第56話 

 黒井が構える弓から射ち出された矢は、十分な威力と速度を持ってゴーレムへと飛んだ。


――スキル【弓術】を修得しました。

――スキル【隠蔽】を修得しました。


 対峙するゴーレムの戦い方――もとい、魔力回路の流れを完全にコピーした黒井の脳内には、スキル修得の天の声が流れた。


 しかし、硬い石の体を持つゴーレムと弓矢の相性は悪く、その威力は刺さることなく跳ね返されてしまう。


「ようやくか」


 それでも、本来の目的であったスキル修得に成功した黒井は安堵の息を吐く。


「もう一つ、試してみたいことがあったんだよな」


 そして、攻撃が効かなかった矢を再び弓につがえた黒井は、以前修得していたスキル名を静かに唱えた。


「――雷付与」


 直後、弓引く矢に青白い閃光が走り、黒井の髪先が重力を失ったように浮いた。暗い洞窟内に灯るひび割れた光が彼の横顔を照らし、矢の先はゴーレムへと照準をあわせていく。


 しかし、その狙いが定まるかどうかというところで、弓の弦は突然切れた。張り詰めた反動力を失った矢は明後日の方向へと飛んでいき、惜しくもそれはゴーレム近くの岩壁へと刺さってしまう。その岩壁が爆発を起こして火花を散らし、壁には亀裂が走った。


「弓の方が持たないのか……」


 雷付与の威力に驚くとともに、スキルの弱点をも理解した黒井は、使い物にならなくなった弓をその場に落とした。


「まぁ、威力は分かったからいいか」


 そう呟いて、黒井本来の格闘スタイルへと構えを変更。素早く地面を蹴った彼は、瞬く間にゴーレムへと接近すると、たった一撃でその石体を破壊した。


「やっぱり、一度のメンテナンスでスキル修得が可能なのは一体だけだな」


 格闘術を修得した時と同様、怪しまれないようダンジョンに潜り続ける時間には限界がある。瓦礫と化したゴーレムの残骸を眺めながら、黒井はため息を吐いて今回も撤収することにした。


 やがて、ダンジョンコアの確認だけを終えて佐渡島の協会支部へと報告に戻ってきた黒井。彼がふと施設内に設置されているテレビに目を向けると、番組はセレナ・フォン・アリシアのことを報道している。


「何しに来たんだ……」


 そこには、彼女がコスプレをして楽しそうに撮影をしている姿が映っていた。



 ◆



「はじめまして。アストラ所属の鷹城塁です」


 鷹城は興奮した気持ちを抑えつけ、なるべく平静を装った。


 目の前にいるのはランクSの上位ランカー、セレナ・フォン・アリシア。彼女は、そんな彼の挨拶に笑顔で応えてくれる。


「はじめまして。あなたがドラゴン討伐をした探索者ですか?」

「はい、そうです」


 すると、彼女は唐突にぐいと顔だけを近づけてきて、匂いを嗅ぐような仕草をした。


「な、なんですか」


 それに思わず動揺して一歩引いてしまう鷹城。セレナは、ふぅんと鼻を鳴らした。


「ドラゴンを倒したにしては、人の臭いがするね?」

「へ?」


 そんな言葉に理解が及ばない。いや、彼女の人形みたく精巧な顔が間近にあるせいで、思考することすらできなかった。


 そんな彼女の顔が、さらに鷹城へと近づいて耳元でとまる。


「……それとも、何かしらの能力で偽装でもしてる?」

「な、何を言ってるんですか……」


 もはや、誘われているとしか思えないほどの至近距離に、鷹城は動揺しながらも訳がわからないまま笑みをこぼしてしまう。


 そんな彼の反応をジッと見ていたセレナ。やがて彼女は、鷹城からふと体を離すと、


「一つお願いがあるんだけど、わたしの執事と模擬戦闘をしてみてくれない? ドラゴンを倒したあなたの力量を直接見てみたいの」


 そんな提案をしてきたのだ。


「模擬戦闘……ですか?」


 鷹城はそう呟いて、彼女の横にいた執事に目を向ける。そこにいたのは、若いとは言えない白髪の男。有名人の執事なのだから、当然ボディーガードと同じような訓練を受けていてもおかしくはなかったものの、魔物を相手取る探索者とは到底思えない。


「彼とですか? ……ははっ」

「ラルフも魔力を覚醒させた探索者なの。ランクはAよ」


 鷹城は最初冗談かと思い、乾いた笑いを最後に含ませたが、どうやら冗談ではなかったらしい。ラルフと呼ばれた執事の男は、鷹城に向かって丁寧なお辞儀をした。


「いきなり模擬戦闘と言われても……」


 それでも鷹城はやんわりと断りの姿勢を見せようとする。戦うのがセレナであったならまだしも、彼と戦うことには何の価値も見いだせなかったからだ。


「彼に勝ったらわたしとデートでもしましょう? 二人きりで話したいこともあるし」


 しかし、その一言で状況が一変した。鷹城だけでなく、周りにいた関係者たちまでもが驚いたようにざわついた。


「鷹城……ちょっと」


 そんな周囲の中で、鷹城を呼んだのはアストラ側の者。言われるがまま近づくと、小声で素早く耳打ちされた。


「これはチャンスだ。あのセレナ・フォン・アリシアとデートをしたとなれば、メディアも大きく取り上げるだろうしアストラへの注目度も上がる」

「話題作りのために受けろってことですか?」

「そうだ。それに、彼女と親密になれば海外の上位ランカーたちの情報も知ることができるかもしれない」

「……わかりましたよ」


 鷹城はやれやれとばかりの笑みを見せると、そのままセレナの元へと戻り模擬戦闘を承諾する。そのスタンスはあくまでも、『デート目的ではなく、上から命じられたから仕方なく』を装って。


「ありがとう。戦闘ができるところはあるの?」

「探索者専用の訓練施設がありますよ」

「それじゃあ、早速行きましょう」


 それは唐突に決まったセレナのワガママだったが、アストラ側は快く案内を始めた。なぜなら、彼らはその模擬戦闘で鷹城が勝つことを信じていたからだ。


 たとえ相手がランクAの探索者だったとしても、鷹城はドラゴンを討伐した探索者。しかも、見た目的にも年老いた執事と鷹城が戦い、負けるなどとは想像もつかない。


 アストラ側の者たちは鷹城の勝利を確信し、その先の飛躍へと既に思いを馳せ、鷹城自身も既にセレナとのデートのことを頭に思い浮かべていた。


 そんな中、セレナはつまらなさそうにドイツ語でラルフへと告げる。


「……適当に相手をしてあげて。彼はおそらく変異体じゃないわ」

「倒してしまってよろしいのですね?」

「ええ。まずは力でねじ伏せないと、他の生き残りに遭わせてくれなさそうだもの」

「わかりました」


 セレナの思惑にラルフは頷き、軽い了承だけを返した。 

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