第73話
ハヌマーンは、目下にいる変異体を哀れに思っていた。
力に溺れた者――。それこそが、彼が変異体に対して下した評価。
超越者から与えられた力をまるで自身の力であると勘違いし、傲慢にも自身が超越者にでもなったかのように振る舞う典型的な破滅者の例。そして厄介なことに、そういった者たちは破滅する際に周りをも巻き込む。
だからこそ、そんな変異体はここで殺さなければならない。
負けるなどとは微塵も思っていなかった。なぜなら、超越者と変異体にはどうしたって超えられない壁があったからだ。
それは、言うなれば〝支配する側〟と〝支配される側〟の違い。
いくら強い者でも、住む場所や生ける環境を奪われてしまえば存在することすらできなくなってしまう。ハヌマーンがこの空間の支配者である限り、目下の変異体がいくら強くても環境までを覆す能力はない。
だからこそ、ハヌマーンは勝利を信じて疑わなかったのだ。
トドメとして振り下ろした拳を止められるまでは――。
――魔眼08が反応しています。
――大幅なレベルの上昇により脳内の磁気が強くなっているため、角の再構成が行われます。
――角の再構成を行いました。
――霊格が上がりました。
――称号【避雷針】が反応しています。
――スキル【飛来神】が生成されました。
「……なんだと?」
ハヌマーンは拳を止められて声を漏らした。その戸惑いは、攻撃を止められたことに対するものではなく、変異体の気配が変わったことに対するもの。力一杯振り下ろしたはずの拳は、まるで硬い壁にでも打ち付けたかのように静止している。
その驚きは、すぐに動揺へと変わった。
――称号【雷サージ】を修得しました。
――スキル【霊験投影:雷紋】が解放されました。
最初に気づいた変化は地面だった。深い森の山中、戦いによって荒らされた地の表面はいつの間にか透明の液体によって覆われている。拳を振り下ろす度に上がっていた地割れは波へと変わり、土飛沫は水飛沫へと変化した。
「この水は……一体……!?」
そして、ハヌマーンが次に気づいたのは木々の葉だった。新緑に生い茂っていた葉はいつの間にか紅葉し色づいている。まるで狐にでもつままれたような劇的な変化にハヌマーンは周囲を見渡さずにはいられない。
不意にハヌマーンのはだけた肌がヒンヤリとした空気を感じ取った。瞬時に、紅葉は気温が下がったことによる変化だと理解する。見上げれば、空はいつの間にか夕暮れの橙色に染まっており、端の方からは青みがかった夜の闇が迫っている。
「一体……なにが……」
わけが分からぬまま周囲を見渡すハヌマーン。彼が集めた魔素濃度はそのままだったものの、風景だけが一変している。
それは、彼が創ったこの空間が、まるで別の空間に侵食されているかのようだった。
「おい、どこ見てんだ」
やがて、ハヌマーンはその声によって、風景が一変した原因を知ることになる。いや、本当は最初から気づいていたのだ。ただ……それに気づかぬフリをしていただけ。
彼は信じたくなかった。
――いくつかの称号が反応しています。
――高濃度の魔素に対するアンチスキルを生成します。
――称号【鬼の王】により、スキル【鬼王の
――称号【戦車】により、【我道】が生成されました。
――称号【殺戮者】によるスキル【冷酷】が生成されました。
――身体能力が正常に復帰しました。
――スキル【制限解除】を終了しました。
ハヌマーンが視線を声の方へ移すと、そこにはもう、彼が知る変異体はいない。
「キサマ……その姿は……」
変異体の髪は伸び、黒髪は白髪へと変化していた。額から生える角は黒く、その表面には緑色に光る角ばった路線紋様がいくつも走っている。その紋様は左眼まで張り巡らされており、眼前に浮かぶ拡大鏡へと光を供給していた。それだけではなく、変異体の身体からは膨大な魔力が漏れ、その魔力はまるで外套のような形を成していた。
ハヌマーンは、その姿にとある神の存在を彷彿としてしまう。
それは、インドに古くから伝わる善の鬼神――、
「……夜叉」
そこには、鬼でありながら静謐な雰囲気を醸し出す、異端な存在がハヌマーンを見上げていた。
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