第46話

「洞窟にしか潜ったことのない人に説明すると、このフィールドには夜があります。暗くなると強い魔物が出現しますので、なるべく明るいうちにダンジョンコアまで行くのが定石です」


 荒崎は大声で説明をすると、先に立ってあるき始めた。辺りは緑豊かな大自然が広がっていて、見上げれば晴れた空と高くそびえる山が見える。そして、荒崎が向かう山の頂きには青い光がチラついていた。


 目視できるダンジョンコア。


 そして、荒崎の言うとおり明るい現段階では植物に擬態した魔物しかおらず、避けて通れば戦闘になることはない。彼は感知系のスキルを持っているようで、擬態して探索者を待ち構える魔物を避けて進んだ。


 ただ――最後尾にいる黒井と茜は、わざわざ避けた魔物を倒して回っていた。


「植物型の魔物は火炎系の魔法で一層するのが一般的ですが、茎や根を真似た部分にダメージを与えることができれば簡単に仕留められます。……狙えますか?」

「問題ありません」


 シュッという風切り音がして、擬態していた魔物が倒れた。


 それに黒井は近づくと、刺さっている矢と魔物が咲かせていた花を回収して戻ってくる。


「こういう花には毒があって、耐性をつけておくことで後々戦いやすくなります」


 矢と花を茜に渡すと、彼女は困惑した顔で黒井を見上げる。


「あの、まさか食べろってことですか……?」

「そうですが?」


 渡した花の花弁部分には、ヌメヌメとしたヨダレみたいな液で覆われていた。それを見た茜はプルプルと首を振る。


「む、無理です……」

「大丈夫。俺には耐性をつける抗体術があるので、舌がピリピリするくらいで死ぬことはありません」


 そういうことではなかった。茜は見た目的に「無理だ」と言ったのだが、黒井は安心させるように茜へと笑いかける。


「……嫌です」

「毒にかかってしまうとあとあと面倒なので食べてください」


 黒井はそう言って茜から花を奪うと、彼女の口へと持っていく。


「い、いや……」

「ほら、あーんして?」

「や、やめて……」

「森には、まだまだ耐性をつけなきゃいけない毒が多いのでダダをこねないでください」

「や……いやぁあああああ!」


 森の中に、茜の悲鳴がこだました。



「――参加枠の奴らはレベル上げに必死みてーだな」


 催馬楽は、後方から聞こえた悲鳴にぼやいた。


「わざわざ丁寧に魔物の位置を教えてやってるっていうのに……。あれじゃ本格的な戦闘になったとき使い物にならねぇじゃねーか」


 そして、イラついたついでに舌打ちまでする。


「ダメよぉ、サイちゃん。女の子はもっとおしとやかにしないとっ」


 そんな彼女をマーガレットがなだめようとした。


「探索者に女もなにもねぇだろ……。わたしから言わせれば、顔が良いだけでワーキャー言われる奴らは勘違いしてるだけだね」

「それで……かわいい時藤ちゃんに嫉妬してるのね?」


 マーガレットがそう訊くと、彼女は馬鹿にするような笑いを吐いた。


「嫉妬? ハッ、あいつにランクに見合うだけの実力があればわたしが何か言うことなんてなかったさ。でも、あの記者会見を見ただろ? 実力もないくせに被害者面して嘘で周りを陥れて……。人気だけで探索者をやってた化けの皮が剥がれたのさ」

「そんな言い方しなくてもぉ。女の子は弱く見られがちだから、強がったり周りを利用しちゃうだけなのよ? わかってあげて?」

「お前は男だろうが……」


 催馬楽とマーガレットは、荒崎に続いて森を進む。未だ戦闘らしき戦闘は行われておらず、平和な時間が続いていた。


 にも関わらず、黒井と茜だけが探索者の集団からどんどん離されていく。


「――正直、茜さんは集団から離されることに反対すると思っていました」


 黒井は、何も言わずに魔物を倒す茜を意外そうに眺め、そんな感想を漏らした。


「たしかにダンジョン内をたった二人だけで行動するのは危険だと思います。ですが、わたしたちの目的はレベリングなので他の人たちと別々になるのは当然だとも思っています」


 茜は矢をつがえながら答え、もう何体目になるかわからない魔物を倒す。


「それに、行動をともにしたとしても、誰もが信じられるわけではありませんから……」


 そして彼女は付け加えるように呟いた。そんな言葉を彼女に吐かせた原因は、鷹城とのことかもしれない、なんて黒井は推測してみる。


――誰もが信じられるわけではない。


 そう言った茜の声は微かに震えていて、裏切りの末に殺されかけたのであろう状況を簡単に彷彿させたからだ。


 黒井はそれに気づかないフリをして、話題を変えることにした。


「まぁ、意図して彼らと離れているわけじゃないんですがね。こういった広大なダンジョン攻略のやり方が、俺のときとは違います」


 黒井は、攻略組にいたときのことを思い出しながら、既に見えなくなった先頭集団の方向をみる。とはいえ、彼が攻略組にいたのは二年前のこと。時間的にはそこまで空いているわけでもないのに、黒井は浦島太郎のような気持ちを味わっていた。


「今は、なるべく体力を温存しながら最効率でダンジョンを進む方法が良いとされています。疲弊したところで思わぬ魔物と遭遇する例もありましたから」

「なるほど……」


 茜は具体的には言わなかったものの、何となく横浜ダンジョンの事を言っているように思えた。黒井が攻略組から離れている間に変わったわけじゃなく、離れるキッカケとなった横浜ダンジョンが、探索者界隈をも変えていたのかもしれない。


「だから、あんなに急いでるのか……」

「わたしには急いでいるようには見えないので、やはり黒井さんが攻略組にいた時とはだいぶ違うみたいですね」

「俺のときは、魔物を警戒しながら進むなんてことはありませんでした。サポーターが安全を確認するまでは、動かず待機してる時間のほうが長かったですね」

「それだと物資や食料が不足したりしなかったんですか?」


 そんな茜の質問に、黒井は首を横に振る。


「ここもそうですが、ダンジョンっていうのは不思議と物資や食料を現地調達できるようになってるんですよ」


 それから彼は、日がちょうど真上を過ぎた空を見てから茜へと視線を戻す。


「それじゃあ、そろそろ動物型の魔物を狩りましょう」

「……動物? 何故ですか?」

「なぜって、晩飯のためですけど」


 あっさり答えた黒井に、茜もやはり、探索方法の違いというものを感じてしまう。


「現地調達って……そういうことですか」


 そんな反応に、黒井はジェネレーションギャップ的な怖さを感じて表情を凍てつかせた。


「……まさか、今って野営もしないんですか?」

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