第83話
――少し前。
「こんなところでいいか……」
黒井は、事前に提出しなければならないステータス欄において小一時間ほど悩んだ挙げ句、最終的には無理やり納得することによって諦めの記入を終えた。
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【黒井賽】
種族 :人
職業 :治癒魔術師
レベル:120
筋力 :1250
器用 :1030
持久 :1100
敏捷 :1300
魔力 :1500
知力 :1450
精神 :1550
運 :150
《スキル》
回復魔法・覚醒魔法・治癒術・抗体術・剣術・弓術・鎚術・槍術・反射・格闘術・雷付与・無限軌道
《称号》
魔眼08・ゴブリンスレイヤー・避雷針・戦車
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それは、回廊に関することや鬼であることを省いた嘘のステータス。
とはいえ、ステータス明記は試験内容との照合に過ぎないため、レベルや魔力値などは事実を書くしかない。ただ、逆にいえばそれ以外は真実を書こうが書かまいが本人に委ねられているところがあり、一応『後に記載事項の虚偽が発覚した場合はライセンスを剥奪される可能性があります』という脅し文句があるのだが、黒井は事実をそのまま記載するわけにはいかなかった。
もちろん……、
『先日、アビス内のランキング1位が『≠aaaa』という、謎の探索者によって塗り替えられた事実について、各国の首脳は次々と声明を出しており、その内容は一貫して『≠aaaa』に向けて情報開示を求めるといったものです。日本もこれについて「分からない脅威は、魔物と戦う全ての者たちを不安にさせている」と発表しており――』
待合室のテレビから流れているニュースを見ていると、アビス内のランキングに登録してある名前も迂闊に記入するわけにはいかない。まぁ、黒井が『≠aaaa』であることは、アビスゲートに一緒に潜ったユジュンにバレているはずなのだが、ニュースを見る限り秘密にしてくれているらしい……今のところは。
「指名手配とかされる前にランクSにならないとな……」
そう決意した黒井は受付へと向かう。
「では、ライセンスとステータス書類の提出をお願いします」
受付に座る事務員は、透明なボード越しに黒井をチラリと見やると無愛想なセリフを作業的に吐いた。それに黒井が頷いてランクCのライセンスと先程記載したステータス書類をボードの下から提出。
その後、ライセンスを見ながらカタカタとパソコンを操作していた事務員は、ステータス書類を手に取ったあとで動きを止めた。
「……」
やがて、ボード越しに再び視線が黒井へと向けられる。その視線には呆れのような蔑みの感情が見て取れた。
「……ここに書いてある文字が読めますか? 試験には魔力測定があるので、嘘を書かれると困るのはあなたですよ?」
事務員が指で指したのは、やはり虚偽の記載を咎める文。
それに黒井は頷くしかない。
「魔力値は正しく記入してます」
「では、数値の確認をお願いします。桁を間違えていますよ」
ボード下から突き返されたステータス書類。それを黒井は見たものの、やはり間違えてはいなかった。
「合ってますよ」
再びボード下に滑り込ませる書類。それに事務員は、書類ではなく黒井をまじまじと見つめてくる。
「……あの、私は探索者ではないですが、ランクCのステータス数値くらいは知ってますよ? しかも……あなたヒーラーですよね?」
事務員はなるべく丁寧な口調を努めていたようだが、声音には明らかなイラ立ちが滲んでいた。
「確かにランクはCでヒーラーですが、記入に間違いはありません。試験をお願いします」
それでも黒井がそう言うと、事務員は額を手で覆った後でわざとらしいため息を吐いた。それに、周囲の人たちが何事か? と視線を向けてくる。
「あの……忠告しておきますが、黒井賽さん以外にもよくいらっしゃるんですよ? ランク昇格が望めないサポーターやヒーラーの探索者が、冷やかしでここに来ることが。彼らは軽はずみな行動のせいで探索者生命を絶たれます。これは、れっきとした営業妨害だからです」
事務員は、周囲にも聞こえる大きな声でそう言いきった。それに、事務所の奥から他の事務員までもが歩いてくる。
「どうしたんだ?」
「この方が、でたらめなステータス書類を提出してくるので困っているところです」
その事務員は眉をひそませたあと、黒井が提出したステータス書類を手に取り目を通す。それから、チラリと周囲を見たあとでその視線を黒井へと移した。
「黒井さん、この数値に間違いありませんか?」
「はい」
「説明があったと思いますが、虚偽の記入はライセンス剥奪の恐れがあります。それだけじゃなく、社会的制裁も覚悟して貰わなければなりません」
「魔力測定をしていただければ正しいことを証明できます」
黒井がそう言うと、後からやってきた事務員は懐疑的な表情をしていたものの……やがて、
「……わかりました。では、魔力測定からご案内しますので、名前を呼ぶまでお待ちください」
そう言って承諾してくれた。それに黒井は安堵する。
それから、未だ攻撃的な視線を向けてくる事務員へと顔を向けた黒井は、すこし困ったような表情をしてから笑いかけた。
「まぁ、大丈夫ですよ。俺があなたの立場でも、こんな数値はデタラメだと思ったはずですから」
「はぁ?」
そんな反応を無視して、黒井は待合室の椅子へと腰掛ける。さっきの騒ぎのせいか、他にも試験を受けに来た探索者たちからの視線が痛い。それに耐えていると、数分経ってからようやく名前を呼ばれたのだった。
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