を垂れ、それを目の前で献上された黒井は布を広げて中身を確認。たしかジュウホに頼んだのは、雷付与にも耐えられる武器、棍棒……だったのだが。


「ジュウホ……刀はやめろって言ったよな?」


 そこに現れたのは、分厚く巨大な一振りの刀。


「ち、違うでござる! たしかに刀の形をすこーし模しておりますが、主君の言う通り、叩くことを意とした武器でござりまする!」


 ジュウホは顔をあげて咄嗟にそう釈明する。それを受けてよく見れば、一見刀のように見えるものの、その武器には刀特有の湾曲はなく斬るための刃もない。


 たしかに、『刀』というよりは『分厚い平鋼』というのが正しい外見。ただ、黒井の中で想像していた棍棒とは似ても似つかなかっただけ。色は黒と白を基調としており、それが刃に見える模様だった。握る柄の部分には刀と同じ装飾が施されており、それも刀と見間違う要因。


 たしかに刀ではない。しかし、明らかに刀の思想が入り混じった武器ではある。


「分厚いが……この平たさじゃ耐久性に欠けるんじゃないのか?」

『問題ないでござる! 主君より賜った素材がかなりの硬さを誇っておりましたゆえ!』


 それを手にとってみると、外見からは想像もできないズシリとした重量があった。試しに【雷付与】を施すと、まるで黒井の魔力を吸い取るように振動し、黒い刀身を青白く光らせる。


『しゅ、主君! それは待つでござりまする!!』


 その光の切れ端がバチバチと放電し、近くのジュウホにまで伸びた瞬間、武器は黒井の意思とは関係なくジュウホの顔面に向かってをその刀身を殴りつけたのだ。


「ガッっ!!」


 衝撃にうめき声を漏らすジュウホ。勝手に攻撃をした武器に黒井が驚いていると、ジュウホは殴られた部分を手で抑えながら黒井を見上げる。


『しゅ、主君の魔力……雷の特性による攻撃対象への誘導術式を付与して、ござりまする……』


「なるほどな? ターゲット機能みたいなものか」


 雷付与をした途端、武器は吸い寄せられるようにジュウホを殴った。力を加えて振るえば攻撃の命中精度は下がるため、それは良い機能ではあるなと感嘆する黒井。


『その武器は、空間において対象に向かうための最も良い軌道を作り出しまする。それ故、敵からしたら回避不可能』


 黒井は今度、その武器を振りながら雷付与を施した。その眩い閃光軌道は雷の如く空間をギザギザに走り、ジュウホの顔面手前で停止。


『主君が全力で振っても必ず当たる……打撃武器でござりまする……』


 遅れて、ジュウホは言いながら後ろへ尻もちを着いた。


 見た目に関しては注文とは違ったものの、黒井はその武器に一つの満足感を得る。そしてテキスト文を開くと――。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

落雷刀らくらいとう

 雷の力を宿した刀。特殊な魔力充填により必中機能を可能とする。しかし、その代償として斬れ味を落とす。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 


「いや、刀じゃねぇか」


 打撃武器と宣ったジュウホの説明とは違い、刀という文が目に入りそのままジュウホを殴る黒井。


『がぁあ!! なぜ主君にはすぐバレるでござるうう!?』


 殴られたジュウホは、その場で痛みを堪えるようにもがいた。


「……しかも、魔力充填で威力が落ちるようできてるみたいだが?」


 黒井の詰問に、ジュウホはハッと顔をあげて首を横に振った。


『そ、それは刀としての斬れ味が落ちるということでござりまする! いわば、なまくら刀!! なまくら刀は打撃武器と変わりないでござりまする!! だから最初から刃の部分を作らなかったでござるよぉ!!』


 ジュウホの説明に黒井はため息。前に作って貰った手甲もそうだったが、ジュウホは都合の良いように嘘を吐く悪癖があるらしい。


「まぁ、なまくら刀が打撃武器っていう結論には同意だが、分類が刀なら使うスキルは剣術になるだろ。説明に嘘は吐くなよ」


 やがて、黒井は落雷刀を持ち上げると、次に浮かんだ疑問を呟く。


「というか、この大きさはどうやって持ち歩くんだ」


 そんな疑問に、ジュウホは痛みに耐えながらも布のなかからジャラジャラと鎖を取り出してみせた。


『これを肩掛けのベルトにして背負うでござる……!』


「背負ったら抜きづらいだろ」


『背負うのが格好いいのでござ――いえ、その大きさは背負うしか方法がござりませぬ! 作っているときはそこまで頭が回らなかったでござる! これはしたり!!』


 もはや、本音が漏れ出るジュウホに呆れるしかない黒井。


 要は、格好良さに負けて刀を模し、格好良さに負けて背負うしかない大きさにでもしたのだろう。ジュウホは職人としての腕はあるのに、色々と残念な側面があった。

 

「まぁ、いい……」


 それでも、黒井が求めた『雷付与にも耐えられる武器』という部分はクリアしているため結局許すしかなく、黒井は落雷刀を背負う。


 その姿に、ジュウホだけじゃなく、ノウミやヒイラギ……さらにはゴブリン部隊たちからも息を呑むような反応が返ってきた。


 バカでかい武器というのはロマンではあったものの、黒井からしてみれば実用性を欠いた愚かな選択でしかない。だからこそ、自分だけはそうなるまいと思っていたのだが、まさかこんな事になるとは思ってもみなかった。


 やがて、黒井はそのまま迷路のような回廊へと足を進める。


『主君、一体どちらへ向かわれるでござりまするか?』


 その行動にノウミが声をかけてきた。


「用事があるんだ」

『用事とな? 私めもご一緒致しまする!』

「いや、付いてくるな」


 ノウミの提案を黒井は却下。それに立ち上がろうとしていたノウミはピタリと止まるしかない。


『仰せの通りに……。それと主君、奴らはどうするのでござりまするか?』


 ノウミのいう奴らとは、【名も無き洞窟】から連れてきたゴブリン部隊のことだろう。取り敢えず連れてきたはいいものの、黒井の頭には彼らの処遇までは考えられてなかった。


「適当に相手しといていいぞ。お前ら、仲悪そうだしな」


 烏帽子三人衆とゴブリン部隊との険悪な対立を察してそんな事を言う黒井。それに、両陣からは抑えられていた殺気が膨れ上がった。


『では……殺してしまってもよろしいのでござりまするか?』


 そんなノウミの確認に黒井は頷く。途端、彼らの視線は黒井から離れ、殺すべき相手へと向けられた。


 そのまま黒井はその場所から離れると、かつて鬼化しながらさまよった回廊を進む黒井。


「俺の推測が正しければ、この回廊のどこかに居るはずだが」


 同じような景色が延々と続く回廊。その規模を、黒井は未だ隅々まで調べたことはない。それでもかつての彼が最奥にまでたどり着くことができたのは、鬼化が進行するにつれ進むべき方角が分かったからだ。


 それを〝誘導〟と仮定するのならば、進むべきでない方向に何かを隠すこともできる。よくあるゲームクリア後の隠し要素、というのが近い認識。無論、そんな要素がこの回廊においてあるのかどうか疑問ではあったものの、黒井は確信にも近い直感を持っていた。


 いや、それは直感というよりは理屈かもしれない。



――オマエは既に別の超越者によって変異している。



 思い出されるのは、アビスゲートでハヌマーンに会った時の言葉。そして、次に思い出したのは経験値と引き換えに見た何者かの記憶。


 黒井がこの回廊に初めて来たとき、天の声は「鬼の芽が宿った」と言っていた。その時は何のことか分からなかったものの、鬼の芽はスキルなのだと後々になって知った。


 なら、黒井にスキル【鬼の芽】を使用した者がいなければおかしい。


 それは最奥にいたノウミたちではないだろう。そこに封印されていた【回廊の支配者】でもないはず。そして、この回廊をさまよっていた鬼のどれかでもない。


 その存在を、黒井はアビスというシステムそのものだと思い込んでいた。しかし、ハヌマーンと出会いその考えを改めることになった。


 ハヌマーンやガルダがそうであったように、自分たちで空間を作り出し、自分たちが選んだ変異体を待つ者。彼らの言葉を借りるのならば、それは超越者という存在。


 だから、黒井の推測によれば、この回廊のどこかに居なければおかしかったのだ。


 黒井を変異させた超越者が――。


 彼の脳髄に秘められた角は、まるで方位磁針のように最奥を示し続ける。それに抗って反対を進むと、理由のない気持ち悪さに襲われた。そして、その感覚こそが黒井に強い確信を与え続ける。迷路のような回廊を、引き返したくなるほどの嫌悪感に苛まれながら迷うことなく進む黒井。それは、霊感を持つ者が「近寄りたくない」と感じるインスピレーションと似ているのかもしれない。


 やがて、黒井はその根源と思わしき場所に辿り着く。


 それは、最奥とは真反対に位置する場所。回廊から少し離れた水面に浮かぶ大きな祠。


 その祠を見つけた瞬間、黒井はかつてその祠を何処かで見たような気がした。しかし、それが何処だったのかまでは思い出せず、黒井は頭を振ってその感覚を頭の隅に追いやる。


 それからトンッと跳躍し祠の前に降り立つと、両開きの戸に手をかけ強くその戸を開いた。


 中はそれなりの広さがあったが、灯りはなく暗い。密閉された空間内には、埃臭い淀んだ空気が溜まっていた。


 それでも、誰かが奥にいる魔力だけは察知することができた黒井。


「あんたが、俺を変異体にした超越者ってやつか?」


 その問いに答える声はなく、沈黙が続いた。黒井は背中の落雷刀に手をかけると、いつでも戦える臨戦態勢をとる。


 それに反応するかのように、ボゥッと奥で蠟燭に火が灯った。それは祠内を照らす照度はなかったものの、奥にいる存在を視認させるほどには明るい。


「超越者? わしはそんな崇高な存在ではない」


 声とともに暗闇から浮かび上がったのは、白い装束しょうぞくを纏う白髪の女だった。女は床に敷かれた座布団にあぐらをかいており、その額には予想通り二本の立派な角が生えている。その肩には、見覚えのある刀が寄りかかっており、それが月影刀であることに黒井は気づいた。


「わしはただの鬼じゃ。数え切れぬほどの人間を殺した悪鬼」


 女は真っ直ぐに黒井を見つめると妖艶に微笑みながらそう言った。その両目は色の違うオッドアイであり、右目は青く目立っているものの、左目は普通の人間みたくパッとしない茶色。まるで……左目だけを普通の人間の目と交換したかのような不自然さがそこにはある。


 女は自身を悪鬼と言ったが、そこに劣等感は微塵も感じられなかった。


「残念じゃったな? お主に力を与えた者が崇高な存在ではなくて」


 むしろ、悪鬼であることを受け入れ、喜んでいるかのような笑みすら浮かべていた。

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