第62話 (ステータス表示あり)
茜が目覚めると、そこは病院だった。
「患者さんが目を覚ましました!」
近くにいた看護婦がそう言って、病室を出ていく。頭がぼうっとして思考力が鈍っていたが、感覚的に長時間眠っていたことを彼女は理解していた。
そんななか、病室へと近づいてくる足音。その足並みははやく、誰かが自分を心配して駆けているのかもしれないと思ってしまう。
「茜さん!?」
開く扉に目をやれば、見慣れたスーツ姿の男がひとり。
「長谷川……さん……」
誰を期待したのか、男の名を呼ぶ声に力はない。
「良かった! もう起きないんじゃないかと思ってしまいましたよ!」
心から嬉しそうな笑みを向けてくる長谷川に、茜の心が罪悪感でズキリと痛んだ。
「わたしは……たしか……」
「セレナ・フォン・アリシアが接触してきたそうですね?」
長谷川の問いかけに、茜は意識を失う前の事を思いだした。
ランクAに上がり、それなりに強くなったと思っていた自分が、一切の抵抗も許されずに敗北した記憶を。
あれがランクSで上位ランカーのセレナ・フォン・アリシアだったんだ。
そして――、
「黒井、さん……?」
茜は黒井の名を呼んだ。もちろん病室内に黒井の姿はない。それは、意識を失う前に見た彼に向けたもの。そして、首を締められて喉から出てこなかった言葉。
彼女は記憶のなかで見た黒井をもう一度思いだし、その名前を再び呼んだ。
「黒井……さん?」
角を生やした鬼に向けた――疑問にも似た、問いかけ。
「ああ、黒井さんが茜さんを病院に運んでくれたんです。連絡も彼からあったんですよ」
その記憶を知らない長谷川は、てっきり自分に問いかけられているのかと思い、そんな説明をする。
「災難でしたね。まさか彼女が街中で戦闘をするとは思ってもみませんでした。ですが、茜さんはアストラ所属ではないという理由で、上からは関わらないよう言われていて……」
やがて、申し訳無さそうに声を落としていく長谷川。しかし、その説明を茜は聞いていなかった。
「黒井さんは大丈夫だったんですか?」
「え? 黒井さんですか?」
長谷川は、茜のその質問に虚を突かれたような顔をした。
「えっと……はい、黒井さんは大丈夫でしたよ? 彼は戦闘に参加していませんでしたし」
大丈夫だった、という答えに安堵する茜。
「それと、遅くなってしまいましたがランクA昇格おめでとうございます。セレナ・フォン・アリシアの付き人だつった方にも勝利したそうですね。これで、あなたに何か言う人は少なくなると思います」
そして、長谷川のお祝いの言葉に呆然とした。
「わたしが……誰に勝ったんですか?」
その時だった。
「トキトウ、アカネですね?」
病室内の扉が開いて、少しカタコトの日本語を話す黒スーツの男が入ってくる。彼はガタイの良い外国人だった。目にはサングラスを掛けており、どこかのSPのような雰囲気を漂わせている。
「あの、なにか……?」
それに長谷川が困惑したように男へと問いかけ、彼は長谷川へと顔を向けた。
「セレナ・フォン・アリシアから伝言を預かっている。あなたは出ていってほしい」
有無を言わせぬ威圧感に長谷川は迷ったものの、茜が彼に向かってコクリと頷いたことで長谷川は諦めて病室からでていく。
そして、静かになった病室で男は茜へと告げた。
「――今回、突然戦いを仕掛けたのは申し訳なかった。わたしは、横浜ダンジョン攻略をした探索者の力量を見てみたかっただけ。そして、日本にも有望な探索者がいることを確認した。今後の活躍を楽しみにしている」
男はそう言い、一拍置いてから、
「それと、今回の戦いで見たことや覚えてる内容は、重要機密であるためすべて秘密にしてほしい」
そう付け加えた。
「重要機密っていうのは、一体どういうことですか?」
「ランクSである彼女の情報はどこにも公開されていない。すでにあそこで行われた戦闘に関する記録はすべて我々が回収している」
「情報って、黒井さんのこともですか?」
「すべてだ。公開できることは既に探索者協会に伝えてある。その事実に従えばいい」
そのとき茜は、先ほど長谷川が言ったことを思いだした。
「嘘を吐けってことですか? わたしは何もしてない……何もできなかったのに、口裏を合わせろってことですか?」
「伝言は以上だ」
茜の質問に男は答えず、それだけ言い残し彼は出ていった。
それに彼女は歯ぎしりをする。
「わたしはッッ――」
短期間でのランクAへの昇格、そして、ランクSの探索者が都内一帯を封鎖してでも接触した人物という事実。静けさの漂う病室とは違い、世間という外では『時藤茜』の名前が頻繁に話題へと上がっていた。それが、横浜ダンジョン攻略での事を掻き消すかどうかは不明だったが、それでも、長谷川が言った通り、彼女に対するイメージはある程度変わることになる。
鷹城塁が模擬戦闘をしたという事実は、手も足も出なかった戦闘内容から公表されることはなかった。そして、それが返って、時藤茜に対する注目度を増やすことにもなった。
没落した者の劇的な成り上がりというのは、すでに何百年も前から人々の心を掴み続けてきた物語である。そのことを証明するがごとく、メディアは隠匿された部分を都合の良いように解釈して報じた。
――セレナ・フォン・アリシアが目をつけていた真の探索者とは!?
――短期間でランクを上げた彼女の実力は!!
――横浜ダンジョン内で起きたことは果たして本当だったのか?
しかし、そんな称賛のなかで、当の茜だけが自身の無力さに打ちのめされていた。
「――わたしはッッ、あまりにも弱すぎる……」
◆
黒井は、セレナ・フォン・アリシアが帰国する映像をテレビでひとり眺めていた。
あそこで行われた戦闘のことや、彼らも黒井と同じ人外であるという事実、それらはまるで最初から無かったことのように隠されている。戦闘で被害が出ないよう、あの周辺一帯を最初から封鎖していたことも後々知った。
そして、セレナには黒井の悩みでもあった角を隠せるという事実すら、今では夢であったかのように感じてしまう。事実、今の黒井は人の能面をつけていなかったものの、まるで人間のような姿を保っていたからだ。
しかし、ステータスを見ればちゃんとそこには鬼の文字があった。
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【黒井賽】/『≠aaaa』
種族 :鬼人【月の加護 ー 残り27日 ー】
職業 :治癒魔術師/回廊の支配者
レベル:95
筋力 :700
器用 :630
持久 :800
敏捷 :730
魔力 :900
知力 :850
精神 :820
運 :150
《スキル》
回復魔法・覚醒魔法・治癒術・抗体術・剣術・弓術・反射・制限解除・鬼門・雷の支配・鬼の芽・格闘術・殺気・雷付与・無限軌道・隠蔽
《称号》
魔眼08・ゴブリンスレイヤー・避雷針・雷の眷族・鬼の王・殺戮者・深淵への挑戦者・戦車
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そして、見慣れぬ【月の加護】という謎の文字。おそらく、これこそが角を隠している能力なのだろうと黒井は推察。効力は表示されあるとおり一ヶ月。
セレナは、それを置き土産として、黒井に考える時間を与えた。胸ポケットに入れられていた紙切れには連絡先が書いてあり、考えが決まったら連絡してこいという意味なのだろう。彼女は「実力を見るため」だとか「玩具としての耐久を見るため」だとかコロコロと主張を変えていたが、日本にきた本当の目的はこれだったのかもしれない。
確かに……角を隠せる能力は、黒井にとって喉から手が出るほどに欲しいものだった。
しかし、それよりも黒井が着目してしまったのは――彼女が持つ権力。
あれほど激しい戦闘をゲート外の街中で行ったにも関わらず、黒井の情報は一切漏れていなかった。それどころか、ニュースでは茜のほうを多く取り上げている。
探索者協会から何の反応もないことを考えると、おそらく協会側にも情報は渡っていないに違いない。
「ランクSか……」
黒井と同じ人ならざる者でありながら、その存在を誇示するように注目を集める存在。そのくせ、隠したいことは全て隠せてしまうほどの権力をも持ち合わせているのは、ランクSだからこそ可能なチートともいえる能力。
黒井は、鬼なってしまった自分が生きるには、ひっそりと隠れながら生きなければならないと考えていた。
しかし、そんな存在が自分だけではなかった事実と、逆に地位を得ることによって力づくでそれを隠しているセレナを見て考えが変わった。
自分もランクSになれば良い、と。
もちろん、それにはいくつかの問題があったが、最初に行き着くのは、やはり――強さ。
直に対面して分かったことだが、ランクSというのは次元が違った。戦えないことはなかったものの、彼らに勝つにはレベルも経験も何もかもが不足していた。
まずは、それを手に入れなければならない。
「一旦レベルを上げてからか。……いや、それよりもちゃんとした武器を手に入れたほうがいいな」
黒井は、やるべきことを頭のなかで整理したあとで、すぐに行動を開始する。
誰にも文句を言わせないランクSへとなるために。それこそが、人の中で生きていくうえでの手段だと信じて――。
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