第55話

――佐渡島のDランクダンジョン内部。


「よしっ、と……やるか」


 黒井は、軽い準備運動をしてから目の前で沈黙するゴーレムと対峙する。


 そのゴーレムが手に持っているのは弓。そして、黒井もまた弓を手に持っていた。


 その弓を見様見真似で構えた黒井は、一緒に持ち込んだ矢をつがえ、下手くそな行射で矢を放つ。


 その矢がゴーレムの石体に当たって跳ね返った直後、窪みの部分に赤い光が宿った。


『敵を検知――起動』


 その光はやがて、黒井へと注がれる。


『目標を捕捉。排除します』


 黒井は、新たな戦闘スキルを修得するため、佐渡島のダンジョンへと来ていた。選んだ相手は弓使いのゴーレム。彼は最近まで茜の弓術を間近で見ていたため、もしかしたら修得しやすいのではないか? と考えて選んでみたのだが、やはり見様見真似ではロクに矢を飛ばすことができず、ゴーレムにはさほどダメージは入っていない。


 とはいえ、そんなことは予想の範疇。格闘術と同様、黒井はゴーレムの魔力回路の流れをコピーして弓術を修得するつもりだった。


 そして、その対象であるゴーレムは、弓をつがえるよりも先に、洞窟の岩壁と同化して見えなくなってしまう。  


「やっぱり……サポート系統のスキル持ちだよな」


 弓使いは基本、敵と距離が離れているか前衛がいることを前提とした遠距離攻撃を得意とする後方戦闘職である。しかし、極稀にソロで活動を行う探索者もいた。彼らは敵と距離を置く術を、気配を消すスキルによって可能とする。敵が自身を視認できないことにより視覚的な距離を取ることができるからだ。それと同じように、ゴーレムは洞窟内の岩壁へと擬態し、音もなく視界から消えたのである。


「まぁ、俺には視えるんだけどな」


 そんな彼らの天敵は、黒井みたく魔力を可視化できる感知スキルの持ち主。気配や姿を消すとはいえ、所詮は魔力を用いた隠れ蓑に過ぎない。故に、魔力を感知されてしまえば戦いの均衡は平等へと戻れてしまい、ソロである以上不利な状況で戦わざるを得なくなる。


「お前の弓術をコピーさせてもらう」


 丸見えの弓使いに対しては、接近戦を挑めば有利に戦うことができる。しかし、黒井は弓術を修得するために敢えて同じ武器でゴーレムと対峙した。


 それをなんの不安もなく実行できてしまえるのは、彼がゴーレムよりも圧倒的な強さを持っているため。


 その強さを証明するが如く、ゴーレムが射った風切りの矢を、黒井は動体視力と反射速度のみで掴む。バキリと、矢が折れる音が彼の片手から鳴った。


 そして、魔眼だけはゴーレムの内部を流れる魔力回路を観察し続けていた。


 その流れと形を素早く自身に反映させて、今度は黒井が弓を引く。


――スキル【弓術】を発動します。

――スキル【弓術】はまだ修得していません。発動をキャンセルしました。


 二撃目に放った矢は、さっきよりはマシな軌道を描いて飛ぶ。しかし、当然のことながら攻撃と呼べる速度はおろか、その矢には威力すらない。


 それに黒井はなんの感情もなく、再びゴーレムの行射を観察したあとで弓を引いた。


 無論、弓術を修得するまで――。



 ◆



 東京都、探索者協会関東本部。その特殊専用施設で行われる探索者ランク昇格試験にて、茜はランクAの昇格試験を受けていた。


 その、はじめに行われる魔力適性検査にて――。


「魔力数値は……ランクA、です」


 魔力測定器と呼ばれる機械に魔力を流し込んだ茜へと告げられた適性ランク。それにはランクを告げた検査官ですら驚いているようだった。


 魔力適性検査は、以前まで魔力感知スキルを持つ探索者複数人による判定でランク付けされていたが、数年前に開発された機械によって、より正確な魔力値を割り出せるようになっている。


 そして、茜がだした数値の適性ランクはA。


 とはいえ、検査を受ける探索者には事前にステータスの詳細な数値を提出してもらうため、それは一種の確認作業に過ぎない。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


【時藤茜】

種族 :人

職業 :弓使い

レベル:87

筋力 :380

器用 :400

持久 :380

敏捷 :300

魔力 :320

知力 :290

精神 :400

運  :130

《スキル》

 弓術・投擲術

《称号》

 明鏡止水


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



 そのデータと、機械がだした数値とを照合した検査官は、目の前にいる茜が間違いなくランクAの器である事実を告げるしかなかった。


「30分ほど、お待ち頂けますか……」


 検査官は茜にそう言い、その場をあとにする。向かった先は協会本部ビルの最上階。


「――ランク適性Aの探索者?」


 そこにいたのは、探索者協会の現トップを務める会長――大貫おおぬき総司そうじ。彼の年齢は既に50歳を越えていたものの、鍛え抜かれた体と瞳に宿る眼光には若さに負けぬ気迫があった。そのせいか白髪混じりの髪や髭は、歴戦の猛者を思わせる風格を印象付けており、報告にきた検査官はその雰囲気に緊張を走らせる。


「は、はい……しかも、つい最近までアストラに所属し、世間を騒がせた時藤茜です。ランクB昇格からはまだ半年ほどしか経っておらず、異常な速度でレベルアップをしています」

「ふむ……」


 大貫はそれに髭を撫でながら考える素振りを見せたあと、ふと検査官に視線を戻した。


「ドラゴン討伐を果たした鷹城塁を筆頭に、最近は有能な探索者が急増しているようだね……。しかし、日本では高ランクのダンジョンなど滅多に出現しない。横浜ダンジョンのような例は稀だ。平和な国が過度な戦力を持ちすぎれば、他国に目をつけられやすい要因にもなる」


 その言葉の意図がわからず、検査官は曖昧な返事をするしかない。


 それでも何とか意図を汲み取り、


「彼女を落とせ……ということでしょうか?」


 などと、あり得ない質問をしてしまった。


「はっはっ、そういうことではない。試験は通常通り行っていい」


 大貫は朗らかに笑ってそれを否定。


「ただ――彼女がレベル上げを行った方法を細かく調査しておきなさい。我々は日本にいる探索者たちのことを正確に把握しておかなければならない」


 そして、再び鋭い眼光を検査官へと向けたのだった。


「わかりました……では、模擬戦闘試験のあと再び報告にきます」

「うむ」


 その後、試験会場へと戻った検査官は、すぐに時藤茜のランクA昇格における模擬戦闘試験を予定に組み込んだ。しかし、彼はその結果を、長年の経験から既に予想している。


――おそらく、時藤茜は合格するだろう。


 模擬戦闘試験というのは、ある種のパフォーマンスに過ぎなかった。探索者が戦うのは魔物であって人ではない。故に、探索者に模擬戦闘試験を行っても何の意味もない。


 それでも、そういった形式を組むのはライセンスを発行するために必要な要素であり、探索者がダンジョン内で死亡したとしても、『探索者協会はしっかりとランク査定を行った』という事実を残すためのものでしかなかった。


 もちろん、魔力検査が通っても模擬戦闘試験で昇格できなかった者はこれまでにいる。


 しかし、昇格できなかった探索者というのは戦闘における経験値が足りていなかった者たちだけであり、時藤茜のような攻略組としてダンジョンに何度も潜っている者はそう簡単に落ちたりしない。


 なぜなら――、


「ま、まいった……」


 時藤茜の模擬戦闘試験を担当する協会所属の探索者は、そう言って武器を手から放した。その喉元には、弓の弦を強く引っ張った矢が、今すぐにでも射つことのできる形で添えられている。


 弓を引く茜の表情には、迷いなどといった感情は一切見受けられなかった。これまで多くの魔物たちと対峙し、生きるか死ぬかの状況に置かれていた者が、今さら死ぬことのない甘い戦闘で実力を発揮しないはずがなかったからだ。


「遠距離武器を、まるで近接武器みたく使うんですね……」


 戦闘試験官は、矢を喉元から離してもらったあとでそんな感想を述べた。


「本来ならここまで接近することはありません。弓使いが接近戦を挑むなんて遠距離武器の利点を殺していますし、そもそも自殺行為でもありますから。ですが……遠くから狙っても、あなたは降参してくれませんよね?」


 その説明に試験官は唖然とする。彼女が試験官に接近したのは本来の戦い方ではなく、降参させるためのもの。つまり……それは、本気をだしていなかったということ。


「いっそのこと、あなたの脳天に矢を命中させることができるのなら、戦闘はもっと楽だったはずです」


 淡々と恐ろしいことを吐く茜に、試験官は背筋を凍らせるしかない。


「お、お疲れ様でした……結果は後日、連絡します」


 それでも、なんとか自分の役割を思い出し、そんな説明を茜へと告げる。彼女は無表情で頷くと、すぐに帰る支度を始めた。


「時藤茜さん! 少しだけよろしいですか!」


 そんな茜に検査官が駆け寄っていく。彼女は振り向くと「なんですか?」と首をかしげた。


「上からの指示で、時藤さんがレベル上げを行った内容を詳しくお聞かせ願いたいのです」


 それに彼女は一瞬目を細めたが、


「わかりました」


 そう、すぐに了承をした。

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