第45話 パワーレベリング

 茜は、自宅で弓と矢の整備をしながら、黒井とのやり取りを思い出していた。


 レベル93――。


 そのレベルを聞いたとき、驚いたと同時に茜は納得もしてしまった。


 彼女には、黒井が弱い探索者にはどうしても思えなかったからだ。


 それを言葉で表現するのならば、探索者としての“勘”みたいなもの。それを強く感じたのは、横浜ダンジョンの洞窟内で彼を見たとき。以前、アストラへスカウトするために会いに行ったときには感じなかったオーラを彼は纏っているように思えたのだ。


「感じてたのは、レベル差だったんだ……」


 その声に何故か力はない。


 無意識に頭の中に思い浮かんだのは、横浜ダンジョン内で茜を二度も助けてくれた仮面の者の姿。


「……ヒーラーがあんなに強いわけないか」


 そんな呟きすら、無自覚に零れる。やがて、自分があり得ない可能性を考えていたことに気づいた茜は、それを頭の隅に追いやった。


「黒井さんが言っていた通り、ランクを上げることに専念しないと」


 彼のヒーラーとしての能力にも茜は正直驚いた。それでも……彼はヒーラーであってタンクではない。


 レベリングの必要性も、そのための手段も理解はできたものの、そう上手くいくとは楽観的になれなかった。


 それでもやるしか道はない。


「黒井さんが攻撃される前に、魔物を倒せばいいだけ」


 そう自分に言い聞かせた茜は、来たるダンジョン攻略の日に備える。


 黒井との話し合いで応募した最初のダンジョン攻略は、大手不動産会社が組織する『グリード』という攻略組の枠だった。


 攻略予定ダンジョンランクはB。茜のような遠距離型の戦闘員や、ヒーラー枠を募集しており、二人の条件によく合っていたためか連絡するとすぐに参加することができた。


 事前調査によればゲートの中は広い山岳地帯になっているらしく、山の頂きに光るダンジョンコアが目視できるらしい。


 いわば、登山をしながら魔物と戦うことになるフィールド。


 そのため、重い装備やたくさんの荷物を持っていくことは現実的ではなく、タンクの役割を買って出てくれた黒井にとって厳しいダンジョンになると予想できた。



 にも関わらず――。



「あの、黒井さん……事前調査資料は読みましたよね?」

「え? あぁ、はい。読みましたよ」


 攻略当日。茜は、待ち合わせをした場所に現れた黒井の姿に、しばらく絶句した。


「あの、じゃあ……なぜ、そんな重そうな鎧を装備してるんですか? しかも、なぜ棺桶を背負ってるんです? まさか、死にに行くわけじゃありませんよね……?」

「茜さんこそ、何を言ってるんですか? 死にに行くんじゃなくてレベリングに行くんですよ?」

「あの、分かってますけど……」


 逆に、何を言ってるんだコイツ、とばかりの返しに茜は何も言えなくなってしまった。


 黒井は――全身を覆う鎧を身に纏い、肩からは重そうな大盾、そして背中には、人が一人入れそうな棺桶を背負っていたのだ……。


「ここにくるまでに警察から何回も職務質問されました。タンクって大変なんですね」


 なんて笑いながら語る黒井に、茜は顔を引きつらせる。


 たぶん、その職務質問の理由は……タンク関係ないと思います……。


「じゃあ、指定のゲートに向かいましょうか」


 しかし、笑顔でそう促してくる黒井に、茜はもはや諦めの気持ちで活を入れなおすしかない。


「やっぱり、わたしが頑張らないと……」



 ◆



 黒井と茜が指定されたゲートに到着すると、既にグリード所属の攻略班と思われる10人、そして参加枠の探索者5人が揃っていた。


 素早く魔眼で確認した黒井は、茜と同じくらいの魔力回路を持つ二人を攻略班のなかに確認する。


 そして、それよりも強い魔力回路を持った探索者を見つけた。


「皆さん、人数が揃ったようなので軽く説明をします。今回のダンジョンで先導役を務めるグリード所属の荒崎あらざきごうです。ランクはBですが、サポーターですので戦闘は皆さんにお任せします」


 その強い魔力を持った探索者は、ガタイの良い髭を生やした大男だった。彼は、自身をサポーターと名乗った。


「黒井さん、どうかしましたか?」

「……いえ、なんでも。ただ、サポーターが仕切るのは珍しいなと思っただけです」

「フィールドが山岳地帯なので、先頭に立てる人間に仕切ってもらってるだけじゃないですか?」

「そうかもしれませんね」


 茜の説明に頷いた黒井。しかし、その視線は鋭く荒崎に向けられている。


「これから向かうダンジョンは山岳地帯です。ですから、大荷物や重たい装備は移動に向いていません……っていうのは、探索者としての常識だと思っていたのですが、どうやら、違ったみたいですね!」


 彼はそう言って、黒井のほうをわざとらしく見てきた。


 それに他の探索者たちも黒井に視線を向けてくると、呆れたような顔で嘲笑する。


「応募枠のかたですよね? お名前は?」

「黒井です」

「黒井さんですか。やる気があるのは分かりますが、その装備と荷物は置いていったほうが良いですよ? 命を向こうに置いてくることになりますからね!」


 それに周囲がドッと笑った。笑っていないのは、黒井と茜だけ。


「それから、今回の探索者のなかに、ランクBの方がいます。名前は――」


 そんな、勿体ぶった言い方をする荒崎は、ニヤリと笑ってから今度は茜のほうへ視線を向ける。


「今、話題沸騰中の横浜ダンジョン攻略の英雄のひとり、時藤茜さんです!」


 それに、参加枠の探索者たちがどよめいた。しかし、グリード所属の探索者たちは声を殺して笑っている。


「高いランクの方が参加したときは、職業に関わらずリーダーのサポートをお願いしたりするのですが……時藤さんは他の参加枠と同じように扱いますね! 信用してないので」


 そして、堪えきれなかったようにグリード所属の探索者たちが吹き出して笑いだしたのだ。それにつられて参加枠も笑いだす。


 もちろん、笑っていないのは黒井と茜だけだった。


「茜さん、気にしなくて良いですよ」

「……わかっています」


 茜はそう答えたものの、黒井には、彼女の手が微かに震えるのが見えていた。


「へぇ、アンタがあの有名な時藤茜かい」


 そんな中、茜に向かって話しかけてきた女探索者がいた。彼女は肩から猟銃と腰にはボウガンを引っ掛けており、見るからに狙撃系の探索者であることがわかる。


「わたしは催馬楽さいばら皐月さつきっていうんだ。よろしく」


 そう言って、彼女は握手を求めるかのように手を差しだしてきた。好意的な挨拶……とは言い難い、好戦的な視線。それに茜は「よろしくお願いします」と握手を返そうとしたが、突然その手は催馬楽によって振り払われてしまう。


「わたしはさ、前々からアンタのことが嫌いだったから落ちぶれてくれてせいせいしてるよ。ありがとね?」

 

 予想した通りの手のひら返し。茜は、払われた手を擦りながら無言を貫く。 


「んもぉ、サイちゃんったらぁ。私たちはナ・カ・マなのよ? 仲良くしないとぉ」


 そんな催馬楽の後ろから現れたのは、なぜか上半身を脱いでいる筋肉質の男。ただし、その顔には濃い化粧が施してあり、その口調に黒井は背筋を凍らせる。……奇しくも「サイちゃん」というのが、黒井の名前でもあったからだ。


「あら? もしかして、二人は一緒に参加してきたのかしらぁ?」


 彼は、黒井と茜を交互に見てから、口紅を塗ったくちびるに指をあてる仕草。


「そうです」


 茜が端的に答えると、彼はきゃあっと嬉しそうに両手を合わせる。


「仲が良いのねぇ。羨ましいわぁ。でも……ちょーっと残念な組み合わせね。ううん、この場合むしろお似合いなのかしらぁ?」


 彼は、舐めるように黒井と茜を観察したあとで微笑んだ。


「わたしはマーガレットっていうの。か弱そうな見た目とは違ってタンクよ。あなたと一緒ね?」

「よろしくお願いします……ははっ」


 マーガレットのウィンクに、黒井はどこからツッコめば良いかわからず、結局挨拶を返して終わってしまう。それでも、渇いた笑いが漏れてしまった。


 催馬楽とマーガレット。その二人は、茜と同じ程度の魔力回路を持っていた。つまり、ランクはBだろう。


「その辺にして、そろそろゲートに入りましょう。ダンジョンコアまでの道中は長くなると思います。先頭はわたし荒崎で、その後をグリードのメンバーで固めます。参加枠の方たちは後ろから付いてきて、戦闘の指示には従ってくださいね」


 荒崎は、まるでこれからピクニックにでも行くかのように陽気な声で仕切った。


 ゲートはまだ出現して日が浅いらしく、治安維持のゲートみたく施設で囲われていなかった。まぁ、結局攻略する予定なのだから囲う必要もないのだろうが。


 黒井と茜は集団の最後尾でゲートをくぐる。


 装備と荷物は持ったままだった。黒井にとって、それらはまったく重荷ではなかったからだ。


 それよりも心配なのは茜の様子。


 彼女は冷静な態度だったものの、行動や仕草の端々に動揺が窺えた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る