第51話
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【無限軌道】
攻撃による怯み、反動を受けにくくなる。
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黒井が新たに獲得したのは、タンク系のスキルだった。
どうやら、見た目だけでなく本当にタンクになってしまったらしい。
それよりも――、
「あいつでこの群れは終わりか……」
黒井は目の前のボス猿を見て、大猿の群れはほぼ倒しきったのだと悟った。周囲にある死体は20体ほど。できれば、もう少し経験値稼ぎをしたかった……というのが彼の本音。
とはいえ、グリードのメンバーが手出しをしてこなかったのは幸いだったとも黒井は考える。このダンジョン攻略に参加した目的が茜のレベリングである以上、できれば出会う魔物はすべて彼女に倒してほしかったからだ。
「まぁ、タイミング的にもちょうどいいか」
黒井はチラリと振り返り、茜の魔力回路を確認する。レベルは幾分か上がっているようだったが、ここ数時間戦い続けているせいか魔力回路の流れが悪くなり始めていた。
ボス猿は雄叫びを上げたあとで黒井へと向かってきた。
しかし、
「……図体がデカいだけだな」
大猿の一撃は、黒井の頑強な盾を打ち破ることはできず、他の大猿たちと同じ衝突音を轟かせるのみ。
あとは、これまで通り茜が倒せばいいだけ。
そんな考えを現実とする矢がボス猿に向かうが、どうやら図体がデカいだけではなかったらしく、その矢は避けられてしまった。
ボス猿の視線が、矢が飛んできた場所へと移ろうとした。
「やめとけ」
――スキル【殺気】を発動しました。
しかし、その視線が茜を捉えるよりも先に、黒井はボス猿の行動を咎める。
「キィエ!?」
直後、ボス猿は攻撃を中止して黒井から距離を取った。
「あっ! おい!!」
そのまま、脱兎のごとく木々の中へと逃げ込んだボス猿。黒井はそれを追いかけようとしたものの、その速度に追いつくには手の内を晒しすぎると断念。
殺気を放ちすぎた……黒井は後悔したが後の祭り。
結局、ボス猿だけを倒せないまま戦闘は終了してしまった。
「今、あの大猿のほうから逃げていったような……」
ふと、グリードメンバーからそんな声がした。
「流石にこの人数差だと向こうも逃げるしかなかったみたいですね!」
なんて。誤魔化すように笑顔で振り向く黒井。しかし、それに賛同する者はおろか、むしろ呆然と黒井を見る視線ばかりだった。
「……あんた一体何者なんだ」
そして、そんな視線たちを代表して催馬楽が黒井へと話しかけてくる。
「何者って、別に普通の探索者ですけど」
「ランクCのヒーラーが、奴らの攻撃を防げるはずねぇだろ!」
彼女の言葉で、茜が喋ったのだと黒井は理解した。
「ランクはCですが、それなりに場数もレベルもあるだけです」
「場数って……んなわけ――」
「サイちゃん、それ以上は野暮ってものよ?」
黒井の言葉に反論しようとした催馬楽を、マーガレットが止めた。
「わたしたちは彼に助けられたのよ。ここは感謝だけにしておきましょ?」
そう言ったマーガレットは、黒井に向かってウィンクをしてくる。どうやら助け舟を出してくれたらしい。それに催馬楽は不満そうだったものの、なんとか舌打ちで終わらせてくれた。
「……言っとくが、最終的なダンジョン攻略だけはグリードでやらせてもらう」
「大丈夫ですよ。俺たちはここで休息を取りますから」
黒井はそう言い、ここまで連戦していた茜のほうを見る。
「あなた、どこの企業にも所属していないのでしょう?」
そんな視線に、マーガレットが割り込んできた。
「そうですね」
「だったら、わたしらの所に入らない? 上とはわたしが掛け合ってあげるわ」
マーガレットは熱っぽい視線を黒井へと送る。それは先ほどの戦闘を買われてのことなのだろうが、黒井はその視線に寒気を感じてしまった。何故かは分からない。
「いや、俺は企業所属になるつもりはないので……」
「あら残念。でも、気が変わったら考えてみてね?」
マーガレットは残念そうにしながらも、人差し指を唇に当てながら、諦めてはいない姿勢を再びウィンクで示してきた。
俺よりも勧誘すべき人がいると思うんだが……。
苦笑いでそれを躱しつつ、マーガレットの先にいる茜へと焦点をあわせる。攻撃を防いでいたのは黒井とはいえ、あの数の大猿たちを一発で仕留めていたのは茜だった。勧誘すべきは間違いなく彼女だろうと黒井は評する。
「行くぞマーガレット! だいぶ時間を喰っちまった!」
まぁ、遠距離型の探索者は既にいるから必要ないといったところだろうか、と催馬楽を見ながら黒井は推測。それに……今現在、茜に付いて回っている噂も勧誘されない要因でもあるのだろう。
グリードメンバーと参加枠の探索者たちは、催馬楽の指示のもと準備をするとそのまま先を急いで言ってしまう。
その場に残されたのは、黒井と茜の二人だけ。
「あの……先ほどの話を掘り返すようで悪いのですが、わたしにも黒井さんがただのヒーラーだとは思えません」
彼女が黒井に向かって告げる。その言葉のあとには疑心や好奇心に満ちた問いがあるように聞こえた。それは、催馬楽と同じ「あなたは何者ですか?」というもの。
それは黒井が危惧していたことではあった。共にダンジョンへ潜ってレベル上げを行う以上、そういった状況になってしまうことは予想できた。
「茜さんは、称号って持っていますか?」
「……称号ですか?」
そして、予想できたからこそ対策も考えてあった。
「はい」
「【明鏡止水】という称号を持っています」
「なら、称号が与える影響もご存知ですよね? 俺は、タンク系の称号を持っているだけです」
それは対策として用意していた嘘だったが、今では本当のことになっている。
「なるほど……ですが、レベリングの話をしたとき、なぜそのことを教えてくれなかったのですか?」
「百聞は一見に如かず。称号のことを話すよりも、俺がダメージレースに勝てる可能性を実際に見せたほうが説得力があると思いました」
「そうだったんですね……」
茜は納得の意を表したが、疑惑に満ちた視線を黒井に向けて送ってくる。
それでも、最終的には息を吐いて諦めてくれた。
「それよりも、彼らがダンジョンコアを破壊するとレベリングができなくなるので休息を取ったらまた魔物を探しましょう」
「まだやるんですか……?」
「茜さんのレベルが目標に達するまでやります」
そう言った黒井は、これまで背中に背負っていた棺桶をその場におろす。
「この中に入ってください」
「はい?」
「これは体力と魔力を急速に回復できるアイテムなんですよ」
「そ、そうだったんですね」
茜は言いながらも、なかなか入ろうとはしなかった。まぁ、好きこのんで棺桶に入ろうとする者はいない。それでも、黒井が何度も促すとようやく彼女はおずおずと棺桶のなかに足を踏み入れる。
その後、蓋を閉めると黒井は茜の存在を完全に感じられなくなってしまう。
「まじで気配も遮断してくれるんだな……」
魔眼を用いても茜の魔力回路は見えず、外見の悪さを除けばその棺桶は素晴らしい性能を持っていた。
「黒井さん……これ本当に大丈夫なんですか?」
中からくぐもった茜の声に、黒井は「大丈夫です」と答える。怪しくはあったものの、彼女自身も体力値と魔力値の回復を実感しているのだろう。それ以降は、何も言わなくなってしまった。
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