第85話
「やっちまった……」
魔力測定器の破損。それが、どれほどマズイ事なのかを黒井は何となく察していた。
頭に浮かんだのは弁償の二文字。……いや、魔力測定器自体日本に多くあるわけじゃなく、これが弁償で済む事なのかすら想像もつかない。その二文字はやがて賠償という文字に変わり、脳内では手錠をかけられ牢屋にぶち込まれる未来までが鮮明に脳内予測されていく。
そして、そんな未来を拒否するが如く、黒井の頭は現実逃避を行い、思考停止している数秒の間に事態はさらに深刻さを増した。
魔力測定を行っていた検査官が、測定器から漏れた魔力に充てられたからだ。
「まずいな……」
黒井はすぐに漏れた魔力を魔法へと昇華しようとする。そうすることで漏れた魔力を消し去ろうとしたのだ。しかし、寸前で彼は躊躇ってしまった。こんなところで魔法を使ったりすれば、それこそ危害を及ぼそうとしたと誤解されても仕方なかったから。
それでも、検査官が倒れた時点で黒井は意を決すしかなく、
「南無三……!」
漏れた魔力で【雷付与】を発動。瞬間、室内に微量の電気が走る。それは黒井のコントロールによって人への感電は避けたものの、魔力を込めていた魔力測定器の水晶は大きな破裂音を立てて完全に大破した。
「……」
室内には焦げ臭い臭いと煙が充満し、そこに立っていた者たちはあ然としたまま動けずにいる。
事の経緯を正しく説明するのなら、検査官が黒井に「魔力を込めて貰えますか?」と言ったことが発端。そして、水晶から漏れた魔力が普通の人間にこれ以上の害を及ぼさないよう、やむ無く魔法を使った――という順番なのだが、
「お、お前! 何をしたッッ!!」
無論、その場の状況では信じてもらう事も、それを弁解する暇すら与えられず、黒井は警備にあたっていた探索者たちに取り囲まれてしまう。
いっそのこと逃げてしまおうか……? そんな考えが頭をよぎったものの、黒井は自身を戒めて両手を上げた。
探索者たちは緊張の面持ちで取り囲んでいたが、黒井が無抵抗を示した瞬間に飛びかかってくる。そのまま倒された黒井は、数人の探索者たちに抑え込まれた。
「まずいな……」
その状況に、黒井は天井に向かって不安を呟くしかない。
やがてランク昇格試験会場は、蜂の巣をつついたような騒ぎへと発展していく。
黒井の誤解が解けたのは、検査官の男が目覚めてからなのだが……その時には既に、『ステータスを偽った探索者が測定室で暴れた』という噂が広まりだしていた。
◆
「俺、このまま捕まったりしないよな……」
予測した未来へと着実に近づいた黒井は、施設内にある狭い部屋に閉じ込められたまま頭を抱えていた。
扉の前には警備の探索者が二人いて、そんな黒井の様子を小窓からジッと監視している。既にあの瞬間に起こったことは扉越しに説明したのだが、いくら待っても事態が好転する兆しが一向に見えない。
そんな時だった。
「――黒井さん?」
ふと、名前を呼ばれて顔を上げる黒井。その声には聞き覚えがあった。
「茜さん?」
小窓から顔を覗かせていたのは時藤茜。彼女の驚いた瞳が黒井を見つめていた。
「え、どうしたんですか!? その髪!!」
そんな彼女が最初に口にしたのは、黒井が閉じ込められている状況ではなく、変わってしまった髪の色について。それを説明しだすと話が渋滞するため、何から言おうか迷っていると今度は小窓から白髪頭の男が顔を覗かせた。
「黒井賽さんですね? 私は探索者協会会長の
「探索者協会会長……」
大貫は険しい顔つきで黒井を見つめてくる。
「通常なら、黒井さんの疑いを晴らすほうが先なのですが……あなたが本当に魔力測定器を壊すほどの探索者であるのなら話は変わってきます」
「と、いうと……?」
「厳重な警備のもとで先にランク昇格試験を行いましょう。そこには私も立ち会います。そこで黒井さんの実力がステータス通りランクA以上あると認められれば、それも無実を証明する材料になるはずです」
その言葉に黒井は安堵する。
「分かりました」
その後、警備の者たちに取り囲まれながら再び試験会場へと移動する黒井。
「そういえば、なんで茜さんがここに?」
その途中、時藤茜がいることを本人に質問してみる。
「ああ、私が黒井さんの模擬戦闘試験を担当することになったんです」
それに茜はそう答えてから、
「私も黒井さんにはお聞きしたいことがたくさんあります。髪のこともそうですけど、なんで昇格試験を受けに来たのかとか……あとは、なんで犯罪者みたいな扱いを受けてるのか、とか」
不思議そうに小首を傾げる茜。どうやら、彼女は事態の説明はされずに連れてこられたらしい。
とはいえ、名実ともにランクAの探索者と模擬戦闘ができることは、黒井にとってありがたいことだった。
それは大貫の言葉通り、実力を示す良い機会だったからだ。
「一応言っておきますが、手加減はしないで下さい。八百長の疑いまでかけられたくはないので」
念のためそう告げると、茜は自信満々に笑い、
「大丈夫です。それに私――黒井さんの実力をちゃんと見てみたかったんです」
真剣な眼差しで黒井を見つめ返してくる。その瞳には何故だか……黒井ではない〝誰かの面影〟が写っているようにも思えた。
その視線の先は黒井の頭部。
……セレナ・フォン・アリシアとの戦闘時、茜に角が見られていたのかどうかを黒井は知らない。いや、見られていたかもしれないが確かめられてはいない。もちろん、「あの時何か見ましたか?」なんて墓穴を掘るような質問ができるはずもなく、見られていないことを願って黒井は素知らぬフリをするしかない。
だから、その視線は髪の色が変わったことによるものだろうと決めつけて考えないように徹するしかなかった。
そして……もしも見られていたなら――時藤茜には話すしかないだろうとも覚悟する。
いずれにせよ、
「俺も手加減なしでやりますね」
紆余曲折したランク昇格試験は、ようやく模擬戦闘試験にまでこぎ着けることができたのだった。
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