第84話
「いいか? 探索者っていうのは怒らせたら何をしでかすか分からない。たとえ相手に明らかな悪意があると分かっていても、穏便に事を運ぶべきだ。こっちにはその悪意に対して措置をする準備があるからな」
探索者協会に務める
「わかったら戻っていいぞ」
そして、疲れたように息を吐いた。彼はそそくさと受付へと戻っていく事務員を見ながら、目元の筋肉を指でほぐすように強く摘む。
「ったく……探索者の相手をしてるだけでも大変だってのに……」
海枝は、かつて探索者になることを夢見ていた。
魔力を覚醒させ、普通の人とは違う強大な能力を持ち、人類の敵に立ち向かう者――。そんな探索者に対して、彼は強い憧れを抱いていた。
しかし、彼に魔力と呼ばれる不思議な力が宿ることはなかった。お金を払い自主的に魔力測定を幾度行っても、その数値が0から変動することはなかった。それでも……いつか魔力が覚醒する期待を捨てきれず、海枝はその道へと進み、今ではこうして探索者協会の事務員として働いている。
そして、その場所で働き始めてから、海枝の探索者に対する印象というのは日に日に落ちていくことになった。
言うなれば、〝理想と現実〟といったところだろう。
今の彼にとって探索者という生き物は憧れを抱くような格好いい存在ではなく、普通の人間を簡単に殺してしまえるような危険な存在になっていた。こうして、しがない事務員として働いていても対応を間違えたら死ぬ可能性すら覚悟しなければならないほどに。
海枝は、探索者を怒らせて大怪我をした同僚を何人も見てきた。
彼らは海枝が望んでも手に入れられない能力を持ったにも関わらず、その力を測定したあとで不満を漏らし、納得できない感情を暴力によって収めようとすることがある。その力は、不満を漏らすほどに低かったとしても、普通の人間にしてみればあまりにも強すぎた。
「黒井賽、か……何かあればすぐに取り押さえてもられるようにしておかないとな……」
そう呟いた彼は、魔力測定時に警備の者を増やしてもらえるよう上に要請。この、警備の者たちもまた、『探索者』に分類される魔力を覚醒させた者たちだった。とはいえ、企業所属ではなく探索者協会に務めている時点で彼らの実力というのは、たかが知れている。
それでも、悪意を持ってやってくるような低レベルの探索者くらいには対応できるだろう。
やがて、騒ぎの原因でもあった
「――黒井さん、どうぞ」
そして、大人しく待合室の椅子に腰掛けていた彼を呼び、魔力測定を行う部屋へと案内。
そこには、要請通り警備の者たちがいつもより多く配置されていた。
その中央にある魔力測定器。それは水晶の形をしており、魔力を持つ者が手をかざすと強制的に魔力を引き出す特性を持っている。そうして引き出した魔力から、探索者の体内に存在する魔力量を逆算するらしい。……まぁ、海枝は中の構造を詳しく知っているわけじゃない。その技術というのは機密情報でもあるブラックボックスだったからだ。上から言われているのは「水晶を割ったら首が飛ぶ」という脅しだけ。もちろん、怒った探索者が割った事例もあり、その探索者がどうなったかなど想像に容易い。
「では、水晶に手をかざしてください」
海枝は数値が表示される機械と対面して黒井にそう促す。
まぁ、200……は流石に盛り過ぎか?
魔力測定をするとき、海枝は表示される数値を予測をする遊びをしていた。今、彼の目の前にいる黒井という男は【治癒魔術師】という職業であり、前回の測定から約2年以上も間が空いている。その時の数値は150だった。そこからレベルを上げていたとしても、ヒーラーが飛躍的に強くなるとは考えにくい。そして、もし仮に飛躍的に強くなっていたとしたら、未だにランクCであるはずがない。
つまり、海枝からしてみても黒井賽に対する評価は、受付で対応を行った事務員と同じ〝冷やかし〟だった。
そもそも、黒井賽の記入通り魔力数値が1000を超えているのならば、そこにある魔力測定器では測定することができない。表示される数値は999が最高であり、桁が変われば『
もちろん、魔力測定器が『ERROR』を表示させた事など見たことも無ければ、日本にいおいてその実例すらない。
黒井賽が魔力値1000である可能性は、彼がヒーラーであるという事実を抜きにしてもあまりに低い可能性だったのだ。
しかし――、
『ERROR』
「……ん?」
黒井賽が手をかざした直後、機械が数秒沈黙したあとでERRORの文字を表示させた。
「あー、すいません。一度手を離してもらえますか?」
海枝はそれを測定器の不具合だと決めつけ、黒井に一旦手を離すようお願いをする。
その後、軽く点検をして測定器が正常である事を確認してから再び手をかざすよう指示した。
『ERROR』
「……ひょ?」
二度目のERROR表示に、思わず変な声が出してしまった海枝。
その瞬間、「まさか……」という予感が彼の脳裏によぎる。しかし、「そんなことが本当にあり得るわけがない」とすぐにその可能性を否定。
「あの……もし良ければ、次は自分から魔力を水晶に込めて貰えますか?」
「え? はい、わかりました」
黒井賽は首を傾げながらもそれに承諾。海枝は、機械の不具合をどう上に報告すべきかだけを考え、数値が表示される場所を注視する。
――途端、バリンッッ! という甲高い音が室内に響き渡った。
その音に驚いて顔を上げると、黒井賽が手をかざした場所を起点にして、水晶にヒビが入っている。
「なっ……!?」
そのとき、海枝は黒井賽が意図的に水晶を破壊したのかと思った。だから、警備の者たちが彼を取り押さえるだろうと考えて警備の者たちに視線を向ける。
しかし、いつもより多く配置してもらった警備の者たちは全員呆然としていた。その目は驚愕によって見開かれており、身体は微かに震えているようにも見える。
「海枝さん! 割れた場所から魔力が漏れてます! 早く部屋から出てください!」
その中の一人が、慌てたように声を張り上げた。
海枝は突然の事態にわけが分からず硬直するだけ。それでも、吸い込んだ空気は何だか重く、なにかとんでもない事が起こったことだけは理解できた。しかし、即座に反応するにはあまりにも予想外のこと過ぎて、海枝の身体は動かない。
やがて、彼の視界は眩み始めたのだ。
「ま、さか……本当に……」
全てを理解した海枝が最後に見たのは、機械が魔力値を表示する場所。
そこには……紛れもなく『ERROR』の文字が表示されていた。
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