第49話 

 ダンジョンの奥に進めば進むほど魔物は強くなる、というのは、ひとつの見方に過ぎず、実際はダンジョンコアに近づけば近づくほど魔物は強くなる、というのが正しい見解。


 黒井は、魔眼によって魔物の強さを図ることができたが、感覚的に感じることができる魔素の濃度によってエンカウントする魔物の強さを乱数調整していた。


 それは、茜の強さをも魔眼で視ることができる黒井だからこそ取れる手段。そのおかげで、彼女は順調なレベルアップを可能としていた。


「なんだか、上手くいきすぎて怖いです……もう3つもレベルアップしてしまいました」


 途中で茜が漏らした感想こそが、そのことを如実に物語っている。


「茜さんは、命中率よりも一撃の威力が高いですね」


 そんな彼女を間近で見ていた黒井は、ふとそんなことを告げた。


「威力ですか……?」


 小首を傾げる茜に、黒井は頷いてみせる。


 最初、魔物を一撃で倒してしまう茜の弓術を、黒井は「スキル練度による急所狙いだからなのだろう」と推測していた。もちろん、彼女の弓術は素晴らしかったが、それにしてはあまりにも魔物を一撃で倒しすぎている気がする。


 さらには、魔物に刺さった矢はどれも、簡単に引き抜くことができないほど深く食い込んでおり、技術以上に筋力値が高くなければそれを説明することはできない。


「茜さんは、弓術以外になにかスキルを持ってますよね?」


 彼女が魔物を倒すたびに、黒井の疑問はやがて確信へと変わっていた。


 それに茜は驚いたように黒井を見てから、


「たしかに、わたしには【投擲術】があります」


 と答え、腰から短剣を引き抜くと腕を素早く振ってみせた。直後、トスッと近くの木の幹に短剣の刃が刺さる。


「ですが……職業は弓使いなのでこちらは全然ですけど」


 それから、誤解のないようにと、すぐにそんな補足を付け足した。それは、「全然」という感じには見受けられなかったものの、黒井は茜の意見を尊重し何も言わずに置く。


「投擲術だと、サポーターよりのスキルですね」

「このスキルは、最初からあったんです。職業が弓使いだったので、戦闘職に配置されましたが」


 なるほど、と黒井は納得。彼女が放つ矢の威力は、そこから影響しているのかもしれない。


「茜さんが魔物を簡単に倒し続けているのは、矢の威力が高いからです。上手く行き過ぎているように感じるのはそのせいかもしれません。それと、明るいうちに森を歩く毒耐性をつけていたのも上手くいってる理由ですね」


 黒井の総評に、茜も納得したような表情。


「黒井さんって、何でも知ってるんですね」


 そして、素直な羨望を黒井へと向けた。


「俺はヒーラーとして後ろからいろんな探索者を見てましたから」


 黒井はそう言って謙遜してみせる。彼の洞察は魔眼によるところも大きかったが、探索者としての経験からきていることも事実ではあった。


「わたしは戦闘員ですが、弓使いなので一歩引いた後方に配置されていました。いろんな探索者を見てきた経験はわたしもそれなりにあります。ですが、黒井さんみたいな人は初めてかもしれません」


 その言葉には、羨望と同時に驚きの感情も入り混じっている。


 なぜなら……いくら装備を固めているとはいえ、躊躇なく魔物へと歩いていくタンクはいなかったからだった。そして、『そもそも彼はヒーラーである』という事実が、さらに茜を混乱させていた。


「取り敢えず、森にいる魔物だと物足りないので、より強い魔物と戦うため、さらにダンジョンコアに近づきます。いつグリードの人たちがダンジョンを攻略してもおかしくないですから」

「わかりました」


 そんな会話を茜と交わした黒井は、より濃い魔素の方へと進みはじめる。


 足場はやがて傾斜になっていき、わざわざ位置を確認しなくとも登山道に入ったのだと認識できた。


 黒井は、先を行った探索者たちがそろそろダンジョンコアへと到達するだろうと予想している。それまでに、あとどれだけの魔物を倒せるかが課題だと考えていた。


 しかし、いくら進んで魔物を倒し続けても一向にダンジョンコアが破壊されるような気配はなく、魔素はどんどんと濃くなっていくばかり。


 それは、レベリング目的の黒井と茜にとっては都合の良いことではあったものの、なかなかダンジョンが攻略されない事実には疑問だけが強くなっていく。


 やがて、その理由を黒井と茜は知ることになる。


「……まだこんなところにいたのか」


 二人が、先を急いでいたはずの探索者集団に追いついたからだった――。



 ◆



「どうやら、戦闘中みたいですね?」


 月明かりに照らされる探索者たちを見た茜が、彼らの状況を口にする。


 しかし、黒井にはそれが戦闘中にはとても見えなかった。


 なぜなら、彼らは前方から飛んでくる投石を防衛するばかりで魔物に攻撃をしていなかったからだ。


 黒井は彼らから視線を外すと、魔眼で周囲を確認。


「茜さん、あそこにいる猿を狙えますか?」


 そして、針葉樹のてっぺん付近にいる魔物を指さしてみせた。


 茜は目を細めて猿を視認すると、コクリと頷いて矢をつがえる。かなり距離はあったものの、茜の弓術なら狙えると黒井は踏んでいた。


「キィッ!?」


 それは呆気なく実現されてしまう。針葉樹のてっぺんにいた猿は、小さな悲鳴を上げて地面へと落ちた。


 それによって、探索者たちに飛んできていた投石が止まる。彼らは、突然止んだ攻撃に戸惑いを見せていた。


「投石位置を伝えていた魔物は倒しました。今のうちに攻めましょう」

「え?」


 そんな集団に近寄っていった黒井は、先頭付近で他の探索者へと指示を与えていた催馬楽に告げる。彼女は、まるで幽霊でも見たかのように目を見開いた。


「あんたら……どうやってここまで……」

「どうやってって、普通にきただけですけど」


 質問の意味がわからず困惑する黒井。そして彼は、探索者のなかに荒崎がいないことに気づく。


「荒崎さんは?」

「あいつなら、この先を偵察しに行って死んだよ」


 それで立ち往生してたのか、と黒井は理解した。それと同時に、彼らの戦力なら偵察なしでも進めたのでは? とも思ってしまう。


「近距離型の戦闘員は?」


 黒井が他の探索者たちに声をかける。彼らは戸惑っていたが、やがてグリードのメンバーから二人、参加枠の探索者が一人手を上げた。


 装備や格好を見れば、それは一目瞭然ではあったものの、念のため黒井は質問しただけだった。


「投石してくるのはパワー型の魔物なので、戦闘準備をしてください。他は上から降ってくる攻撃を警戒しながら進みましょう。俺が先頭で索敵します」


 それから黒井は、茜へと視線を向ける。


「茜さんは、俺が指示した位置に矢で攻撃してください。それと……催馬楽さんでしたよね? 狙撃が得意だと思いますが、武器の射程距離はそんなに長くないので、前方に現れた魔物だけを撃ってください」


 射撃の指示を茜に告げ、同じ系統と思われる催馬楽にもそれを告げた。


 しかし、二人からの返事はなく、他の探索者たちも呆然としたまま。


「……あれ、何かおかしな事言いました?」


 そんな雰囲気に不安になった黒井は、思わず訊いてしまった。


「おかしなことはないけれど……索敵って、あなたサポーターなのかしら?」


 答えたのはマーガレット。その視線は、黒井が装備する鎧や盾に向けられていた。


「ああ、俺は魔眼を持っているので視界に見える魔物ならすぐにわかるんですよ」

「魔眼持ち……それで索敵ができるのね……?」

「まぁ、俺の魔眼は魔力を可視化する能力なので、索敵とはすこし違うかもしれません。ただ、視える魔力によって、魔物が倒せそうかどうかの判断ができるので、俺が合図をしたら近距離型の人たちは一斉に攻撃してください」

「倒せそうになかったらどうするのかしら?」

「マーガレットさんはタンクでしたよね?」

「ええ」

「なら、マーガレットさんを前にして距離を置きながら催馬楽さんが攻撃しましょう。上からの投石だけ警戒すれば難しくないと思います」


 そう答えたら、マーガレットまでもが黙ってしまった。


 やがて、


「なっ、なんであんたが仕切ってんだよ! このダンジョン攻略はわたしたちグリードが請け負ってんだ! 参加枠のあんたは黙ってな!!」


 我に返った催馬楽が、突然そんな怒声をあげたのだ。


 まぁ、分からなくもないと黒井は納得。そして、すこし口出ししすぎたかもしれないと反省もした。


「わかりました。なら、俺と茜さんだけで行きましょう」

「わたしたちだけでですか……?」


 茜の戸惑いに黒井は頷く。


「俺が索敵とタンクをするので、魔物への攻撃は任せます」

「……ですが、それだと黒井さんの負担が大きくなりませんか?」


 彼女がそう言った時だった。


「キィエエエエエッッ!!」


 前方の傾斜上で、大猿の魔物が高い雄叫びを上げたのだ。


 どうやら、遠距離の投石ができなくなったことで視認できる距離まで近づいてきたらしい。


 その大猿は叫んだあとで、傾斜を下り始めた。


「全員攻撃準備!」


 催馬楽が叫び、探索者たちが武器を構えだす。茜も急いで矢をつがえようとするものの、傾斜を下ってくる大猿の加速は予想以上に速く、あっという間に眼前へと迫ってきた。


「わたしが止めるわ!」


 マーガレットが前にでる。しかし、黒井にはマーガレットがその突進を止められるとは思えず、


「すいません、ここは俺が止めますね」


 そう言ってマーガレットを追い越すと、そのまま盾を突きだしたのだ。


「黒井さん!」


 茜は彼を止めようと声をあげる。黒井がタンクではないことを、彼女は知っていたからだ。


 あんなの止められるはずがない!


 しかし――。


「ギャッッ!?」


 黒井が構える盾へと衝突した大猿は、ガンッッという盾への衝突音を震わせたあと、動きを完全に静止させたのである。


 その事実に、茜のみならず他の探索者たちの時すら止まった。


「攻撃してください!」


 やがて、黒井の声によって止まっていた時は動きだす。


 我に返った近距離型の探索者たちが、一斉に大猿へと攻撃したことで、その戦闘は終わった。もちろん、まだ大猿を一体倒しただけだはあるが。


「じゃあ、茜さん行きましょうか」

「え? あ……はい」


 大猿が死んだことを確認した黒井は、何事もなかったかのように振り返って茜へと告げた。それに彼女は、何がなんだか分からないまま返事をする。


 それは、やはり他の探索者たちも同じで、傾斜を登り始めた黒井に呆然とするばかり。


 ただ、マーガレットだけが、


「トゥンク……」


 鍛え上げられた大胸筋に両手をあてて、頬を赤らめていた。

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