第81話
立て続けに鳴り響く天の声に黒井は目を覚ました。
――【最終ミッション】『姫奪還』をクリアしました。
――称号【伝説】を獲得しました。
――全てのミッションをクリアしました。
――【クエスト】『攫われた姫を救いだせ!!』をクリアしました。
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【クエストクリア】
魔王を倒し、姫までもを救出したあなたを多くの人々が称賛しました。あなたの功績は後世に語り継がれる伝説として残っていきます。やがて、あなたの存在は信仰の対象ともなっていくでしょう。
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最初に見えたのは玉座。そこに座る王様は黒井に向かって微笑んでいる。……いや、正確には、黒井を背負うユジュンに対して微笑んでいた。
黒井は、ユジュンによってここまで運ばれてきたことを理解。身体には疲れが残っていたものの、傷は完全に回復していた。そして、王の前には神秘的な雰囲気を漂わせる女性が一人。おそらく、魔王の城から救い出した姫様なのだろう。
どうやら、魔王を倒したあとのストーリーは、ユジュンが進めてくれたらしい。
天の声がクエストのクリアを告げているということは即ち、黒井がアビスゲートを攻略したことを指す。
衰弱していたはずの王様には活力が戻っており、親子の感動の再会に周囲の兵士たちが感極まって涙を流している。城内には壮大な交響曲が流れており、外からは人々の歓声が聞こえた。
そして、再び天の声。
――クリアポイントを集計します。
――称号【超新星】をポイントに換算します。
――称号【罪人】をポイントに換算します。
――称号【英雄】をポイントに換算します。
――称号【魔王討伐】をポイントに換算します。
――称号【伝説】をポイントに換算します。
――倒した全ての敵をポイントに換算します。
――最高難易度でのクリアを達成しました。ポイント換算率は200%です。
怒涛のポイント換算にゲシュタルト崩壊しそうになっていた黒井。そんな彼の思考を停止させる事実を天の声は最後に告げた。
――ランキング10位以内に入りました。
――現在のランキングは3位です。
「は?」
思わず漏れた声に、ユジュンがぴくりと反応。
しかし、黒井を驚かせたのはそれだけじゃなかった。
――ハヌマーンとガルダが反応しています。
――クリアポイントの修正が行われようとしています。
――ハヌマーンが称号【感謝】を生成しました。
――ガルダが称号【願い】を生成しました。
――称号をポイントを再度換算し直します。
――クリアポイントが大幅に変更されました。
――現在のランキングは1位です。
「は?」
二度目の
「起きたのなら降りてほしいんだけど……」
ユジュンはため息混じりにそんな要求をしてきた。黒井は我に返り、言われた通り彼の背中から無言で降りる。
「その様子だと、かなりランキングの順位が上がったみたいだね? まぁ、僕も予想より上がってて驚いてるんだけどさ」
ユジュンは言いながら凝り固まった身体を解し始めた。
「ちなみに……何位なんだ?」
おそるおそる聞いた質問。
「え? ああ、確認すれば分かると思うけど5位だよ」
「5位……だと……」
その
「最高難易度でクリアしたのが効いてるみたいだね。ここに入る前は8位だったから、三つも順位をあげたことになる。しかも、5位以内に入ったのはアジアだと中国に続いて2番目の快挙だよ」
ユジュンはすこし得意げに説明。
「ただ、5位以内なんて戦闘狂の集まりだから、またすぐに落ちるとは思うけど」
そして、肩をすくめて残念そうにもしてみせた。
「それで、おじさんは?」
ユジュンの言葉に黒井はどう答えるべきか迷った。黒井のランキング内での名前は偽名にしてある。嘘を吐いてもまずバレることはないだろう。しかし、そこまで考えた黒井は、「果たしてそうだろうか?」と自問自答をした。彼がもしも表示されているランキングから「黒井賽」という名前を探せば、すぐに違和感に気づくだろうことは簡単に想像できたからだ。
つまり、それはいずれバレる事実。
なにより、黒井はランクSになることを既に決意している。
なら、もう隠し事をするつもりはなかった。
「俺は――1位らしい」
――クエストクリアにより、間もなくゲートへ転送されます。
――カウントダウンが開始されました。
――00︰01:59
「そっか。まぁ、ここで起きたことを考えたら妥当かな」
ユジュンの反応は意外にもあっさりしたものだった。
「不公平だとは思わないのか?」
その問いに、ユジュンは不思議そうな顔をみせる。
「なんで? クリアできたのはおじさんがいたからでしょ? もっと自慢したほうがいいよ」
「自慢て……」
「ああ、そういえばおじさんが起きたら聞きたかったことがあるんだ」
そして、そんな事はどうでもいいとばかりにユジュンは話題を変える。
「魔王を倒すときさ、どうして僕を身代わりにしなかったんだい?」
今度は、黒井が首を傾げた。
「魔王を倒すとき……? あれが一番効率が良かっただけだ。俺は奴の攻撃に耐えられる自信があったからな」
その答えに、ユジュンは眉を寄せる。
「効率、か。あのとき……おじさんは死んでてもおかしくないと思ったけどね」
「所詮、死んでてもおかしくない程度だろ? 俺は死なない自信があったし、お前には回復魔法があった」
ユジュンは、すこし意外そうな顔をした。
「へぇ、僕がおじさんを助けると確信してたんだ?」
「確信してはいなかったが、そうなるのが一番効率が良いと思っただけだ」
「……死ぬかもしれない不都合を受け入れてでも?」
「二人とも生きるには、あれが一番都合が良かった」
やがて、黒井とユジュンの周囲が光に包まれはじめた。
カウントダウンは30秒を切っている。
「……なるほど。なんとなく理解したよ」
その中でユジュンは笑みを浮かべた。
「俺もお前に聞きたいことがある。魔王との戦いで、俺が詳細な説明もなく作戦を伝えたとき、なんですぐに了承してくれたんだ?」
黒井はあのとき、ユジュンに対して「考えがある」と言っただけだった。詳細な説明なんて一切していない。そして彼は、それに同意し自分が身代わりになる提案までしてきたのだ。共に戦ったと言っても、二人は所詮、偶然アビスゲートに居合わせた他人同士でしかない。そんな他人をあの局面で信用するのは誰にでもできることじゃなかった。
「言っておくけど、僕はおじさんを信用していたわけじゃない。コインの選択を信用しただけさ」
その疑問を、ユジュンは気もなく答えてコインを取り出してみせた。
「おじさんさ、ここに入る前……警備兵の人に絡まれてたよね?」
そう言われ、黒井はアビスゲートに入るときに警備兵から怪しまれていたことを思いだした。あのとき、ユジュンが「ランカーだ」と言ってくれなかったら、黒井は今でもアビスゲートに入れていなかったかもしれない。
「あの時、僕は面倒だから無視しようかと思ったんだ。でも、コインを投げて無視するかどうか決めてみたんだよ。表が出たら無視、裏が出たら助ける。そしたら裏がでた」
「それで助けてくれたのか……」
「僕はおじさんを知らなかったけど、裏が出たからランカーではあるんだろうなって思ったんだ。そして、おじさんとアビスゲートに入ることが僕にとって都合が良いんだろうなとも思った」
周囲の光が強くなっていく。眩しさに目が開けていられなくなり、視界は光によって埋め尽くされた。
「もう一度言うけれど、僕はおじさんを信用していたわけじゃない。でも、コインが選んだから、おじさんは信用に値する人間なんだろうと確信していたんだ」
それを最後に黒井とユジュンは転送される。
やがて気がつくと、黒井はアビスゲートの入口に立っていた。そして、そこにはユジュンもいる。
しかし、彼は会話をする意思はないようで、英語で黒井に「さよなら」を告げると、踵を返して去ってしまう。
黒井は追いかけようとはしなかった。聞きたいことは聞き終えていたからだ。
それに、もうそこはアビスゲート内ではない。自由な会話をするには、言語の壁が立ちはだかってしまう。
「他言語の勉強をしなおしたほうがいいかもな……」
黒井はユジュンの背中を見ながら、そんなことをポツリ。
そして、彼が持つ『能力』の異常性についても考えてみる。
もし、彼の言う通り全てがコインによる選択の結果だとするのなら――それはチートにもなり得る能力かもしれない、と。
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