第67話


――レベルが1あがりました。能力値が上昇します。



「やっぱり……経験値は全然違うな」


 レベルアップを告げる天の声を聞きながら、黒井は拳をほぐすように握ったり開いたりを繰り返した。そんな彼の背後には、頭部をひしゃげさせて横たわるアサルトベアが一体。


「にしても、序盤からこの強さか」


 黒井は今しがた倒したばかりのアサルトベアを眺めながら、この先で現れるであろう敵の強さを推測する。最後に戦う魔王の強さも考えれば、あまり良い予感はしない。それでも黒井は先を進むためアサルトベアに背を向ける。そんなことは日本を出た時点で覚悟していたことだったからだ。


 やがて、森を抜けると目の前には高原が広がっており、その先には人が住んでいるのであろう街を見下ろせた。景色は雄大で、その光景はなぜか見覚えがある気がする……。


「まずは、街に行って薬草の探索隊に入らないとな」


 これからのストーリーを思い浮かべながら黒井は街へと向かった。ゲート内にも関わらず、気持ち的にはダイブ型のゲームをプレイしている気分。いや、それもあながち間違いではないのだが、コンテニューできないことだけは肝に銘じておかなければならない。なぜなら、死んだら終わりなのだから。


 しかし……、


「――あんた見ねえ顔だな? この街は初めてかい? 良いこと教えてやるよ。今日、闘技場のほうで万病に効く薬草の探索隊参加者を募集しているらしいんだ。入隊試験が一般公開されてるから暇だったら……」

「スキップ」

「――よくきたな。ここは闘技場だ。今日は王の命令によりここは薬草の探索隊を……」

「スキップ」

「なに? 探索隊に入りたいだと? 入隊試験があるが準備は……」

「スキップ」

「よし、そこまで言うのなら通るがいい」


 ここはゲームじゃないと何度自分に言い聞かせても、現実ではありえないNPCとのちぐはぐな会話がそれを邪魔してくる。スキップ機能が使えるぶん、ストーリーはトントン拍子に進んでいくものの、それが返って現実味までもを失わせている気がした。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

【ミッション】探索隊入隊試験!!


 あなたは薬草の探索隊に志願しました。入隊試験では、隊長である『ラハル』と戦い、あなたの実力を示さなければなりません。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 


 挙句の果てには、ストーリーの進行に合わせて出現するテキストまでもが、ここがゲームであるかのような錯覚を助長させてくる。


「行方不明になった探索者たちの中には、これで気が緩んだ奴らも多いんだろうな……」


 入隊を志望してすぐに通された闘技場。黒井が入場すると、まるで事前に告知でもされていたかのような熱を帯びる場内の歓声。そして……一体いつからそこにいたのか、待ち構えるように立っていたのは、片手に丸い盾、腰には片刃の曲刀を装備した屈強な男。


 現実ではありえないであろう速度で進む展開に、黒井は呆れてしまいそうになったものの、気を引き締めて敵と対峙。


「お前が入隊希望者だな? わたしの名前はラハ……」

「スキップ」

「ではいくぞ……!」


 自己紹介をスキップされたにも関わらずなんの疑問も怒りすらもなく戦闘宣告を叫んだラハルは、腰の曲刀を抜く。


 やがて、闘技場内には壮大な曲が流れ始めた。おそらく、戦闘BGMかなにかなのだろう。


 直後、ラハルは飛んだ・・・


 ……いや、翼を持たぬ人間が飛べるはずはないのだが、それは〝飛ぶ〟としか表現しがたい跳躍だったのは間違いない。なぜなら、二十メートルはあろうかという黒井との距離を、ラハルはたった一回の跳躍によって詰めてきたからである。黒井は思わず、その背中にワイヤーでも付いているのかと疑ったほど。そして、黒井に向けて振り下ろされる曲刀を躱すと、刀は地面に衝突した瞬間に爆発でもしたかのような衝撃を響かせて砂煙を巻き上げた。


「は!? 嘘だろッッ……!?」


 予想外の衝撃に黒井は吹っ飛び、何とか体勢を立て直して着地。ダメージはなかったものの、まるで物理法則を無視した攻撃に思考が混乱して呆然。



 そして――そんなのはまだ序の口に過ぎなかった。



 砂煙が風によってかき消されると、剣を構えるラハルの背後には、いつの間にか曲に合わせて踊る数十人の踊り子たちがいたからである。……は?


「よくぞ、今の一撃を躱したな……! ここからがショータイムだ!!」


 そんな踊り子たちをバックに、中央に立つラハルは剣を構えて決めポーズ。


「……」


 なんの前触れもなく、突然現れた踊り子たちに唖然とするしかない黒井。ラハルは、そんな黒井の反応を気にすることなく再び跳躍をする。しかも、その高度は先程より高い。オリンピックに出れば余裕で金メダルを取れるであろう人間離れした身体能力に、黒井は取り敢えずツッコむことを諦めて戦闘態勢。


 しかし、跳び上がったラハルとは別に、踊り子たちの背後でジャンプしながら弓矢を構えて射ってきた伏兵たちが登場したことで、黒井は再びツッコミを入れざるを得なかった。


「おい、一対一じゃないのかよ……ッッ!」


 当然、ラハルと一対一だと思っていた黒井は、いきなり飛んできた矢に驚きを隠せず、ラハルが降りてくるよりも先に到達した矢を躱すしかない。それは矢のほうが速いのか、はたまたラハルが跳びすぎているのかは知れず。闘技場内の歓声はさらに熱を帯び、場内に乱入(?)してきた踊り子たちの動きはさらに激しくなった。思考が追いついていないのは黒井だけ。


 それでも、訳の分からない状況に呆然としている暇はなく、弓矢を構える伏兵たちはラハルに当たることも厭わず何度も矢を放ってくる。


「貴様、やるな……!」


 そんな矢の雨に視線を向けることなく曲刀を振るうラハルは、もはや剣と矢を回避することしかできない黒井に向けて笑いながら一言。もしかしたら、矢のほうがラハルを回避しているのではないかと錯覚するほどに、ラハルには矢が命中しない。そのくせ、なぜか吸い寄せられるように黒井には矢が迫ってくる。どうやら追尾機能が付いているらしい。これ本当に入隊試験か? 殺す気だろ。


 そして、闘技場内に流れる曲がサビを迎えると、ラハルは地面に手のひらを付けた。


「――召喚!」


 直後、地面から巨大な象が勢いよく這い出てきて、ラハルを乗せたまま前足を上げてパォーンと鳴いたのだ。


「もう、訳がわからん……」


 もはや言葉を失った黒井は、やがて考えることをやめた。


 そもそも、ここは元々アビスというゲームの世界。いくら現実と照らし合わせてみたところで、ゲームは所詮ゲームでしかない。敵が物理法則を無視した攻撃をしかけてくることも、なぜか場内に乱入者がいることも、地面から象が這い出てきたっておかしくはない。


 なぜなら……ここはゲームの世界だから。血なまぐさい戦闘よりも、プレイヤーを楽しませる演出のほうが優先されるのは当然のこと。


 だから、黒井はもう考えることを辞めて、これはゲームなのだと割り切ることにしたのだ。


 結果――。


「取り敢えず……象は邪魔だ」


 黒井は象の真横に瞬時に移動すると、渾身の力を込めて殴りつける。


「パォオオオオオ!!」


 象は悲痛な高い叫び声をあげて傾き、ゆっくりと倒れていく。


 その頭頂にいたラハルは驚いて跳び上がったが、空中で待っていたのは拳を構える黒井。


「なっっ!?」


 殴られたラハルが一直線に落ちる。そのまま地面へと身体を叩きつけたラハルは、軽くバウンドしながら血を吐いた。


 それでも流石は屈強な戦士というべきか、ラハルは素早く立ち上がり頭を振って意識を戻す――が、見えた視界には、既に拳を振りかぶる黒井がいた。


 当然、避けることなどできはしない。


 闘技場の観客席に、殴り飛ばされたラハルの身体が着弾する。被害に巻き込まれた観客はいただろうが、彼らとて所詮はNPC。


 倒れた象はすでに息絶えており、ラハルを撃ち込んだ観客席は壊れてしまっている。


 現実であれば大ごとだろう。しかし、ここは現実ではない。


 黒井は、まだラハルが立ち上がってくるだろうと思っていた。人であるとはいえ、彼は屈強な戦士でありゲーム内のキャラクターだ。しかも、森にいたアサルトベアのことを考えれば、もっと強くてもおかしくはない。



――ミッション【探索隊入隊試験!!】をクリアしました。



 しかし、ラハルが黒井へと挑んでくることはなかった。



――探索隊隊長であるラハルが倒されました。

――称号【超新星】を獲得しました。

――探索隊の隊長が不在となりました。

――探索隊が壊滅しました。

――称号【罪人】を獲得しました。



 そして、なぜか黒井は罪人となってしまったのである。

 


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

【隠しミッション】罪滅ぼし。


 あなたは王の所有物であるラハルを倒しました。罪人として、その罪を償わなければなりません。薬草の探索を一人で行うことになりました。クエストクリア時の報酬がアップしました。

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