第65話
韓国は、世界でも極めてはやく魔力耐性を獲得するための研究に取り掛かった国の一つだった。
魔力覚醒をしていない細胞と魔力覚醒を起こした細胞との比較や、魔力覚醒細胞自体の移植手術など……ゲートが世界に現れててから行われてきた研究内容は様々であり、それらは国家――しいては、人類を救うための大義名分を保持しながら現在でも続けられている。
やがて、その研究は一つの結果をもたらすことになった。
それこそが――手術による人工的な魔力覚醒。
韓国のゲート出現数は日本より多くなく、ランクの強さも日本と同じでランクC程度のダンジョンが大半を占めている。故に、韓国にもアビスゲートは存在しない。
にも関わらず、探索者の数やその強さは日本をはるかに上回っており、ここ数年でランキング入りする探索者が増えていた。
それらは、魔力研究による実績といえる。
もちろん、その研究は犠牲なくして行われているわけじゃなく、魔力耐性を獲得するための手術は成功率30%を下回るとされており、日本では禁止されている手術でもあった。失敗すれば魔力に犯され死ぬことも珍しくなく、生きたとしても何かしらの障害を負うケースも少なくない。
しかし、成功して探索者となれば富と名誉を築ける可能性から、自ら進んで手術を希望する人々は跡を絶たず、韓国では探索者の誕生とともにそれ以上の犠牲を支払っていた。
アジアで比較するのなら、中国やインドのように人口の多さを母数として生まれた探索者ではなく、多くの犠牲の上に君臨する成功例。
さらに、魔力研究による手術は人工的な魔力覚醒にとどまらず、魔力強化手術や職業変化手術など、覚醒した探索者を対象としたものも多くあった。それらも無論、失敗すれば探索者生命をも脅かす危険な手術ではあるのだが、成功すれば自身の強さを跳ね上げることができる側面もあり、魔力覚醒してもなお手術をする者たちはいる。
今や韓国は、脅威的なゲートが出現しない国であるにも関わらず、ランクS探索者を四人も保持している世界的にも先進的な国家へとなっていた。
そして――現在黒井の前にいるイ・ユジュンは、それらの手術を受け、そのすべてを成功させた類まれなる存在。国内では絶大な人気を博すスーパースターとしての地位を獲得しており、アビス内のランキングでも一桁台を常に維持する紛うことなき強者。公表されている手術回数は16回。使えるスキルは戦闘分野だけじゃなく、サポートやヒーラーなどの分野にも及んでおり、たった一人でもダンジョンを攻略できる能力を持つとされていた。
そんな人物と鉢合わせすることになり、黒井は妙な感覚になっていた。なにより疑問だったのは、ランクS探索者であるにも関わらず、付き人が一人もいないこと。
「ここには一人で……?」
そんな質問をすると、ユジュンは黒井を見たあとで口を開いた。
「手術を受けるために帰国する途中なんだけど、クリアポイント稼ぎで立ち寄っただけ」
「……そうですか」
多くの探索者が帰還できないアビスゲートを「クリアポイント稼ぎ」と答えたことに、黒井はもはや呆れるしかない。なにより、彼の言う手術とはおそらく魔力分野における危険を伴う手術のことであり、それをサラッと言えてしまうメンタルに言葉を失うしかなかった。
やがて、立入禁止として取り敢えず囲っただけの簡易的な基地の中央に見えてきたのは目的のダンジョンゲート前に到着する。それは見慣れたゲートとは違い、白い鉱物によって造られていた。
「僕はより多くのクリアポイントが欲しいから、邪魔はしないでね? おじさん」
そしてゲートに入る直前、ユジュンが黒井に向けてそんな言葉を放つ。黒井にとってはレベルアップが目的であるため邪魔になるつもりなどサラサラなかったものの、わざわざそれを言われると反骨心が出てきてしまうのは何故だろうか……。おそらく、年齢的には一回りも離れていないはずなのに「おじさん」と言われたことが反骨心を助長させている原因なのかもしれない。
「俺はまだおじさんじゃない……たぶん」
黒井は、ユジュンというよりもまるで自分に言い聞かせるように返答する。それでも絶対的な自信はなく、最後に言葉を曖昧に濁してから、彼の後を追うようにゲートへと侵入した。
――何者かのアクセスを検知しました。
――ログイン資格を確認しています。
――称号【深淵への挑戦者】を確認しました。
――プレイヤーがログインしました。
――クエストが発生しました。
そして、聞き慣れた天の声が、聞き慣れない言葉を脳内に響かせた。
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【クエスト】攫われた姫を救いだせ!!
世界は魔王によって支配されています。そんな魔王は人間の美しい姫を攫い、とある島に君臨しています。島へと渡り、魔王を倒して姫を救い出してください。島へ渡るには、猿族の戦士『ハヌマーン』か、鳥人族の『ガルダ』の助けを借りる必要があります。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
やがて、アビスにしては、超親切な説明文を目の前に浮かび上がらせたのだ。
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