第63話
声帯を持たないゴーレムは、断末魔を上げることもなくその石体を瓦解させた。ゴーレムはダンジョンコアが破壊されない限り復活する特殊な魔物だが、それまでには相応の時間を要する。
「これで全てのゴーレムを制覇か……」
その時間を勝利の余韻に充てることなく、達成感すらない平坦な声音で呟いた黒井。彼は佐渡島にあるダンジョン――その内部にて、拳、剣、弓、棍棒、槍のゴーレムたちをすべて破壊し、コンプリートすることに成功する。
それは最初、ゴーレムたちのスキルを修得するためのものだったのだが、今となっては黒井が自身に見合う武器を探すためのものに変わっていた。
黒井はランクSを目指すため、手始めに武器を手に入れなければと考えていたからだ。
「棍棒は……使い勝手が良いな」
その中で、一番戦いやすかった武器を思いだす黒井。
――【
鬼となってからは武器を捨て、拳で戦ってきた彼にとって、パワーでゴリ押しする戦い方は合っていると感じていた。
――武器の門番を全員倒しました。報酬が与えられます。
ちょうどその時、頭の中に天の声が響く。
「報酬……?」
それに黒井が疑問の声を漏らすと、洞窟内でゴゴゴゴという音が反響し、奥の方から水が勢いよく流れてきた。その水量は多くなかったものの、黒井の膝下までを濡らして流れていく。
「なんだ……?」
湿気が多くなり、空気が冷えていく洞窟内。そんなダンジョンの挙動を不審に思いつつ奥へと進むと、ダンジョンコアを取り囲むように溜まっていた地底湖の水がなくなっていた。
「これは……」
そして、その奥底には、仄かな光を放つ鉱石が大量に転がっていたのだ。
やがて、水が溜まっていた堀に降りた黒井は、その一つを手に取る。
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【ミスリル鉱石】
武器や防具の素材。高く売れる
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「報酬って、これか……?」
そんな質問に答えてくれる者はいない。しかし、先程の天の声とダンジョン内での変化から考えるに、それらが報酬であることに間違いはないだろう。
「というか、こんなギミックがあったのよ」
そして、もしもゴーレムを無視してダンジョンコアを破壊していたなら永遠に作動しなかったであろう仕掛けに、黒井は思わず呆れてしまう。
地底に転がっていたのはミスリル鉱石だけでなく、ヒヒイロカネと呼ばれる鉱石やアダマンタイトと呼ばれる鉱石があった。それらは全て、アビス内に存在する架空の鉱石。
そして、それらの鉱石にいくら価値があったとはいえ、黒井はそれらを武器や防具に変えることはできない。
……ただ、武器や防具を作れる者は、黒井の配下にいた。
「――鬼門。……来い、ジュウホ」
黒井はその場で回廊へのゲートを開き、鍛治師である鬼の名を呼ぶ。すると、その声に応えるがごとく、ゲートから巨大な体躯を持ち、頭の上には烏帽子を乗せた一体の鬼が現れた。
「グガァアアアアアア!!」
鬼は、まるで百年の眠りから覚めたかのような雄叫びを洞窟内に轟かせた。周囲の空気が振動し、鬼から発せられる威圧的な魔力によって魔素が霧散する。おそらく、魔力感知スキルを持たぬ探索者であっても、一目でその鬼が危険な存在であることを本能的に知ることになるはず。
しかし……、鬼の言葉が分かる黒井にとっては、その雄叫びは苦笑いせずにはいられないものだった。
『久っ々に主君に呼ばれたでござるううう!!』
ジュウホの雄叫びには、粘着性の高い歓喜が前面に押し出されていた。なんとなく、言葉尻にはハートマークが見えそうなほど気色の悪さを感じる。その嬉しさからか、ジュウホは雄叫びだけでは飽き足らず、頭を上下左右に激しくゆらし、体全体で興奮を表現しはじめた。
『しかも某だけが呼ばれたでござるうう! あやつらを出し抜いて、某だけがッッ!! ふぉぉおおおお!』
その度に、頭の上の烏帽子がビンビンと立ち上がっている。
「落ち着け」
『ぐはッッ……!?』
そんなジュウホのヘドバンに向かって拳を振るう黒井。拳の奥でゴキリと、太い首の骨が折れる音を聞いた。
強制的に静かになったジュウホは、その場に倒れて痙攣をはじめる。やがて、鬼が息絶える寸前で黒井は治癒術を使用。
やがて、首が治ったジュウホは、ゆっくり立ち上がると黒井に向かって醜悪な笑みを浮かべてみせたのだ。
『ふぅ……危うく逝きかけたでこざるよ……』
危うく死にかけたにも関わらず、何故かその声には満足げな感情が入り混じっている。
「お前、頭がおかしくなったのか?」
『なにがでござるか?』
「死ぬところだったんだ。普通ならもっと怖がるだろ?」
『主君に殺されることは某の本望でござる。そして、主君に救われることもまた本望。どちらも嬉しいことであるのに、なぜ恐れる必要がありましょうか?』
まるで悟りでも開いたかのような穏やかな声。きっと賢者タイムにでも入っているのだろう。しかし、言ってることはメチャクチャ。
「やっぱ……お前らおかしいよな」
もはや、ジュウホが語る理屈を理解するつもりのない黒井は、そう吐き捨てるしかなかった。
『して、何用でござりましょう』
「お前、ここにある鉱石で武器を作れるか?」
そう言って、黒井は地底に転がる鉱石へと視線を移す。それらに気づいたジュウホはどれどれと鉱石を手に取り始めた。
『……ほほう、はじめて見る鉱石でござるな? しかし、このジュウホに不可能はござりませぬ。主君の所望する武器をつくってみせまするぞ!』
「じゃあ、それで雷付与にも耐えられる棍棒をつくってくれ」
手からパチパチッと放電しながらそう言う黒井。彼にとって、自分に合った武器を入手するということは、スキル【雷付与】に耐えられる武器を入手しなければならないということでもあった。
『こ、棍棒……?』
しかし、そんな黒井の命令に対し、ジュウホは手に持っていた鉱石を落とした。
『こ、棍棒でござりまするか??』
そして、再び確認するようにゆっくりと質問をするジュウホ。その声には、明らかな動揺が見て取れた。
「棍棒はつくれないのか……」
その動揺を、黒井はてっきり作れないからなのかと思ったのだが、
『い、いえ! 作れるでござる。作れるでござりまするが……』
ジュウホはそれを否定。それでも視線を伏せ、どこか煮えきらない態度を取っているジュウホ。
「なにか問題でもあるのか……?」
そんな態度に、黒井が問い詰めるような鋭い視線を送ると、やがて彼は、
『こ、棍棒は地味でござる! 主君にはもっとカッコいい武器があるでござる! たとえば、そう……刀とか!!』
「却下」
即答した黒井に、ジュウホは嘆いた。
『何故でござりまするかああ! 刀はカッコいいでござりまするよぉ!』
「いや、刀ってただ斬るだけだろ。しかも、皮膚の固い魔物には効率がわるい。それよりは、固い皮膚ごと潰せる棍棒のほうがよほど実用的だ」
黒井の合理的な説明。しかし、ジュウホは食い下がった。
『そうではないのでござりまするッッ……! いや、確かに武器において重要なのは実用性ではありまするが、主君が使うのであれば見栄えのほうが大事なのでござりまる!』
「ダメだ。棍棒じゃないと俺は使わない」
それでも毅然として棍棒以外の武器を拒否する黒井に、やがてジュウホはガックリと肩を落とした。
『心得ましたでござりまする。某……棍棒をつくるでござりまするよ……』
そう言って、無念とばかりに転がっている鉱石を集めだしたジュウホ。
その様子を眺めていた黒井は、ふとあることを思いだす。
「……刀といえば、回廊にあった月影刀はどうした?」
『……ゲツエイトウ? はて、それは何でござりまするか?』
その問いに首を傾げたジュウホ。
「月の力を宿した刀のことだ。回廊にあっただろ……というか、どこかに落ちてなかったか?」
やがて、首を傾げていたジュウホは思いだしたような声を漏らした。
『もしや、
「オニガリトウ?」
そして、今度は黒井が疑問を呈する番。
『鬼を
その説明に、黒井は回廊に迷い込んだときの事を思いだしてみる。月影刀は、まるで用意でもされていたみたく派手な社の祭壇に置かれていた。……おそらく、そういう仕様なのだろう。
「鬼狩り刀は作れないのか?」
『某には無理でござる。あれは特別な力を持った一族だけが打つことのできる代物。その一族も、はるか昔に
「……隠り世ってのはなんだ」
『回廊と同じような次元にある空間のことでござりまする。かつて、人と神は同じ世界で共存をしておりましたが、人が世界を統べるようになってから、神たちは世界を二分し、隠り世へと姿をくらましたのでござりまする』
「なるほど……?」
『当時は、ほぼすべての人間に霊力が備わっていたと聞きまする。しかし、神がいなくなると霊力を持たぬ人間のほうが多くなり、霊力を持つ者たちは普通の人間の中では馴染めぬゆえ、特別な家柄で生まれなければ除け者にされ死ぬしかなかったでござるよ』
「そうなのか」
ジュウホの説明に、黒井は何となく分かったようなそうでないような空返事。正直、アビス内の設定については興味がなかったからだ。
『某は運良く陰陽師の家系に生まれたため生き残れたでござる。そして、そのおかげで主君に出会うこともできたでござるよ』
ジュウホは、自分で言いながら感動に浸っていた。果たしてそれが善いことなのかどうか黒井には分からない。ただ、濁った瞳で涙を流すジュウホを見ていると、それを言う気力さえ失せてしまう。
ともあれ、黒井が目標とした一つ――新たな武器の入手はできそうだった。
「武器はどのくらいで出来る?」
『すぐに取り掛かりますが、どの鉱石が棍棒に適しているのか分かりませぬゆえ、ひと月くらいは欲しいでござる』
「そうか」
黒井はその答えに頷くと、ジュウホが鉱石を集め終えたのを確認して再び鬼門を開いた。
『主君……今日は、帰りたくないでござるっ』
ジュウホは腕いっぱいに鉱石を抱えながら猫なで声を発していたものの、黒井はそんなジュウホを蹴り飛ばして強引に帰還させる。ここ佐渡島のダンジョンは、ダンジョンコアを確認するだけの簡単なメンテナンスなので無駄な時間をかけることは避けたかったからだ。
「あとは、レベル上げなきゃだよな」
そして、ダンジョンの入り口へと急ぎながら黒井は次の段階へと考えを巡らせる。
そんな彼が走りながら見ているのは、ステータスの称号欄。
――【深淵への挑戦者】。
それは横浜ダンジョンを攻略し、ランキングに載った際に手にした称号。普通のダンジョンゲートとは違い、『アビスゲート』と呼ばれる特殊なゲートに入ることができる資格のようなもの。
「これがバレにくいレベル上げの方法だよな……」
黒井が記憶する限り、たしか時藤茜は探索者協会からレベリングについての事を詳しく聞かれたと言っていた。急速なレベルアップは、ゲートを管理する協会にどうしても怪しまれてしまうのだろう。
ゆえに、その範囲から外れた場所でレベルアップを行うのが安全だと黒井は判断する。
現在、アビスゲートは日本に出現していない。黒井がアビスゲートに入るには海外へ行く必要があった。しかし、逆にそれが日本の探索者協会の監視から逃れる術でもある。
セレナ・フォン・アリシアから受けた【月の加護】のタイムリミットは約一ヶ月。その間に、黒井はランクSへとどうしても到達したいと考えている。
もはや、悠長にしている暇はなかった。
鬼となった黒井が人様の生ける社会で生き残るためには、誰もが文句を言えない地位を確立する必要があったからだ。
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