第52話

 茜が回復したのは、グリードメンバーが先を急いでから一時間も経ってない頃だった。棺桶の蓋を開けて這いだしてくる美少女というのは妖艶な美しさがあったものの、怪しさのほうが勝ってしまい黒井は一瞬驚いてしまう。


「回復するためのアイテムというのは、ポーションだけだと思っていました」


 月夜に照らされるなか、茜は不思議そうに自身の状態を確認していた。その視線は、黒井が持ち込んだ棺桶へと向けられる。


「本当はポーションが一番良いんですけどね」


 そんな彼女に黒井は苦笑い。


 ポーションは、探索者の体力や魔力を回復するために必須のアイテムだった。しかし、魔力耐性のない人間に使用すると毒になってしまうため国によっては厳しく制限をされている。今やポーションは、企業所属の探索者しか持っていない希少なアイテムとなっていた。


「取り敢えず、ダンジョンが攻略されてしまう前にレベルを上げられるところまで上げましょう」


 茜にそう言い、棺桶を抱えるとこれまでのように背負い直す黒井。そんな彼を茜はもの言いたげな表情でジッと見ていた。


「……わかりました」


 しかし、出てきたのは表情に見合うような言葉ではなく了承の意のみ。


 やがて、二人は再び魔物狩りを始める。


 やがて――。



――ダンジョンコアが破壊されました。

――ダンジョンをクリアしました。

――ゲート閉鎖のカウントダウンが開始されました。

――7:59:59



 魔物狩りを始めてから数時間ほど。突然、ダンジョン攻略の知らせが黒井の脳内に流れた。


 どうやら、グリードメンバーは無事にダンジョンコアを破壊したらしい。


「ここまでみたいですね」

「はい……今回だけで8つもレベルが上がりました……」


 その知らせに、茜が脱力して息を吐く。


 彼らは休息を取ったあとも付近にいた魔物を狩り続け、茜のレベルは73にまでなっていた。そのレベリング速度は茜が想定していたよりも早く……そして、思っていたよりもずっとしんどいものだった。とはいえ、黒井が目標として掲げたのは85。そこに至るまでには、まだまだ足りない。当然、レベルとは上がれば上がるほど上がりにくくなるものであり、このペースでレベリングをすることを考えた茜はその未来に吐きそうになる。


 それでも、弱音までは吐くまいと茜は顔をあげ、


「ここをでたら、すぐに別のダンジョン攻略に応募しましょう」


 笑顔でそう言った黒井に、やはり顔を引きつらせるしかなかった……。


 その後、黒井と茜は下山してきた探索者たちとゲート出口直付近で合流を果たす。グリードのメンバーは流石というべきか疲れているようには見えず、逆に黒井たちと同じ参加枠の探索者たちは疲労が見えた。


「ダンジョン攻略お疲れ様でした」


 一応、そんな言葉をかけると、彼らを率いていたのであろう催馬楽は露骨な舌打ち。


「……あんたたちがあの猿どもを倒したせいで、ダンジョンコアまでは楽勝だったよ。逃げた奴も、たった一匹じゃわたしらの相手にもならなかった」


 黒井たちと別れたあと、ボス猿は再び彼らを襲ってきたらしい。しかし、彼らとて弱いわけじゃなく、ちゃんとした実力を兼ね備える攻略組。人数有利を取れている以上、負けることはなかった。


 結局襲うのならあの時逃げるなよ……と、黒井も舌打ちをしたかったものの、それは表情のうちに留める。ちなみにではあるが、ボス猿が催馬楽たちを襲ったのは黒井がいなかったから・・・・・・・・・・だというのは、知る由もないこと。


「こう見えて、サイちゃんは感謝してるのよ? あのままだと攻略できていたか分からないわけだし。わたしからもお礼を言うわ」


 そんな黒井と催馬楽の会話に、マーガレットが割り込んできた。


「今回の被害は荒崎でしたよね」

「彼はアタッカーではなかったし、いずれ無茶して命を落とすんじゃないかとは思っていたのよ。別にあなたが気にすることはないわ」


 マーガレットは淡々とそう言い、催馬楽も同じような態度。


――アタッカーじゃない。


 何気なく吐かれたその言葉と、人ひとりの命が失われたことに対する淡白な反応に黒井は何とも言えない気持ちになる。


 そして、それこそが探索者のすべてなのだとも再確認をして、「わかりました」と終わらせた。


「おい、時藤茜!」


 そうしていると、不意に催馬楽が茜の名前を呼んだ。


「なにか?」

「お前、これからも探索者を続けるつもりなんだろ」

「そうですが」

 

 催馬楽の質問に首を傾げながら答えた茜。そんな茜を催馬楽はしばらく睨みつけたあとで口を開いた。


「今はまだアンタのほうが強いっぽいが、すぐに追いついてやるから、それまで死なないようにすることだな」

「……はい?」


 しかし、それを聞いてもなお、茜には意味が分からなかったらしく疑問符を浮かべるだけ。


「んもぅ、素直じゃないんだから。素直に実力を認めたって言えば良いのにぃ」


 その意味を、マーガレットは黒井にだけ聞こえるよう呟き肩をすくめる。


 口や態度は悪いが、催馬楽は悪い人間ではないらしい。


「死なないようにするというのは難しい話です。死ぬときは死にますから。それと、強さを比べる相手を間違えていますよ? わたしと比べているようでは、先にあなたが死にそうですね」


 そして、そんな催馬楽に対し、茜は鈍感な答えを返した。


「あ? なんだと……?」


 催馬楽の雰囲気が一変する。しかし、茜はどこか眠たげな表情をするだけ。


「強さ比べをしたいのなら魔物としてください。わたしは、あなたと戦うつもりは全くないので」

「……」


 怒気を見せかけた催馬楽は、もはや言葉を失っているようだった。マーガレットがわざわざ解説しなくても、あれが彼女なりの鼓舞であることは黒井にも理解できる。しかし、茜はそれを不思議そうに否定した。それはまるで、言葉の意図を理解していないというよりは、「催馬楽など眼中にない」とでもいうかのような物言い。 


 そして、 


「――そういえば、あなたのお名前……なんでしたっけ?」


 茜は光のない瞳で催馬楽に尋ねる。


 彼女は……本当に催馬楽のことなど全く眼中になかったのだ。



 ◆



「茜がダンジョン攻略に参加してる?」


 アストラの探索者専用訓練施設。そこで、アストラメンバーの男探索者から聞いた情報に鷹城は眉をひそめた。


「なんでも一ヶ月くらい前から企業が募集する枠に片っ端から参加してるらしい」

「……あんな記者会見をしておいて、それでも上が穏便に辞めさせてやったのに面の皮が厚い女だな」


 ひそめた眉はやがて疲れたように緩み、ため息となって軽蔑の言葉を漏らす。


「必死なんだろう。だが、あんな事をしでかしちまったんだから、もう終わりだよな。参加でしかダンジョン攻略に挑めてないってことは、企業からは敬遠されてるってことなんだから」

「当たり前さ。他でもない、横浜ダンジョン攻略に成功したアストラを敵に回したんだから。この業界で腫れ物扱いされたって何も言えない。大人しく協会に拾ってもらって治安維持組に成り下がっていれば良かったのに」


 鷹城の皮肉に、話を持ってきた男はひとしきり笑った。


「あぁ、それと――今度、セレナ嬢が日本にくるらしい」

「セレナ?」


 鷹城の疑問に、男は「なんだ、知らないのか?」とでもいいだけな表情を見せる。


「セレナ・フォン・アリシアだよ。EU所属の探索者で、ランクSの上位ランカー」


 その丁寧な説明に、鷹城は呆れたような表情を返した。


「彼女のことは知ってるさ。僕が訊きたいのは、〝なんで日本にくるのか〟ってことさ」


 ランクS、上位ランカー。そういった言葉が当てはまる探索者というのは世界的にみても圧倒的に少ない。そして、彼らが他の国へ――ましてや、ランクSの探索者は未だおらず、上位ランカーも少ない日本へくることはほぼなかった。


 横浜ダンジョンの攻略を海外に依頼していたこの二年間ですら、彼らが日本にくることはなかったのだ。鷹城の疑問は最も。


 そんな質問に、男はニヤリと笑った。


「なんでも、ランクAのダンジョン攻略を成し遂げたうちを見学したいらしい」

「うちを?」


 答えた男はニヤつきを堪えきれず、嬉しそうに表情を綻ばせる。


「これってよ、うちもとうとう海外から注目されるようになったってことだろ? やべーよな! しかも、あのセレナ嬢だぜ? 探索者だけじゃなく、モデルもやってる! 鷹城が羨ましいぜ!」


 興奮気味で語る男に、鷹城は苦笑い。「羨ましい」と言われた意味は分かっていたものの、彼は敢えて質問を口にする。


「なんで僕が羨ましいのさ?」

「なんでって……! 横浜ダンジョン攻略で日本にくるってことは、結局鷹城を見に来るってことだろ!? くっそー、俺も参加しとけば良かったよなあ! そしたら、セレナ嬢とお近づきになれたかもしんねぇのに!」


 多大なる被害をだした横浜ダンジョン攻略。それでも、『ダンジョンを攻略した』という側面だけを切り取って、男は羨ましそうに語る。


「あれは僕だけの功績じゃないよ。みんながいたから成し遂げられたんだ」

「謙遜しやがって。結局ドラゴンを倒したのは鷹城だろ? お前がいないと攻略なんて無理だったってことじゃねーか」


 控えめな鷹城を男は笑って褒めてくる。


 鷹城は、悪い気はしなかった。


――セレナか……。


 実は、セレナ・フォン・アリシアが来日する情報を、鷹城は既に探索者管理部のほうから事前に知らされていた。そして、その彼女との会談の席に鷹城は参加するよう言われていた。そのうえで、知らないフリをしていただけだった。


 上位ランカーというのは、攻略組にいる探索者ならば誰もが憧れる地位であり、それは鷹城とて例外ではない。


 彼らと直接話ができる機会に、彼は興奮しており、自身がそこに近づいている感覚に高揚していた。


 そんな鷹城にとっては、時藤茜はもはや過去の存在でしかなく、興味すら失われた存在。


「才能ある探索者は海外に引き抜かれたりするだろ? もしかしたら、お前も打診受けたりするんじゃねーの?」


 なんて……、男の冗談に鷹城は「まさか」と笑って受け流していたものの、内心ではそんな可能性に胸踊らせていた。

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